ep12 シンマオの学校探検
廊下に出たシンマオは窓を開け、そこから顔を出して景色を見渡した。
他の校舎や校庭、体育館、プールなどが確認できる。真下には特に何もなく、コンクリートで埋められた地面が一直線下に存在していた。
蒸し暑いそよ風が吹いている中、何の躊躇もなく窓から足を出し、地上まで飛び降りた。
ドスン、という強い音が響く。
地面に軽いヒビが入るものの、シンマオ自体は何の痛みも感じない、彼女の耐久力は規格外だ。最もダメージを受けたのは上履きで、底の凸凹が潰れて、滑りやすい状態になってしまった。
「外に出れたアル」
窓から出ろとは言っていない。そんなツッコミをしてくれる人すらいない状況は、神の視点で見ると少し哀れに感じるかもしれない。しかし、本人は龍我の言われた通りにできたと思い込んでいるので、満足気であった。
それからシンマオは校庭周りの探索を始めた。
まず目についたのはメガネ池であった。円形の池が二つ連なり、緑色に少しだけ濁った水が張られている。中にはメダカや亀が悠々自適に泳ぎ、住み着いていた。
「動いてるアル」
シンマオは池を覗き、そこの生き物たちに関心を持った。
「キミは人間じゃないアルか? 何者アル?」
「…………」
当然、池の中の生物が答えるわけがない。何の反応も示さず、ただ水の中を泳いでいる。
しかしシンマオはその概念が分からず、無視されたことに納得がいかなかった。
「そっちがそのつまりならいいアル。ワタシは検索できるアル」
シンマオは頭についたお団子に手を当てる。後は知りたい言葉を検索するだけ……と思った瞬間、自分の過ちに気付いた。
「……検索する言葉が分からないアル! 名前を名乗るアル!」
名前を知らなければ検索ができない。目の前の生物が結局何なのか分からなかった。検索で解決事象にぶつかり、シンマオは頭を抱えて嘆く。
「…………」
「ムムムッ……! もういいアル。そっちが話さないならワタシも話さないヨ」
シンマオは対話を諦め、メガネ池を離れる。その先には飼育小屋があった。年季のある木製の小屋に小綺麗なフェンスが取り付けられている。
「この生き物たちも喋らないアル……」
小屋の中では小動物たちが賑やかに飼われていた。ウサギやニワトリは当然人の言葉を話さない。シンマオの予想通りだった。
「オハヨー! オハヨー!」
「アイヤー!? 喋ったアル!!」
その中で一匹、人間の言葉を発する生物がいた。設置された止まり木の上に乗り、赤と青のカラフルな体を持つ小柄な生物――それがオウムであることをシンマオは知らなかった。
「喋った! 喋った!」
「ワタシはアンドロイドアル。キミは何者カ?」
やっと話の通じる相手と出会えた。それも人間ではない。シンマオは興味津々で近づき、顔の先をフェンスに接触させる。
「アンドロイド! アンドロイド!」
「同じアンドロイドアルか!? 全然違うアル……。名前は何と言うアルか?」
「違う! 名前! 違う! 名前!」
「名前を教えてほしいアル! ワタシの名前はシンマオアル。キミの名前を教えてほしいアル」
「ワタシ! シンマオ! 教えて! 教えて!」
会話が通じない、質問に答えてくれない。シンマオはここでやっと疑念が生じた。本当にアンドロイドなのか、本当に話が通じるのか、怪しさを感じ出す。
「どういうつもりアルか!」
「どういうつもりアルか!」
「真似しないでほしいアル!」
「真似しないでほしいアル!」
発した言葉を返されるだけ。これはもう会話と呼べるものではない。
「ムムムッ……! もういいアル!」
これ以上は時間の無駄だと判断し、シンマオは会話を諦めた。
その後も銅像や菜園に興味を持ち、十五分ほど時が経った。人と会うこともなくシンマオはA棟からC棟へと移動していた。
「スズメアル」
C棟前と反対側の位置に雀女が見えた。彼女だけではなく、同級生と思われる生徒たちが集団で列を作っている。ゾロゾロとプールバッグを持っている生徒らは、男女の区別がされた更衣室へと向かっていった。
「…………」
シンマオの好奇心が刺激される。更衣室をじっと見つめ続けるが、まず更衣室がどういうものか分からない。
少しすると、生徒たちが更衣室から出てきた。
「あれは……水着アル」
生徒は皆スクール水着にプールタオルを羽織った格好であった。水着が紺一色に統一されているのに対し、タオルのほうは各々の個性が光っている。
「ワタシ、着てみたいアル」
シンマオは水着に興味を持った。
シンマオは雀女たちと入れ替わるように更衣室へと到着した。無防備にも更衣室に鍵はかけられておらず、簡単に女子の更衣室に中に入ることができた。
「水着はどこにアルか?」
更衣室という名称ではあるものの、部屋の中にロッカーなどはない。長机が四つほど用意されているだけで、窓すらない閉鎖的な空間である。
机の上には、女子生徒たちのプールバッグが置かれている。その中で、シンマオは見覚えのあるものを見つけた。
「これは、スズメのアル」
それは、雀女が朝に持っていたプールバッグだった。