4・初めて、あなたを近くに感じた
ユリウスは私の叫びに驚いて目を見開いたけども、3秒くらいしてからぶわっと赤面した。
「あ、ありがとう! あなたにそう言ってもらえると嬉しい」
照れすぎではないでしょうかね!? 声は裏返ってるし、目もすっごい泳いでる!
そして彼はそのままくるりと回れ右をすると、右手と右足を一緒に出しながら歩いて、もう一度テーブルにぶつかってから椅子に座った。
「よよよよよよよかったら、温かいお茶でも飲まないか? その、一緒に! いや、無理にとは言わないけども! ああああ、いや、私と一緒でなくとも温かい物は飲んだ方がいいと思う」
頬を赤らめて、目をぐるぐるさせながらお茶のお誘いですか。くはー、素の私だったらうずくまって床をバンバン叩いて悶えてるところだ。
「……はい、ではご一緒させていただきます」
「えっ?」
私がユリウスの向かいの椅子に座ろうとしたら、またもや彼はガタリと立ち上がった。
いや、「えっ?」って、あなたが誘ったんでしょうが。
「熱があるのではないか?」
「ありません」
急にキリッとした真顔になるのありがたい……じゃなくて、頭を打ったわけでも熱があるわけでもないんですよ。
中身が入れ替わったから態度が変わってるんですよ、とは言えないけども。
「本当に?」
新緑のような明るい緑色の目が、「心配だ」という感情をありありと載せてこちらを見ている。
そして彼は私の額に手を伸ばし――。
「うわああああ! すまない!」
触れる寸前で、我に返ったように叫んで手を引っ込めた。
「失礼した! 婚約者とはいえ令嬢の顔に触れるなどあってはならないことだった!」
一瞬前までキリッとしてたのに、叱られたゴールデンレトリバーみたいになって……。
忙しい子だなあ。しかし、ピュアッピュアじゃないですか……。
クラリッサはこういうところ見なかったのかな。
見てないんだろうな! この対応を見てる限り、お茶とか一緒にしたことなさそうだし。
あ、どうしよう、笑いが堪えられない。
「ふふっ……ふふふふふ」
思わず笑ってから自分で驚いた。鈴を転がすような声というのはこういうものだろうか。
可愛く振る舞おうと思えば、いくらでも可愛くできるんだね、この体は。
私がうっかり笑ってしまったら、ユリウスは呆然とこちらを見ていた。
「……あなたが笑ったのを初めて見た」
ぽつり、と彼が呟いた言葉が悲しい。
「良き夫婦になるために努力する」なんて真摯な言葉を聞いてしまったから、きっと今までの彼の努力は全て空振りになっていたんだろうと想像がついて。
「これまでの、数々の非礼をお詫びいたします」
それは私ではなくクラリッサがしたことだけども、私たちの仕切り直しのためには必要な謝罪だ。
私はクラリッサを知らない。彼女がどのようにしゃべり、どのように笑うのか知らない。
だから、クラリッサの体ではあるけども、「私」の考え方で生きていくことしかできない。
私が深く頭を下げると、彼が慌てる気配がした。素直か!
「やっぱり頭を」
「打ってませんってば」
慌ててユリウスが頭を触ろうと手を伸ばしてきたので、思わずおでこに軽ーくチョップを入れてしまった。
軽くですよ、軽ーく。
でも、目をまん丸にして驚いてる顔が、暗いところにいる猫みたい! ごめんなさいね!? こっちも驚いたので思わずチョップしちゃって!
「ああっ、ごめんなさい!」
令嬢にあるまじき行動に私が必死に謝ると、不意にユリウスは目元を和ませた。
「いや、気にしないでいい。なんと言ったらいいのか……うん、そうだ。あなたに初めて会ってから、こんなにあなたが近くにいることを実感したことはない」
はわわわわ……ぎこちなさを残しながらも微笑むユリウスからは後光が差してる。
漂白剤入り洗濯洗剤が嫉妬するレベルの、真っ白な笑顔がまぶしいーっ! 私が吸血鬼だったら灰になってた。危なかった!
――と叫んでいるうちにお茶が運ばれてきた、特徴的なこの香りは、生姜?
「体を温めるお茶を用意させた。あなたは大丈夫だと言うが、これを飲んだら侍医に診てもらって欲しい」
「……お気遣いありがとうございます」
はちみつと生姜の入った紅茶を、私たちは向かい合って無言で飲んだ。
さっきお風呂は入ったけども、「池で汚れた体を洗う」がメインで、温まるほどじっくり入ったわけではない。