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下 これが天職か

ー6ヶ月後ー


「よかった。合格してる。」

この日、治癒師試験結果が発表され、掲示板で苦労が報われていることを確認でき、僕は安堵した。


「ソフィアにもちゃんとお礼をしないと・・・。迷惑かけたからな〜。」


この半年間、家事の手を抜いたつもりはなかったが、ソフィアから「おかずが単調になった」「掃除がすみまで行き届いてない」と指摘されることもしばしばあった。またソフィアから頼まれた用事を忘れ、しかられたこともあった。


「来週の水曜日は一緒に暮らし始めてから1年の記念日だし、合わせて盛大にお祝いしてもいいかな・・・。」

そうつぶやきながら軽い足取りで家に向かった。


「ふ〜ん、そう、よかったじゃない。」

その日の夕食時、喜びを隠せないまま報告した僕とは対照的に、ソフィアの反応は薄かった。


「ああ、うん。ありがとう。ソフィアには本当に助けられて・・・。」

「それでどうするの?またギルドに戻るの?」

かねてから用意していた僕のお礼の言葉を遮り、ソフィアは早口で質問してきた。


「いや、とりあえずそこまでは考えてなくて、まずはソフィアが怪我をして帰って来た時の回復とか、あと落ち着いたらパートで薬草の調合とか魔道具の修繕とか手伝ってもいいかなって

・・・。」

「ふ〜ん。まあいいんじゃないの。」

そう言うとソフィアは無表情のまま目をそらしてしまったため、僕はお礼の言葉を言いそびれてしまった。


そのまま無言で夕食の時間が過ぎたが、もう一つ伝えておくべき大事なことを思い出した。


「そういえば、来週早く帰れる日あります?ほら、そろそろ・・・あの・・・記念日じゃないですか。だから、ごちそう作ってお祝いしたいなって・・・。」

「ああ、そう。君がそうしたいなら。最近、水曜日は軽めのクエストにしようって話になってるから、そこなら。」

「わかりました!ちょうどその日ですし、ごちそう作りますね!!」

そう言った瞬間から僕は頭の中で献立を考え始めたため、ソフィアが軽く鼻で笑ったことは気にならなかった・・・。


水曜日の朝、僕は市場でソフィアの好きな牛のヒレ肉と、新鮮なタラを買った。今日は一緒に暮らし始めて1周年のお祝いなので、手間をかけてソフィアの好きな牛ヒレ肉のワイン煮込みとムニエルを作るつもりだ。

あと、奮発してお小遣いから少し高いワインを買っておこう。


その日の夕方、朝から時間をかけた煮込み料理も完成し、ムニエルもあとは仕上げに焦げ目をつけるだけ。パンもチーズもピクルスもフルーツもたっぷりある。柄にもなく花も生けてみた。


僕はダイニングの椅子に座り玄関の扉を見ながらソフィアを待った。


思えばあの日、ギルドに行く途中でプレッシャーに押し潰されて歩けなくなった時、ソフィアが一緒に暮らそうって言ってくれなかったら僕はどうなっていただろうか。

あの扉が開いたらソフィアに真っ先に感謝の気持ちを伝えよう、そう思いながら・・・。


しかし、ソフィアはなかなか帰って来なかった。


おかしい。水曜日は軽めのクエストにしてるはずだし、今日お祝いすることも確かに伝えた。


そういえば最近は集落の周りでもハイオークが出没してるってコマリさんが言ってた。

もしかして苦戦したり怪我したりしてないだろうか?

心配になり薬草の準備をして、覚えたての回復魔法をおさらいした。


ドンドンッ


玄関の扉が叩かれたのは、とうに日付も変わり、そこからだいぶたった時間だった。扉を開けるとそこにはソフィアとソフィアに肩を貸す若い男性がいた。


「あっ!ソフィアさんのだんなさんですか?僕は同じパーティで剣士兼盾役をしているトビアスです。ソフィアさんが酔い潰れてしまったので送って来ました。」


トビアス。聞き覚えがある。確か最近パーティに入った盾の据え方が甘い新人冒険者のはずだ。

僕はトビアスにお礼を言ってソフィアを受け取り、ブーツとローブを脱がせてベッドに寝かせた。


ソフィアはそのままスヤスヤ寝てしまったが、僕はモヤモヤしてなかなか寝られなかった。


翌朝、寝不足だったがいつものように起きて、お弁当を作り、ローブとブーツの手入れをした。

雑念混じりでローブにブラシをかけていると、胸のあたりに小さな穴が空いているのに気づいた。

「繕わないと・・・。」

僕は魔糸を取りに行こうとした。魔導士のローブは魔力に覆われていて、着衣者を守ってくれる。しかし、穴が空くと魔力の隙間ができてしまうので、同じく魔力を帯びた魔糸で縫う必要がある。しかし、魔糸の魔力は繕い物をする人の手も傷つける。僕の手もそのせいで爪が割れたり、切り傷ができたりしている。


