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9/22

9・矛盾と受容と

本日までちょっとシリアスでした。

明日ユリくん戻ってきますので!

明日!

「いいえ」


 これが本当に正しいかはわからない。私は公爵夫妻のことは欺けないと思ったのに、ユリウスのことは欺こうとしている。


「殿下にはお伝えしないことにします。元のクラリッサは死んだと言ったら、あの人はとても悲しむでしょう。今日の僅かな時間を一緒にいただけでもわかります、殿下は優しくてとてもいい人だから。だから、悲しませたくない」


 公爵夫人がふらつきながらも上体を起こした。そして涙に濡れた青い瞳に悲しみを湛えて私を見つめる。


「私たちは悲しんでも良かったと、あなたは言うの? 私の娘――クラリッサの顔で!」

「……っ、違います。私はおふたりを欺くことはできないと思ったから、本当のことを申し上げました。でも……」


 口の中がカラカラだ。ごくりと唾を飲み下して、私は重い気持ちで言葉を続ける。


「ユリウス殿下とクラリッサはほとんど拘わっていなかったと聞きました。私の態度が変わったことに関しても、『溺れたときに殿下が心配してくれたから』と言ったらそれで納得していました。

 ――つまり、それが殿下のクラリッサへの現在の理解の限界です。私たちの関係は、今まさに一から始まったばかりなのです」


 公爵の目が鋭さを帯びた。私が言うことの矛盾をその目は見抜いているようだった。

 それを私はできるだけ冷静に受け止め、彼の目をまっすぐに見返す。


「無用な悲しみまで背負わせたくないから、私は殿下に対してクラリッサで在り続けます。そして、私は殿下を幸せにします。この身が誰のものであろうと、私の想いは偽りません。あの方の努力が報われる幸せな日々を、この手で作り出します――必ず」


 再び室内に沈黙が落ちる。視界の隅で、ヘザーがきつく両手を握りしめているのが見えた。


「そこまでの覚悟があるなら、止めはすまい。……父親として言わせてもらうが、そなたは元のクラリッサとはあまりにかけ離れている。苦労をするぞ」

「それでも、生きられるということが今の私には大事です」


 公爵はもう一度深くため息をつくと、身振りで私に下がれと促した。私は一礼して部屋から出ようとし――まだ静かに泣き続けている公爵夫人の足元にしゃがみ込む。


「ごめんなさい、あなた方にとって大事な娘の体を奪ってしまって。……ごめんなさい」


 私がいくら謝っても、この人の傷を癒やすことはできない。それでも、ごめんなさいと言いたかった。



 翌朝、ジェマに文字通り叩き起こされた。私が本物じゃないからって扱いが荒い……。


「早く起きて着替えてください。奥様がクラリッサ様にお会いしたいと」

「公爵夫人が?」


 思ってもみなかった言葉で眠気が吹っ飛んだ。急いで飛び起き、慣れない身支度を手伝ってもらう。

 身なりを整えて寝室の続きにあるクラリッサ用の居間へ向かうと、明らかに顔色が悪い公爵夫人が座って私を待っていた。

 私の姿を見て立ち上がろうとする公爵夫人に慌てて駆け寄り、ふらついている体を支える。


「どうぞ、座ってお話をしてください。顔色がとても悪いですよ」

「ありがとう、クラリッサ」


 彼女の口から出た名前に私は息を止めた。恐る恐る夫人の表情を窺うが、昨日とは違って穏やかだ。そして、何かを決意したような強い目をしている。


「……心配だったの。あなたが熱を出したりしていないかって。だって、溺れたのでしょう? とても怖かったでしょうね」


 夫人の言葉は、まるで本物の娘に向けるようなものだった。私が戸惑って無言でいると、白い手が伸びてきて私の髪を撫でる。


「無理せず、今日は一日ベッドでゆっくりするといいわ。ね、クラリッサ」

「……私のことを、そう呼んでくださるのですか」

「ええ、もちろん。だって、大事な娘ですもの」


 ――ああ、この人は一晩掛けてそういう結論を出したんだ。

 苦しんだろうに、その苦しみを「娘」である私には見せようとしない。

 感情的にもなるけど、とても優しくて、芯は強い人だ。


「お母様」

「なあに?」


 お母様と呼びかけた私に微笑み返してくれる。きっと、私を通して元のクラリッサを見ているのだろうけども。


 私も、昨日はあまり眠れなかった。ずっとユリウスのことを考えていたから。

 もし、私がクラリッサじゃなかったら。

 それでも、あなたは私に優しくしてくれただろうか。


 散々考えたけど、行き着く答えは分かりきっていた。これは愚かしい問いだ。

 あの人は、そういうふうに人を選ばない。

 相手の肩書きや容姿で態度を変えるような人じゃない。

 芯が強くて、まっすぐすぎて――。

「悪役令嬢」にすら、感情じゃなく理屈で歩み寄ろうと努力するほどに。


 会いたいな、ユリくんに。お日様のようなあの笑顔を見たい。

 でも、公爵夫人(おかあさま)が一日ベッドでゆっくりしなさいという心配もわかる。


 そう思っていたら、ドアをノックしてヘザーが入ってきた。


「奥様、お嬢様、ユリウス殿下がお見えでございます」

「……え?」


 早すぎない? まだ朝ご飯も食べてないんですけど。


お読みいただきありがとうございます!

面白い、続きが気になると思っていただけたら、ブクマ、評価・いいねを入れていただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします!


挿絵(By みてみん)

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