ep15 バイトをはじめよう
学校で引き取り手を探すことができなくなってしまった。
今後どう募集するか悩んでいるうちに、龍我たちは校門の前まで到着した。
「おーい、待ってたよ~!」
校門の前では、雀女とその友達・結未が向けて手を振っていた。
「雀女!? それに結未ちゃんまで」
二人がいることに驚く龍我。ちゃん付けをして結未の名前を呼ぶことから分かるように、二人は幼少期からの親しい間柄であった。
といっても二人だけが特別な関係というわけではなく、親しい間柄なのは家族ぐるみのものである。結未には翔という兄がいて、翔と龍我は同級生。長男と長女、それぞれ年齢の同じ子供がいるということで、中道家と仏衣家は親しくなり、付き合いも多かった。
そんな理由で子供たちも、幼少期から馴染みのある友人といえる存在であった。
「ええ。今日は、私の家にご招待したくて。その……シンマオさんを」
もじもじとしながら、結未はシンマオを指差した。
「ワタシか? 君、何故ワタシの名前知ってるアルか?」
「雀女から聞きました。あ、私のことは結未って呼んでください」
「ユミ、覚えたアル」
軽快なやり取りをしている一方で、龍我は事の経緯を聞こうと雀女のほうへ近づいた。
「雀女、何でこうなった?」
特に隠すようなことでもないが、耳打ちで尋ねる。
「引き取る気あるんだって結未ちん。結未ちん家ってラーメン屋じゃない? だから中華っぽいシンマオちゃんを看板娘にしたいって」
プール室での騒動の後、雀女はクラスメイトにシンマオの説明をしていた。その中で食いついたのが結未だった。電気のアンペアは飲食店なので確保できる見込みがあり、コミュニケーションについても努力で克服すると宣言してくれたという。
「そっか、乗り気なら一度行く価値はあるな」
引き取る気がかなり高い、ここまで高い人がいるなんて感激だ。やっと引き取り手になれそうな人材が見つかり、残された可能性を捨てたくはなかった。
四人は仏衣家に到着した。表口は【仏衣ラーメン】という捻りの無いのれんが掲げられていた。のれんはくたびれた様子で、やや年季を感じさせる。
「まずはシンマオちゃんを店員にするって話をつけます。その話を固めてから、シンマオちゃんを私のウチで住ませる話に移りましょう」
結未は中道兄妹に向けて計画を話す。段階を踏むことでより着実に目的を達成しよう算段だ。引き取り手を探す龍我たちからしても、それを拒む理由はなく、無言でうなずくだけであった。
のれんの下を通り、結未をはじめとして四人が堂々と中へ入っていった。
個人で切り盛りしているお店らしく、店内はそこまで広くない。テーブル席とカウンター席があり、カウンター席には堅物そうな風貌の男が一人、テーブル席には二人の小学生が向かい合って座っていた。小学生二人はお互いに携帯ゲーム機で遊んでいて、その様子を男が眺めている。
「いらっしゃ……結未か」
堅物そうな男は結未たちを客かと思い、立ち上がって挨拶をしかけた。彼こそが結未たちの父親、達也である。
「ただいま!」
「おかえりー」
「姉ちゃんおかえりー」
二人の小学生は結未の声に反応して挨拶を返す。彼らも仏衣家の人間で、二男の荘子と三男の汪、二人とも結未の弟である。ゲームに夢中で、顔を向けることはなかった。
そして調理場の奥のほうから、ひょっこりと長男の翔が顔を出してきた。父親と同じく頭にバンダナを巻いている。
母親は汪を産んですぐ事故で亡くなっているので、この場にいる仏衣姓の五人が、一家全員となる。
「おっ、龍我じゃん。どうした? 今日約束とかしたっけ?」
翔は少し不安げな顔をした。アポなしに龍我が仏衣家に来ることは滅多にない。翔は自分が約束を忘れていたのではないかと思ったのであろう。
「いや、帰る時にお前のところ行く用ができてさ」
と言って龍我は結未のほうをじっと見る。
「お父さんに紹介したい子がいるの、この子!」
アイコンタクトに応えるように、結未はシンマオの手を引っ張って父親に見せた。
「はじめましてアル。ワタシの名前、シンマオというアル」
丁寧なお辞儀を添えて挨拶する。だが、達也はどう反応していいか良く分かっていないようで、軽い会釈をするだけだった。
「この子ね、アンドロイドなの! すごいでしょ?」
「はあ……」
アンドロイドと言われても理解できないものには変わりがない。すごさより不可解さが優先されてしまうのが、普通であろう。
「ゲッ、もしかして昨日の?」
それより大きく反応したのは翔のほうだった。
翔はシンマオを見るのは初めてではない。昨日、龍我と一緒に裏山に行き、目撃しているからだ。
「そう。昨日リインで言ったろ? 逃げるようなやつじゃなかったって」
シンマオから逃げた後、翔は龍我の安否が気になりメッセージアプリでやり取りを行っていた。その際、きさくな存在であったと伝えたものの、文章だけでは伝達しきれていなかったようだ。
「それで……紹介するだけじゃないんだろう?」
達也は結未の性格を見透かすように言った。
「うん。ここで働けないかなって。ロボットが接客とかしたら面白そうじゃない? お試しでいいから、ね?」
両手を合わせ、強い眼差しを向けて訴える結未。
「ロボットに接客…? 中々面白そうじゃないか!」
思ったよりあっさり受け入れてくれた。達也は堅物な見た目とは裏腹に、寛容な父親である。
こうして、シンマオのバイト作戦が開始された。