「まあ、いいや。小さい穴だし。」

まだ昨夜のモヤモヤが残っていた僕は手を傷つけてまで繕う気が起きず、見なかったことにした。


「アタタッ、飲み過ぎた。お水ちょうだい。」

そこでソフィアが起き出してきたので、いつもの「ソフィアを護ってね」という念もかけ忘れてしまった。


ターンッ!!


僕は大きな音を立ててコップをテーブルに置いた。


「昨日はお楽しみだったようで・・・。」


なるべく静かに言ったつもりだったが、不機嫌が伝わってしまったのか、ソフィアは勝手に言い訳を始めた。


「いや、違うんだよ。トビアス君が仕事に悩んでるみたいで、先輩として話を聞いてあげないとって思ってついついお酒が過ぎちゃって・・・。フッ、もしかして嫉妬?違うよ!トビアス君とは特にやましい関係はないよ。やだな〜。」


ターンッ!

ターンッ!

ゴトッ!


勘違いしてるようなので、昨日作ったまま手をつけてない煮込料理の皿、タラのムニエルの皿、ついでにワインのボトルをテーブルに音を立てて置いた。


さすがにソフィアも気づいたようで、顔色が変わった。


「違うんだ。忘れてたわけじゃなくて・・・。あっ、君の合格祝いは、改めてどこかレストランを予約しとくよ、どこがいいかな〜。」

「そっちじゃない・・・。」


ボソッとそう言った後、無言でいたら、ソフィアはいたたまれなくなったのか、フルーツだけ食べて、ローブを着てそそくさと出て行った。


「ハァッ・・・」


僕はテーブルを片付けながらため息をついた。

僕もソフィアに仕事で助けられたし、新人をフォローしなければならないのはわかる。でもよりにもよって昨日じゃなくていいじゃないか。


もしかしたら、ソフィアとの暮らしをかけがえがないと思ってるのは僕だけで、ソフィアにとってはどうでもよいことなのかもしれない。大切な記念日を忘れて職場の後輩と飲みに行ってしまうくらい・・・。


ああ、こんなにモヤモヤするなんて、僕がソフィアに期待し過ぎてるのかな。

やっぱりコマリさんが言うみたいに、僕もいつでも捨てられるって余裕を持った方がいいんだろうか。

資格も取れたし働きに出てもいいかも・・・。


そう思いながらも家事を進め、お昼ごはんにソフィアが手をつけなかった料理を食べていると、外が騒がしくなってきた。


様子を見るため広場まで行ってみると、コマリさんを見つけた。


「何があったんですか?」

「ああっ、なんかハイオークの大集団が出て冒険者総出で対応してるらしいんだけど、苦戦してて怪我人がたくさん出てるみたいで・・・。うちの人は大丈夫かしら・・・。」

コマリさんは焦りで狼狽してるのか、そのまま足を止めず広場を行ったり来たりしている。


その時、僕の脳裏にソフィアのローブの小さな穴が思い浮かんだ。いつもの加護の念を忘れたことも。

ソフィアは大丈夫だろうか・・・。


役所の人から広場を空けるよう注意された。どうやらここは臨時の負傷者収容所になるらしい。僕は治癒師であることを伝えて臨時に手伝いをする許可をもらった。ここにいれば、ソフィアが怪我をしていないか真っ先に知ることができる。


「ウグッ、ウウッ・・・。」

「イタタ、ウゥッ・・・。」


次々と怪我人が運ばれてくるが、そのほとんどは盾役らしき屈強な男性ばかりだ。


「頑張っててくれよ、トビアス君。」

僕は昨日会ったばかりのパーティーの盾役にも祈った。


その時、目の端に、明らかに他の怪我人よりも小柄な、そして魔導士のローブを着た女性が盾に乗せられて運ばれて来たのが見えた。


「ソフィア!!」

すぐにそれが彼女だとわかった。駆け寄ってみると、ローブの胸のあたりに大きな穴が空いている。

今朝、手が傷つくのが嫌で繕わなかったとこだ!


