ep10 チャイナドレス着衣
それから少しして登校時間となった。玄関先で龍我は、シューズラックの中の靴を一つ一つ調べていた。
「バカみたい」
ギリギリになって靴を選んでいる兄に、雀女は物理的にも精神的にも見下ろしながら言った。彼女は右肩に鞄をかけ、左肩にスイミングバッグを所持している。先月よりプール開きが行われ、水泳の授業が開始されたのである。
「靴ならいつものがあるじゃない」
「違うよ。シンマオ用の無いかなって」
後頭部を向けたまま答える龍我。
「どうして?」
「今日、学校に連れて行くことにした。引き取ってくれる人が出て来るかもしれないし、その場で出なくても、話が広まれば可能性も広がるだろ?」
食後、龍我はシンマオに学校について説明していた。その中で、シンマオを学校に連れて行ったら良いのではないかという結論に至ったのである。
「なるほどねぇ。シンマオちゃんのサイズはいくつだったの?」
「ざっと測った感じだと、23・5だった。雀女も確かそのぐらいだよな?」
シンマオは龍我と背丈は大して変わらないが、足のサイズは龍我よりかなり小さい。逆に十五センチ以上身長差がある雀女と同サイズである。また、この手のアンドロイドとしては珍しく、足の先が五本指で別れていて、可動箇所は人間に勝るとも劣らない。
「そうだねぇ……って、それなら最初から私に言えばいいのに」
突っ込みをしながらもシューズラックを覗き込み、雀女は一足の靴を取り出した。
「はいローファー、チャイナドレスにも結構合うと思うよ。それと上履きも必要よね、持って来るわ」
雀女の世話焼きの良さがここでも現れる。文句を言わないどころか、頼んでもいないことまで協力してくれた。彼女が二階に行ったのと入れ替わるように、シンマオが白加の部屋から廊下へ飛び出してきた。
「リューガ、チャイナドレスを着たアル」
煌びやかな衣装をシンマオは美しく着こなしていた。純白のドレスには金の刺繍が縫われており、左右対称の模様がこれまた美しい。仕草がそれまで通りでも、ほんの少し上品な印象に変わる。
「おおっ……! いいねいいね! 似合ってる!」
龍我は絶賛。足元から全身を眺め、鼻の穴を大きくさせて感激する。
「上履き持ってきたよぉ。あ、シンマオちゃん似合ってるぅ!」
ものすごい早さで玄関へ戻ってきた雀女も、見るや否やシンマオの姿を褒める。
「ワタシ、似合ってるカ。良かたアル!」
またまた笑顔になるシンマオ。〈似合う〉という単語が〈いい事〉に含まれるものは理解しているので、誉め言葉を受け取ることはできた。
「そそ、靴は私の履いて」
土間にシンマオ用のローファーが置かれた。左右の靴の間には最低限の隙間しかなく、それぞれ向きが偏ってることはない。靴先も、玄関扉にまっすぐと進むように揃えられていた。これからすぐに履くものだとしても、見栄えを気にして置く姿勢は流石である。
「あ、これのことな」
龍我は念を押すように置かれたローファーを指差した。直感的に、靴の意味が分からにと質問される気がしたからだ。
「それカ。スズメのだが、履いていいのカ?」
「うん。遠慮しなくていいよ。私のものは、自分のものだと思って使ってね」
「分かたアル。スズメ、いい人アル!」
シンマオはまたも感激し、雀女の手を握った。
「アレ? お兄ちゃん、今日水泳の日でしょ? 水着は?」
やっと登校できると思った矢先、雀女はきょとんとした顔で龍我に尋ねた。
家事全般をやっている関係で、兄がいつ体操着・スクール水着を使用しているか完璧に把握している。龍我の手にスイミングバッグがないことは自然と気付けた。
「やべっ! 忘れてた!」
既に普段の登校時間は過ぎている。龍我は急いで二階へと向かった。
「ミズギ? それがないと水泳ができないのカ?」
「水泳は分かるのに水着は分からないんだ……」
「分からないアル。検索するアル」
またも頭に手を当てるシンマオ。勝手に検索状態へ移行してしまった。知らないことが出た際、その場で返答をもらえないとすぐに検索を始めるため、知識の偏りが発生するのであろう。
「あっ……固まった!」
雀女は止めようとしたが一足遅かった。龍我は二階でシンマオは検索中、また出発の時間が伸びてしまい、ため息をつく。
「あーあ……」
スマートフォンで時刻を確認する。雀女は今日が日直登板であるため、普段より早く出発したかった。
「……私、先行くからねー!!」
現時点で予定の時刻は五分以上過ぎている。仕方がないので、一人で登校することにした。
その後、すぐに出発した龍我とシンマオは小走りで学校に向かい、遅刻をせずに学校に到着した。
「これが、ここの名前アルか?」
シンマオが指を差したのは塀に取り付けられた学校銘板である。忠功偉観学園と掲げられていた。
龍我の通っている高校は中高一貫校。校舎も中学校と共用の建物となっていて、妹の雀女も一足先にここに到着済みだ。広い敷地面積を誇り、設備も最新のものが揃っている学園である。周りには自然が多く、都会と田舎のいいところ取りをしたような環境は、評判がものすごく良い。
校舎はA・B・Cの三つがあり、どれもこまめに手入れがされているため、新築のように奇麗なままであった。
シンマオがそんな校舎に見惚れる一方、学園の生徒たちはシンマオに視線を向けていた。
「どうしてみんな、ワタシを見てるアルか?」
「え、ああ。シンマオのことみんな知らないからな。でも自己紹介は後でだ、その時になったら俺が言うから」
ここで一人一人に対して自己紹介をしていたらキリがない、と龍我は踏んだ。
「分かたアル」
シンマオは納得し、うなずいた。