ep14 トラブルが止まらない
水着の上に花柄のタオルをマントのように被り、雀女は廊下を歩く。その後ろにシンマオが付いていく。水に塗れてしまった下着や上履きは脱がされ、何も身に着けていない状態だった。
雀女が立ち止まったのは、保健室の前であった。
「ここに行けば、下着貰えるアルか?」
忠功偉観学園では、有事に備えて替えの制服や下着が用意されている、と雀女は体育教師に教えてもらった。なお、後日新品の下着を返す必要がある。
「そう。保健室の先生にね……」
雀女が憂鬱そうに答える。中学生にもなって替えの下着をもらうなど、笑いの種である。そのため、嫌で嫌で仕方がなかった。
「ホケンシツノセンセイ?」
「それも分からないんだ。それについて調べていなよ」
会話すること自体が煩わしい。そう感じていたので、質問の答えは検索機能に丸投げした。検索状態に入れば、会話をしなくて済む。
「分かたアル。検索中アル……」
シンマオが頭に指を当てた隙に、雀女は保健室に入る。廊下にはシンマオ一体が取り残されることとなった。そんなことはつゆ知らず、シンマオは脳内で検索を続け、一分ほど経って検索を終えた。
同時に、保健室の扉が開いた。
「ちょっと……来て」
雀女は手を扇ぎながら呼び、シンマオを保健室の中に連れて行く。
保健室内には、一人の男が回転イスに足を組んで座っていた。スキンヘッドに無精髭、鋭い目つき、顔の特徴一つ一つが、見る人を戦々恐々させる力を持ち合わせている。
「これが……その……ロボットです」
雀女もおどおどとしている。下着を借りる経緯を話すにあたり、シンマオの紹介が必要であったために呼び寄せたのである。
「ほう……これが学園にねぇ」
男は声も酒焼けしたように枯れ切っていた。口調も穏やかとは言い難く、鬼気迫る物言いである。
「この人は誰アルか?」
「保健室の先生、日野先生っていうの」
「この姿で、先生なのカ?」
直前に保健室の先生で調べていたために、ステレオタイプから外れた外見の猿渡に疑問を持った。しかし、それは決して当人の前で言っていいものではなかった。
「なっ、なんちゅう失礼なことを……!」
身の毛がよだち、雀女の顔が青くなる。
「おいおい……随分と肝の据わったロボットじゃねえか」
日野の眼光はさらに鋭くなり、額に血管が浮かび上がった。
シンマオが起こした騒ぎのツケは、全て龍我が払うこととなった。
日野は雀女からシンマオについて聞き、龍我がシンマオを学校へ連れてきたことをつきとめた。それからすぐに龍我を呼び出して注意。さらには昼休みと放課後も、体育教師の水原と一緒に、勝手に意思のある存在を学園に招くのは言語道断だと厳しく叱った。
「あぁ~、マジやらかした。外にいるだけならなんとかなると思ったんだけどなぁ……」
龍我はこの世の終わりのような表情で生徒指導室から出てきた。判断を誤った後悔と、怒られた疲労感が、気持ちをどんよりとさせた。
学園内の生徒指導室は各階にあり、それぞれ二教室分が、連なって配置されている。龍我のいた指導室の隣にはシンマオが待機中であった。彼女はこれ以上トラブルを起こさないよう、ずっと指導室で待っているように言われたのである。
龍我は深呼吸をして位気持ちを吹き飛ばし、隣の部屋へと入っていった。
「よっ、シンマオ」
弱い自分を見せたくないという想いから、軽い口調で挨拶をした。
「リューガ!」
ずっとイスに座っていたシンマオは、龍我が入ってくると嬉しそうにニッコリし、立ち上がった。龍我も彼女を見てホッとした気持ちになり、微笑み返した。
「帰ろうぜ」
「リューガ、ワタシはどこに帰るアルか?」
「あぁ……俺の家だ。その……残念だけど引き取ってくれる人は見つからなかった」
結局、龍我は学校内でシンマオを引き取れる人間を見つけられなかった。
龍我自体は顔が広いほうであり、隙間時間に多くの人間に頼み込むことができた。しかし、実物を見せていないと、どうしても怖いイメージが付いてしまうのか、首を横に振る人しかいなかった。
直接シンマオと会わせないと引き取りたいという人すら出てこない。しかし、シンマオは学校を出禁。引き取り手を探す場所が一つ消えてしまったのである。
「ワタシ、部屋から出ていいアルか?」
場所の疑問の次には、外出可否の疑問を呈した。部屋から出てはいけないと言われたためである。
「そうだ」
厳密には先生から言われたわけではないが、ここに何日もシンマオを置いておくわけがない、と龍我は判断した。
シンマオを連れ出し、廊下へと進む。
「ワタシ、悪いことしてしまたアル。悪いことをこれ以上したくないアル。だから、あそこにいたアル」
シンマオは反省の色を見せていて、根っからの明るさは感じられなかった。良い、悪いの区別はできるため、周りの怒っている様子で落ち込むこともまた自然なことであった。
「知ってる。聞いたからな。でさ、その、どうして悪い事しちゃったか……分かるか?」
「分からないアル。ワタシ、悪いことしたくなかたアル。だが、悪いことしてしまたアル」
行動の因果関係が掴めない。行動の理由と行動の結果がどうしても一致させられない。
「だよなぁ……まぁ理由はいろいろあるけど……一番はアレだな、検索機能。だから、検索は使わないって約束してくれ」
具体的にシンマオが何をしたかは雀女から全て聞いている。無理に考え込ませたくない龍我は、直球で改善策を持ち出した。プール室での件も、保健室での件も、元をたどれば検索により誤った知識を得た事である。
検索を効果的に使えない以上、これを禁止することが騒動を起こさない一番の策だと考えたのである。
「分かたアル。約束するアル」
「約束は守れるもんな、シンマオ」
嘘を付くようなアンドロイドではない。こうして、検索機能による暴走は、一幕を閉じたのであった。