すぐに回復魔法をかけようとしたが、震えて歯の根が合わず、詠唱ができない。


「あ、ああ、君か。恥ずかしいことにヘマをしちゃったよ。」

布の上に寝かされたソフィアは僕を見て軽く笑ったが、声にはまったく力がなかった。

「もうしゃべらなくていいから!すぐに回復魔法をかけるから!」

「フフッ、もう必要ないよ。それより君にずっと伝えたかったことがある・・・本当は・・昨日言うべきだった・・・今日までの1年・・・ずっと幸せだった・・・愛する人と一緒に暮らせるのが・・・こんなに安らげるなんて・・・思いもしなかった。」

ソフィアは、僕の方に弱々しく手を伸ばした。


「僕も、僕もです!」

僕はソフィアの手を両手で握った。


「わたしは・・・たまに不機嫌だし・・・、素直じゃないし・・・苦労をかけたね・・・。合格も素直に祝えなかったし・・・。」

「いいんです。そんなこと・・・。僕こそソフィアにわがままを聞いてもらって・・・。」

ソフィアは軽く微笑み、もう片方の手で僕の目からこぼれた涙を拭いてくれた。


「素直に言うと・・・怖かった・・・。君が資格を取って・・・ギルドに戻るって言い出して・・・わたしの元から・・・去っていくのが・・・。」

「そんなことありません!ずっと一緒にいましょう!」

「フフッ、ずっと一緒にいたかった・・・な・・・」

そう言うと、ソフィアはそっと目を閉じた。


「ソフィア〜!!」


そしてソフィアは安らかに眠り・・・・・・・・・・



その日の夕方過ぎに目を覚ました。


ソフィアの怪我は胸の打撲と右足の骨折のみで、広場に運ばれた時には処置済みだった。ソフィアはただ眠気に勝てず寝落ちしただけ。ご近所の目を思うと、思い返すのも恥ずかしい。


ーー


「じゃあ、クエストに行ってきますね。3日後には帰りますから。」

「あっ、うん。」


ソフィアの足の骨折は、回復魔法を使ってもすぐに治せる状態ではなく、リハビリを含めると職場復帰まで2ヶ月はかかるらしい。


前にも言ったが、この世界には有給休暇はない。傷病休暇も、労災補償もない。

保険はある・・・がソフィアは加入していなかった。


したがって無収入となった我が家の生活を支えるため僕が働きに出ることにした。

幸い、剣士と治癒師の二重権能は貴重なようで、サポートメンバーとして、色々なパーティから引く手あまただ。


「あのさ・・・。」

ソフィアがダイニングの椅子に座って下を見ながらもじもじしている。


「ああ、留守中の食料は戸棚にパンとチーズとハムとフルーツを詰めてありますよ。あとコマリさんに時々様子を見に来てもらえるようお願いしてますので、困ったら彼女に・・・。」

しかしソフィアは僕の言葉を途中で遮った。


「いや、そうじゃなくてさ・・・、ちゃんと帰ってきてくれるかなって・・・。ほら、よくあるじゃん。働かなくなったダンナに愛想を尽かして、自立した主婦が出かけてそのまま帰って来なくなるって・・・。」


ああ、たしかに噂話とかでよく聞くかも。これも結婚制度がないこの世界特有の問題だよな。


「大丈夫ですよ。僕がどれだけソフィアを愛しく大切に思ってるかわかってます?ソフィアがいる家に帰って来ないわけないじゃないですか。」

そう言って素早くソフィアにキスをして、玄関を開けてから振り返ると、ソフィアはまるで少女のように顔を赤らめ呆然としていた。


「あんな素敵な顔が見られるなら、これからもちょくちょくクエストに行って心配させた方がいいかもな。」

僕は、心の中でニンマリと悪いことを考えながらギルドへの道を軽やかな気持ちで歩いた。












近日中に、ソフィアを振り向かせて専業主夫になるまでの前日譚を短編で書ければと思っています。

そちらもぜひよろしくお願いします。

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