ep11 シンマオの自己紹介
シンマオを教室へと連れて行く龍我。高校一年生の教室はA棟の三階にある。昇降口、階段、廊下、人々の目線をひたすらスルーし続けた。不審がったためか、話しかけてくる人はおらず、スムーズに教室へと入ることができた。
「おはよー!」
扉を開けると同時に、元気良く挨拶する龍我。
「おはよ……おぉ!?」
クラスメイトの男子生徒が挨拶を返そうとしたが、シンマオが目に入って言葉を失ってしまった。他の生徒も困惑を隠せない。
「え? 何だアレ?」
「怖い怖い怖い……」
「着ぐるみかな?」
「だったら中身誰だよ」
反応は多種多様であったが、教室内の話題はシンマオ一色となった。これは龍我の思惑通り、クラスメイトが突然アンドロイドを連れてきて無反応で済むわけがない。
掴みに成功して室内がざわついている中、龍我はシンマオと共に教壇の前に立った。
「みんな落ち着いて落ち着いて! 怖がらないで!」
教壇前から教室の隅まで声が届くよう、口に手を当てて大きな声で叫んだ。
「さ、自己紹介して」
龍我はシンマオに合図を送り、一歩後ろに下がった。
「分かたアル。みんな、はじめましてアル! ワタシの名前、シンマオというアル!」
シンマオは普段より大きい音量で、明るく挨拶した。表情もニッコリとしたものに変え、アンドロイドでありながらも愛嬌を感じさせる。
「ワタシを引き取れる人、探してるアル。よろしくアル」
挨拶を終えると、生徒たちは彼女に拍手を送った。事務的な拍手をする者もいれば、熱意が込められた拍手をする者もいて、賛否が分かれている。
しかし、引き取り手を探すという目的からすれば、興味を持ってくれる人が一人でもいれば十分、この自己紹介は成功といえる。
中でも特にシンマオに惹かれた女子生徒が早歩きで教壇へと近づいた。
「えー、かわいいー」
「キミの名前、なんというカ?」
興味を持ってもらえたことに、シンマオも嬉しそうにした。
「私ね、蜜野亜美っていうの。座右の銘は、名は体を表す」
蜜野は見せつけるように、三つ編みの髪の毛を手ではらった。彼女の中では鉄板の自己紹介で、自信に満ち溢れていた。
「アミというのか。覚えたアル」
蜜野亜美と三つ編みをかけた仕草の意図は、シンマオにはあまり伝わって無さそうだった。
「ねぇねぇ中道君、引き取ってくれる人って何? どういうこと?」
蜜野はシンマオを見つめたまま、眼中にもない龍我に質問だけを投げかける。
「この子、アンドロイドなんだ。で、捨てられちゃってさ……。一時的に俺の家で預かってるんだけど、正式に引き取れる人がいないか探してるわけ」
「えぇ~、かわいそ~。こんなにかわいいのに。私が引き取るよ!」
蜜野は完全にシンマオに一目惚れしていた。よっぽど気に入ったのか、悩むことなく引き取り宣言をした。
こうして、いとも簡単にシンマオを引き取ってくれる人物を見つけることができた――とはならなかった。
「いやいや! それがそんな簡単な話じゃないんだよ」
異を唱えたのは引き取り手を探すと宣言した張本人、龍我であった。先ほどとは打って変わり、口調はかなり強くなっている。
「例えば毎日充電が必要なんだけど、それですごい電気使って、一度ブレーカー落ちちゃったんだよ。家族で協力する必要があるんだ」
ただ一緒に暮らしたい、という人がいれば良いという問題ではない。引き取った先で、シンマオが暮らせるかという点も加味しなくてはいけない。龍我は脅すように言った。
「ワタシ、充電できないところ、住めないアル……」
「あぁー、それは、確かに相談しないとね……」
話を聞いた途端、乗り気であった蜜野は一気に冷め、気まずそうな表情で後ずさりした。
話が振り出しに戻ってしまったが、すぐに別の人間が引き取り手に立候補した。
「ウチ、結構広めの飲食やってるから問題ないよ……。あ、ちなみに僕の名前は岡琉人。よろしく」
前髪で左目が隠れている、怪しげな雰囲気のクラスメイトである。
「ルートか、覚えたアル」
「いやいや、電気だけが問題じゃないぞ」
龍我がまたも異を唱えた。
「シンマオとのコミュニケーションも課題だ。人間にとっては当たり前のことでも、シンマオにとっては分からなくて会話が通じないってことはよくある。ちゃんと根気よく話相手になれるか?」
昨日、シンマオを暮らしたためにコミュニケーションの壁は非常に大きいと実感していた。相当の愛がないとこの壁は超えられないだろう、と、自らの実体験が熱い主張へと繋がる。
「……そう言われると、嫌だなぁ」
岡は目を逸らし、ものすごく険悪な表情になった。引き取る気が失せたのが手に取るように分かる。二人も出鼻が挫かれるのを目撃し、微かに興味を持っていた他の生徒も立候補することはなかった。
あれだけざわざわしていた教室は、一気に冷えた空気へと変わってしまった。
「お前さぁ、本当に探す気あるのか?」
龍我の対応に苛立ちを覚えたのは加来画理央という、野球部の男子生徒であった。龍我が教室に入って、最初に挨拶を返そうとした男である。
「本気に決まってるだろ! 押し付ける形にしないために色々言ってるだけだ」
龍我の言動は責任感によるものが大きい。探すと言った以上、ちゃんと世話ができる相手に預けなくてはいけないと思っていた。
その傍ら、シンマオは加来画に話しかけた。
「キミの名前、何というカ?」
どんな時であっても、シンマオは相手の名前を聞くことから始める。きっとそういうプログラムがされているのだと思われる。
「名乗るほどのもんじゃねえ」
「モンジャネというか、覚えたアル」
相手が名前を教えてくれない場合は、全く想定されていなかった。
「違えよバカ!」
「待て待て、だから言ったろ。会話が通じないんだって。こういう齟齬を無くすために……」
キーン、コーン、カーン、コーン……。
そうこうしている内に、始業のチャイムが教室に響く。
「ありゃ……チャイム鳴っちゃった」
「それ、先生に説明するの?」
加来画はシンマオを授業中どうするのかが気になった。先生に対しても同じことをするとは思えない。
「う~ん……」
龍我は何も考えていなかった。行き当たりばったりで決めたことなので、当然と言えば当然だ。限られた時間の中で答えを出さなくてはいけない中、うなりながら回答を何とか捻りだそうとしていた。
「……いったん後回しだな」
先生とシンマオを見せた場合のシミュレーションを行った結果、面倒臭そうという結論に至った。嫌なことはとりあえず先延ばしにするスタイルは、不安を増長させていく。
龍我はシンマオの手を取ると、急いで廊下へと移動した。
「シンマオ、この建物の外にいてくれ」
担任はいつ来てもおかしくない切羽詰まった状況で、端的に指示を出す。室外ならエンカウント率も下がるだろうという考えであった。
「分かたアル」
シンマオのその言葉は当てにならない――分かっていたはずなのだが、龍我は焦っていたために気にしていなかった。