18・クラリッサの日記
すみません!
毎日更新を目標にしてきましたが、家族の入院と自分の病気(血尿出ちゃった_:(´ཀ`」∠):_)でちょっとおやすみをいただきます。
…とか言って明後日とか戻ってくる可能性も大ですが!
見覚えのある馬車溜まりに馬車が停まり、御者がドアを開けてくれた。
「クラリッサ、手を」
当たり前のように先に降りたユリくんが、私に向かって手を差し伸べた。
ステップがあるから降りられないわけじゃないけど、こういうことを当たり前にさりげなくするところがずるいわこの子!
宮殿を背景にして低い位置から私に手を差しだしている、何かのイベントスチルみたいなシーンをしっかり脳に焼き付ける。
身悶えしたいところだけど、あまりにもスマートな仕草が彼にとっては当然のことなのだと思えて、軽い疑問が生じる。
馬車の中で手を握られるだけであんなに震えてたのに、馬車の昇降のエスコートはできるんだ。
というか、どう見ても慣れている。
「ありがとうございます。――ユリウス様は私以外のどなたをエスコートしていたのですか?」
彼の手に自分の手を預けながらちょっと意地悪く尋ねてみると、ユリくんはかなり激しく動揺している。
「他の令嬢などではなくて、義母上だ。義母上は私とランスロットが幼い頃から、度々一緒に城の外に連れ出してくださった」
なるほど、義母上――つまり王太后ね。だったら手を取るのにあわあわすることもないだろうし、慣れているのも納得。
ユリくんは小さい頃に実のお母さんを亡くした後、王太后に育てられたのか。
ユリくんから聞く限り、側室の子供を実の孫と同じような扱いで育てるって、凄くできた人に思える。
でも、クラリッサとユリくんの婚約を推したのも王太后なんだよね。……私の感覚では、それはちょっとどうなのって思う。
――そうだ、クラリッサの日記は荷物に入れて持って来てもらってるから、後で読んでみなきゃ。
「王太后陛下のことだったのですね。他の令嬢でなくて良かったですわ」
「…………もしかして、妬いてくれたのか?」
地面に降りた私を見下ろしながら、ユリくんが期待を滲ませる声で恐る恐る尋ねてきた。
「やきもちだとしたら、どうするのですか?」
「嬉しいと思う」
くっ、ダイヤモンドのようなきらきらした笑顔!
素直に嬉しいと言っちゃうの、あまりに攻撃力が高いんですが!?
私の嫉妬に喜ぶとか、可愛すぎて心のオーディエンスがスタオベだわ。その真っ直ぐな純真さを、ユリくん推しとして何が何でも守り通さなくては。
はぁ、ユリくんって……スルメのように、噛めば噛むほど味わい深いな……ありがたしありがたし。
私が内心叫んで合掌しつつも黙っていたら、そのまま私の部屋までエスコートされた。ああ、もう、どうしよう。こういう扱いをされると照れるやら嬉しいやらで、情緒不安定になりそう。
「それでは、また昼に」
「はい」
余計なことをボロボロ言いそうなので、短く応える。ユリくんは平気そうな顔をしていたけど、斜めに歩いて行って壁にぶつかりかけた。
ぐうかわ……。
クラリッサの部屋は広い。さすが王宮というだけあって、寝室だけでも日本の家なら一軒入るんじゃないだろうか。
寝室と応接室とバスルームまではわかるのよ。その上居間と執務室とドレスルームまである。
最初は書斎かと思った部屋が「執務室」だとヘザーに教えられたときは、変な呻き声しか出なかった。
確かに……ユリくんは王弟、それなりに内政に関わってるんだろう。でも、その妻にも執務室があるとは。
思わず呟いたら、「妻という立場なのだから、夫の政務を補佐するのは当然では?」とジェマが驚いていた。
うわあ……勉強しなきゃ……どんなことをするのかも全然わからないし。
今日から王宮に寝泊まりするということで、公爵家の馬車にはかなりの荷物が積まれていた。侍女たちはそれを整理するのに忙しい。
大変そうなので手伝おうとしたら、ジェマに「勝手がわかっていない人は邪魔ですから、そこでお茶でも飲んでいてください」と止められた……。
確かに、ちゃんと部屋の把握もしきれてないのに、私が手伝おうとしても邪魔になるだけだけども……ジェマさんってば酷いわぁ。
ヘザーが苦笑しながらもお茶を淹れてくれたので、私はそれを飲みつつクラリッサの日記を読むことにした。
公爵邸の部屋で見つけたときは、急いでいたからちらっと見ただけ。
改めて開いてみると、綺麗な字が綴られている。ちょっと神経質そうと思えるくらい、整った筆跡だ。
最初のページの日付と、書き込まれている最後の日付の間は約3年ほど。
仕事の邪魔になるんじゃとビクビクしながらもヘザーに聞いたら、最後の部分は一昨日――つまり、溺れる前日だった。
何とはなしにパラパラとページをめくって、私はあることに気づいた。
長く書いてある日と、ごくごく短い記述の日で凄くムラがある。
1ページ丸々使って出来事や思ったことが書かれていることもあるのに、無味乾燥な一行で終わっていることもあるのだ。
だからこそ、分厚い日記帳であるとはいえ、3年分の記録が入りきっているんだけども。
最初のページに戻って、この日記帳の中では一番古い記録に私は目を通し始めた。
そこに綴られていたのは、過剰なまでに自分を律し、高貴な生まれに相応しい能力と評価を求めたひとりの少女の苦しみだった。