8・公爵家にて
クラリッサの個人的な問題解決ターンでございます!
ユリくんがちょっとログアウトします。次出てくるのは10話です。
毎日更新しますので、ちょっとだけクラリッサ側のお話にお付き合いください!
(すみません、Xアカウントロック掛かってて、更新告知がしばらくできないかもしれませんが、毎日更新します!)
到着したのは、タウンハウスとは名ばかりの巨大な屋敷だった。ヘザーに先導されて、挨拶を交わす使用人たちを無視して自室へ向かう。
自室で着替えさせられた後、緊張しつつ家族と夕食をとる。所作が体に染みついていたおかげで、なんとか無難に終えることができた。
妹のジュリエットは祖父母の家に招かれてしばらく逗留しているそうで、家にいないのは正直助かった。
「お父様、お母様、大事なお話がございます。お時間をいただけますか?」
「ふむ……今日、王宮の池で溺れたことかね」
思い切って話し掛けたものの、公爵の返しにひやりと背中を冷たい汗が流れた。報告されてたのか……そりゃそうだよね。結構な大事件だもん。
こくりと私が頷くと、公爵は顎に蓄えた髭を撫でてから頷いた。
「では、居間で話を聞こう、先に待っていなさい」
「ありがとうございます」
「クラリッサ、ユリウス殿下があなたの体調を心配していたわ。やはり具合が悪いのではなくて?」
公爵夫人は私を気遣うように話し掛けてきた。
やっぱりユリくんが報告したのか……あの真面目な性格なら当然か。
明日会ったら頭をおにぎりにしてやろうかしら、などと考えながらヘザーに付いて居間に向かう。すぐに公爵夫妻がやってきたので、私はソファに座ることなくふたりを迎えた。
「お話の前に、人払いを。我が公爵家にとって、とても重要な話でございます」
公爵は怪訝そうな顔をしたけれど、室内にいた使用人は全て下がらせてくれた。
ヘザーだけは残ってもらう。彼女には重要な役目があるから。
「おまえが池に落ちたことと、その重要な話は関係しているのか?」
「はい――私は」
緊張のあまり、ぐるり、と胃がひっくり返りそうになる。
折れるな、私。ここで話さないことの方がこの人たちに対しては不誠実だ。
「池で舟遊びをしている際に、舟から落ちて溺れたそうです」
「――『そうです』とはどういうことだ? 事故の記憶がないのか?」
やはり、正直に話すことにして良かった。私ではきっとクラリッサの肉親を騙しきることはできない。
「池で溺れ、助けられました。ですが、私はおそらくその時に一度死んでいるのだと思います」
「クラリッサ! 何を言うの!? あなたはここにこうして無事でいるじゃない!」
公爵夫人が顔色を変えて私の元へと来て手を取った。それに釣られて公爵もソファから立っている。
「申し訳ありません。私は、クラリッサではありません。クラリッサと同じように、別の世界の別の場所で溺れた私は、気がついたらこの体の中にいたのです」
「そんな馬鹿なことを言わないで! それは新しい戯曲の話? そうよね?」
公爵は黙っているけども、探るような目をこちらへ向けていた。
「馬鹿げた冗談を言う娘ではないとわかっているが、おまえの言うことを信じろと?」
「やっぱり、信じてもらえませんよね。――ヘザーさん、お願いします」
「はい。旦那様、奥様、この方はクラリッサお嬢様ではございません。王宮に同行しておりましたクラリッサ様付の侍女は全て、そのことを承知しております」
ヘザーの証言でふたりの体はぐらりと傾いだ。申し訳ないと思いつつも、きっちりと納得してもらうためにヘザーの袖をまくって腕の痣を見せる。
「クラリッサは、侍女たちを扇で打つことを度々していたようです。……もう、おわかりですね、私がクラリッサではないと」
公爵夫人がふらりと倒れ、公爵がその体を慌てて受け止めた。彼女をソファへ座らせてから、公爵は崩れ落ちるように自分もソファへ沈み込む。
「信じたくはない……だが、信じざるを得まい。そなたがクラリッサなら、ヘザーをそのように呼ぶことも、自分の与えた罰を晒すことも決してしない」
公爵は一気に活力が失せたような様子で、夫人は手で顔を覆ってすすり泣いている。
ぐ、と胸の下の方が圧迫されたように気持ち悪くなったけども、これは乗り越えないといけないことだから。
「本当に、申し訳ありません」
「……何故、そなたが謝る」
「私が意図したことではないけども、結果的に私はあなた方の娘さんの体を奪って生きています。――そして、厚かましいお願いですが、私はこのままクラリッサとして生きていきたいのです」
公爵夫人の泣き声と、額に手を当てて苦悩する公爵。居間の空気はあまりにも重い。
「そなたがその体で生きるのを許さぬとなれば、私たちは娘を殺さなければならなくなる」
「そんな! おやめください!」
悲鳴を上げたのは公爵夫人だった。片手を挙げて彼女を制し、公爵は言葉を続ける。
「そうだ、私たちには到底そのようなことはできない。その体が、別人の魂が入った抜け殻であろうとも。だから」
くっと唇を噛みしめた私に向ける公爵の目が、少しだけ優しくなった。
「我が娘、クラリッサ・マリエル・ボッティータとして生きることを許す。既に知っているかもしれないが、クラリッサは何かと悪評を買っている。決して生きやすい人生ではなかろうがね」
「存じております。それでも、私は生きていたいのです」
公爵は深くため息をつくと、もうひとつの重大な問題に踏み込んできた。
「ユリウス殿下とのことについてはどうするつもりだ? 公爵家の体面もある。こちらから婚約を破棄するには重い病気になってもらうしかないが」
「婚約を破棄するつもりはありません。殿下は決められた婚姻でも、良き夫婦になるための努力をしていらっしゃいます」
「その努力は、今まで報われることはなかったがな。それで、殿下にはクラリッサではないとお伝えするのか?」