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ep16 接客開始

 達也は、制服であるエプロンを持ってきてシンマオに渡した。


「はい。これ着けてね」

「分かたアル」


 達也をジロジロとみて、シンマオはエプロンの付け方を確認する。衣服の身に着け方に関してはしっかりと知識があり、学習能力もある。シンマオのできること・できないことの区分けは未だ不明瞭である。


「で、結未はこの子に何をさせる気なんだ?」


 達也が腕を組み、結未に尋ねた。


「水とかラーメンを運ぶのはどうかな? それならシンマオちゃんにもできると思うの」


 シンマオが人との会話が苦手なことは、プールでの一幕と雀女から聞いた話で把握しているそうだ。だからこそ、会話を伴わない作業を提案してくれた。


「おっ、ナイスアイデア! それならできるはず!」


 龍我は指を鳴らし、晴れ晴れとした表情のまま結未の肩を叩いた。

 そんな会話をしている中、シンマオは制服の着衣が完了した。


「着けたアル。合ってるカ?」


 エプロンはしっかりと身に着けられている。胸から膝までを紺の布が覆い、背中でちょうちょ結びを奇麗に行われている。不自然な点は見当たらない。


「合ってる合ってる! あれ? 合ってるよな?」


 龍我は勝手に首を縦に振った。咄嗟に褒め称えてしまったが、よく考えると正解を知らない。口に出してから気付き、翔に本当に合っているか確認を取った。


「ああ、合ってるよ」

「良かたアル!」


 順調に話が進む中、それまでずっと傍観していた雀女が、ひょっこりと達也たちの前に来て、会話に入ってきた。


「じゃあ一度、練習してみましょうよ。私、お客さん役やるから」


 シンマオの適正に期待しているのか、協力的である。


「練習かぁ、ならついでに、俺のラーメンの味も評価してくれない?」


 翔はこの店を継ぐ気であり、修行の日々を続けている。自分の実力を試したいのであろう。


「翔さんのラーメン!? 食べてみたい!」


 雀女の顔は日が昇ったように明るくなる。翔のラーメンに関心を持っていたらしい。

 龍我、雀女、翔、結未、達也はその後もさらなる段取りを決めていった。


 一方、ラーメン屋の隅では、小学生二人が他人事のようにゲームを続けていた。


「なぁなぁ、アレ採用されると思う? 俺はされないに千円」


 末っ子の汪は何かにつけて兄たちとの賭け事を持ちかける人物だった。今回も、シンマオを題材にギャンブルを行おうとしていた。彼女への期待は低いようである。


「ずるっ……。じゃあいいよ、俺はされるに十円」


 対する荘子はあまり乗り気ではなかった。と言っても、その理由はシンマオに期待の低さにあるようで、賭け自体は行っていた。


「荘にぃのほうがずるいよ」


 十円という安い金額に、汪はただただ苦笑いをした。




 シンマオは仕事内容についての説明を十五分ほど受け、早速ラーメン屋店員としての練習が始まった。客役の雀女が入ってくる。


「いらっしゃいませアル」


 来客を確認すると、扉の横に立っていたシンマオが、頭を下げて挨拶をしてきた。


「おっ、なんだこりゃ?」


 雀女は喉に何か詰まっているかのような声を作り、シンマオに反応した。


「…………」


 シンマオは声を掛けられても何も言わなかった。彼女の口は禍の元、トラブルを起こさないためにそもそも会話をさせない、という結論に至った。

 どんな客の声も無視する。その指導にシンマオは忠実に従っている。


「それはですね、最近ウチで導入したアンドロイド店員です」


 客の細かい対応を行うのは店長である達也の担当。元々一人で切り盛りしているため、このぐらいはお茶の子さいさいである。


「こりゃ面白い。ハッハッハ!」


 ニヤニヤとしながら、シンマオの頭を叩く雀女。


「仏衣おじさん。こういう客が出てきたら代わりに注意喚起お願いします」


 厨房の奥でしゃがんでいた龍我がひょっこりと顔を出す。何も言えないからといって、何でもしていいというわけではない。シンマオが被害を受ける状況であれば、達也に止めてもらうことを事前に頼んでいた。


「お客さん……その子はデリケードなんで乱暴な扱いはご了承ください」

「へいへーい」


 強めの口調で言われると、素直に引き下がる雀女。一応、シミュレーション通りの行動を各々取っている。


「こんなガラ悪い客来ないけど……」


 テーブルで傍観していた結未は、ぼそりと突っ込まずにいられなかった。


「兄ちゃん。とんこつラーメン頼むわ」


 細部にこだわる必要はないのだが、雀女はガラの悪い客の演技を止めない。本来はテーブルに座り、店長を呼び、店員が来たら注文するのがセオリーである。しかし、そんなことはお構いなしに、立ったまま声を荒げた。


「あいよっ!」


 その点には特に突っ込まず、翔はラーメンを作り始める。

 雀女は厨房での調理姿を確認し、やっとイスに座った。場所はカウンター席の、翔の様子が最も良く確認できる場所である。


「水アル」


 すかさず、シンマオが水を提供する。


「サンキューな」

「…………」


 礼を言われても無反応のシンマオ。ちゃんと意思があることを知っていると、その無愛想っぷりは不気味にしか思えない。言われたことはきちんと守ることが、今はすっかりと逆効果となってしまっている。


「…………」


 心象の悪さは達也にも届いてしまい、目も険しくなる。


「とんこつラーメン一丁!」


 空気が少し悪くなっていた中、それを掻き消すように、雀女の前に出来上がったラーメンが運ばれた。


「わぁ~、おいしそー!」


 臭みがないあっさり系のスープは、小腹の空いたこの時間帯にはちょうど良い。


「いただきまーす!」


 割り箸で一口分の麺を取り、息を吹きかけて少し冷やす。それから活発な音を立てながら一気にすする。


「……うん! おいしい!」


 麺を飲み込むと、率直な感想が自然と口から漏れた。あっさり系でありながら味わいは深々としていて、それでいて癖もない。雀女は無我夢中で食べ続ける。


 それを見て、ずっと真顔だったシンマオの表情が、ニッコリとした笑顔に変わった。言葉は禁止されたが、顔での感情表現は禁止していない。


「おぉ……」


 龍我は、ほんの少しほっこりとした気分になった。

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