6・クラリッサとして生きていくために
クラリッサの個人的な問題解決ターンでございます!
ユリくんがちょっとログアウトします。次出てくるのは10話です。
毎日更新しますので、ちょっとだけクラリッサ側のお話にお付き合いください!
クラリッサの部屋に戻ってきて、私は侍女たちと今後のことを相談していた。
「先程の殿下への態度は、クラリッサ様ではあり得ません」
「そうですよね……まあ、そんな気はしてました」
ズバッと斬り込んできた侍女の名前はジェマ。
20代半ばで、侍女の纏め役ではないけれども、言いにくいだろうなということも言ってくれる。
要は、鋼メンタルだ。
「池に落ちて助かって、心配してくれたのがユリウス殿下だけだったから心を入れ替えた……なんてのはどうですか?」
私の提案に、侍女たちは顔を見合わせて困りながらも小さく頷いている。
実際にユリくんしか心配してくれなかったんだから、ある程度の説得力はあるでしょう。
「悪くはありませんが、クラリッサ様はそんなことで心を入れ替えるような方ではありません」
きっぱりと問題点をついてくるジェマ。
……そんなことで心を入れ替えるような方ではない、か。
「なんとなくそんな気はしてましたけど。だって、婚約が決まってたのにしつこく王太子を狙ってたんでしょう?」
「そうです。クラリッサ様は粘り強いお方。言い方を変えれば、自分の思うとおりに事が運ぶまでしつこく食らい付く方でした」
「言い方ぁ……」
クラリッサは性格面で非常に問題があるだろうというのはわかってたけども、侍女たち――特にジェマは、中身が本当に違うのだと確信してからはクラリッサの悪口を言いまくる。
かなりフランクに接してくれるようになったのはいいんだけども。
「でも、私は元のクラリッサの話し方や考え方はわからないから、私にできる範囲で貴族っぽく振る舞うことしかできませんからね」
「もちろんそれで結構です。今更クラリッサ様の様子が変わったからといって、王宮内でそれを不審に思うような人はおりません」
「本当に人望もないし評判も悪かったんだね! なんかすみません!」
私のことじゃないけども、つい謝ってしまう。
「……私どもが、クラリッサ様の中身が元のクラリッサ様ではないと信じられるのは、あなた様のその行動がクラリッサ様では本当に考えられないからでございます」
落ち着いた声で話し掛けてくるのは、40歳くらいの侍女。
この人こそがクラリッサ付きの侍女頭で、ヘザーという。ジェマは態度がでかいだけで、偉いのはヘザーの方。
「本来のクラリッサ様なら、先程ジェマが申し上げたようなことを耳にすれば、扇で打たれたはずです。――このように」
ヘザーが袖をまくると、そこには青あざがあった。ひとつだけではなく、いくつも。
息を吸うのに失敗して、ヒュッと喉が鳴った。ヘザーの右腕だけでこれなんだから、全身にはもっと打たれた痕があるのだろう。ヘザーだけではなく、ジェマも、他の侍女も。
冷たい手が心臓をぎゅっと握った気がした。
「ごめんなさい……」
ヘザーの手を取って、私は彼女に頭を下げた。私がクラリッサではないとわかっているはずなのに、ヘザーは反射的に手を引こうとした。
ああ、これが、「今までのクラリッサ」なのね。
「何故、あなたが謝るのです? クラリッサ様ではないのでしょう?」
ジェマの声は冷たくて、突き放すような響きを帯びていた。
首を縦に振って「クラリッサではない」ことは肯定しながら、私は自分の後悔を彼女たちに告げる。
「溺れた後に意識が戻って、着替えのために部屋に来たとき『ユリウス以外に誰も心配してない』って思ったんです。――当たり前だ、こんなことをする主人を心配できるわけがないよ」
むしろ、「死んでくれ」とばかりに溺れたのを放置したりせず、助けてくれたことだけでも感謝しなければならない。
クラリッサは、それだけの仕打ちを彼女たちにしてきた。
「あなたたちが悪いんじゃなかった。そうされる程の理由が、クラリッサにはあった……冷たいなんて思って、ごめんなさい」
ぽたぽたと涙をこぼす私の背を、戸惑いながらもヘザーが撫でてくれる。
そして――。
「クラリッサ様」
背筋を伸ばし、凜とした声でジェマが私に呼びかけた。
「私、ジェナ・ロビンソンは、クラリッサ様に忠義を尽くすことを改めて誓います」
「私も!」
ジェナの深い一礼を皮切りに、侍女が次々と私に向かって「クラリッサ様」と呼びかけ、礼をした。
「あなたは、悪評を背負った公爵令嬢、クラリッサ・マリエル・ボッティータとして生きていく覚悟がおありですか?」
ヘザーの灰色の目がが私を見つめているけども、その声に冷たさはなかった。むしろ、私を心配する響きが混じっている。
クラリッサとして生きていく覚悟――できることなら、元に戻りたいとは思う。
だけど、どうやったら戻れるかもわからないし、そもそも私の体が生きているかもわからない。
「クラリッサとして、生きていくしかありません。私は死にたくはないし、それに」
頭をよぎったのはユリウスの顔だ。
めまぐるしく表情の変わる、今までお目に掛かったことがないくらい正直で、誠実で、優しい彼。
――もっと、彼の側にいたい。