5・甘やかすのは、私の特権です!
だからこそこのお茶を飲んで、お腹の奥から体がじんわりと温かくなるのは心地よい。
「もし熱が出たり寒気がしたりしたら、すぐに侍医を呼ぶのだぞ? 真夜中でも構わない。あなたの体調以上に大事なことなどほとんどないのだから」
「わかりました。――でも、その。少々、過保護なのでは?」
ユリウスがとても真摯にクラリッサを案じているのはわかるけど、「ここまでしなくても」という言葉が喉まで出掛かった。
その私の問いかけに、彼は思わず手を伸ばしたくなるような寂しい表情で目を伏せる。
「私の母上は肺炎をこじらせて亡くなられた。切っ掛けは、池に落ちたことだったそうだ」
今度は私がはっと息を呑む番だった。
なんてこと――。クラリッサが池に落ちたのは、彼にとってのトラウマの再現じゃない!
「だから、あなたのことも心配だ。どうかひとつだけ約束して欲しい。あの池にはもう近付かないと」
さっきは瑞々しい若草の色をしていた目が、暗い緑に染まっている。
私はたまらなくなって、立ち上がってユリウスの頭を抱きしめた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ユリウス様……そんなことも知らず、心配ばかりお掛けしてしまって」
「クククククラリッサ!? み、未婚の令嬢がっ!」
「いいじゃないですか、婚約者なんですから! それに、私以外の誰が、こうしてユリウス様を慰められるんですか?」
柔らかい髪をそっと撫でながら、胸元に彼の頭を抱き寄せる。最初はバタバタしていたユリウスだけど、すぐにおとなしくなった。
私の胸に頭を預け、真っ赤な顔だけども嫌がる素振りはない。
「今の私はユリウス様の努力を知っています。そしてそれに敬意を払っています。それに……」
私がユリウスを全肯定するにはちゃんとした理由がある。彼にはそれをきちんと伝えたかった。
「私が溺れたとき、心配してくださったのはユリウス様だけでした。だから私は、心を入れ替えることができたのです」
「そんな、私は大したことはしていない」
「いえ、殿下がどう思おうと、私にとって救いだったのは間違いないのです」
それは元のクラリッサに対してのことだけども、だからといって彼の誠意を損なう物ではない。
ねえ、クラリッサ。ユリウスの誠実さやあなたに向けていたまっすぐな感情を受け止めていたら、あなたは変わった?
……私は本来のクラリッサが受け取るはずだった、彼の思いやりや誠実さを受け取る資格はあるの?
私がユリウスを甘やかしているのは、もしかすると罪悪感の裏返しなの?
ぐるぐると悩んでいたら、私の胸元に顔を預けたまま、ユリウスがとろんとした目で私を見上げてきた。
「……ありがとう。あなたが私の努力を認めてくれて、とても嬉しい」
――ハイ訂正ー! こんなトロトロの甘え顔は元のクラリッサになんか見せません!
私だけが見ればいい! そう、ユリウス――いや、ユリくんの努力を認めたのもいいこいいこしたのも私!
ユリくんを甘やかす権利は、私が持っていればいい!!
私がメラメラと背中に炎を背負っていたら、酷くおっかなびっくりだけどもユリくんが額に触れてきた。
「ユリウス様?」
「――あなたがこうして触れているのだから、私も触れても構わないのだろう? うん、熱はないみたいだ。だけど心配だから、お茶を飲んだらゆっくり休みなさい。いいな?」
声がさっきまでよりちょっと低くて、彼は背伸びしているように見える。
こんなに甘えておきながら?
私のその感情は顔に出てしまったようで、彼は盛大に咳払いをしてごまかした。
「んーんんっ! 本来は、私があなたを甘やかさなければならないのだ。年上なのだから」
ふーう……ユリくんってばきりっと凜々しい顔をしてるけど、そっちが素じゃないってもうわかってますからね。
そして、甘やかす根拠を「自分が年上」ってところに求めてるけど、残念ながら私の方が精神的には年上です。私の勝ち!
「ふふっ、頑張ってくださいね」
年上の余裕を見せてやったら、またユリくんは真っ赤になって「あうううう……」と小声で呻いていた。