3・邪険にしてきた婚約者がいい人過ぎて吐血しそう
クラリッサの婚約者であるユリウス殿下が待っている――。
ドレスは着替えていたから、侍女総出で髪の毛をなんとかしようとしてくれた。
長い髪はまだ濡れていて重いから、必死にタオルドライと扇いで乾かすコンボ。
この世界、ドライヤーってものがないのか。
私はちょっとだけ絶望した。
何度も「手間をお掛けしてすみません」と私が謝る度に、その場の全員が微妙な顔になる。
クラリッサは、謝るどころか感謝も伝えない――いや、そもそも使用人に対して感謝を抱くことがないような少女だったのだろう。
私は申し訳なく思いますけどね。ユリウスももっとタイミングを見計らってきてくれればいいのにって思うし。
なんとか体裁を整えてユリウスの待つ部屋へと向かう。
どうしよう、とりあえずさっきはすみませんでしたと謝った方がいいよね。
でもクラリッサ的にはどうなんだろう。それは「らしい」行動だろうか?
悩んでいる間に侍女がドアをノックして、私は部屋に通された。
さっきまでいた部屋と遜色ない豪華な部屋の中、茶色い髪の青年が私を見た途端に立ち上がった。
テーブルにちょっと脚をぶつけていたけど、早足で私の前まで来て緑色の目をまっすぐに私に向けてくる。
「クラリッサ、大丈夫か? 溺れたと聞いて大変驚いた」
「申し訳ございません! ご心配をお掛けいたしました」
この人の心配は本物だと感じたから、私は素直に頭を下げた。
侍女たちは溺れたクラリッサに対して、「自分たちが叱られる」という恐怖は持っていたけれども心配していなかった。それとは明らかに態度が違う。
けれど、謝った私にユリウスは目を見開いている。これは、対応間違えたかな?
「頭を……打ったのか?」
「打ってません」
この人、そんな真顔で……頭を打って変なことを言うなんてベタすぎて、お姉さん思わず真顔リプしちゃったわよ。
「い、いや、すまない。あなたに謝られるとは思っていなかった。その……無事ならいいんだ。あなたが、無事ならば」
ヒールを履いたクラリッサよりも頭半分ほど背の高いユリウスが、私の目を覗き込みながらこちらに手を伸ばしかけ、その手を止めてぎゅっと拳を握りしめていた。
――クラリッサお嬢様は、ユリウス殿下をお嫌いでした。
さっき侍女から聞いた話では、このふたりは仲がいいとは言えなかった。
少なくとも、クラリッサはユリウスを避けていた。
なのに毎日王宮へ来ていたのは、王太子へのアプローチと、王太子の婚約者への嫌がらせのためらしい。相当な性格してる。
なのに、ユリウスは本気でクラリッサのことを心配していた。
きっと、タイミング計らずに面会に来てしまったのもそのせいだろう。
「殿下は、何故私のことを心配されるのですか? その、私は今まであなたに冷たい態度を取ってきたはずですが」
普通、相手から嫌われてると思ったら、人間はこんなに純粋な心配を向けたりはしない。
そう思いながらも尋ねてしまったのは、私はこれから婚約者としてこの人と拘わり続けなければいけないからだ。
空気が読めないのか、それともド天然なのか――境界線が曖昧すぎて判断に困る。
「婚約者が溺れたのだ。心配するのは当然ではないか?」
ほんの僅かに首を傾げながら、彼はあっさりと答えた。
でも侍女たちは心配してなかったんだよ、と言いかけてぐっと呑み込む。そんな私に向かってユリウスは続けた。
「私たちの婚姻は私たちが決めたことではない。――けれど、それと良き夫婦になるために努力することは別の問題だ」
ひ、ひええええ……真顔のド正論!
それを頭では理解していても実行できない人が世の中は山ほどいるのに、この人は「努力義務」を本気で努力して解決するつもりなの!?
「特にあなたから見たら不満に思うこともたくさんあることは知っている。だからこそ、私はよい関係を築くために努力したいと思っている。私は、おかしな事を言っているだろうか?」
「いいえ! 大変に素晴らしいお考えだと思います!」
私は叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
誠実極まりない眼差しは、今までの関係にもへこたれずに一心にクラリッサを愛してくれると信じられる。
クラリッサー! なんでこんないい人に不満を持っちゃったのー!?
いくら王妃になりたかったって言っても、こんな優良物件そうそうないよ?
女性として幸せになりたいなら、王太子がどんな人かは知らないけど絶対ユリウスの方がいいって!
それとも、真面目でいい人過ぎるのがダメだったのか?
……クラリッサが何故彼に心を向けなかったのかはわからない。
ひとつだけはっきりしているのは、私のハートは串刺しになったということだった。