15・朝の一時は心の潤い
和やかに朝食を終え、私たちは食後のお茶を飲んでいた。
これはさすが貴族というか、いい茶葉使ってますね。
口に含むと爽やかながらも華やかな香りが広がって、ライトボディの軽い味わいは苦味も渋みも少なく、ミルクティー派の私でも「これはストレートだわ」と頷くほど。
できることなら転生などしたくなかったけど、してしまったからには貴族でよかったと正直に思う。
……そんな私の目の前で、ユリくんは「ミルクを」と言って紅茶にミルクを入れ、ミルクティーを飲んでいた。ンンッ! 苦いのダメなのかな? 可愛いですね!
「クラリッサ、今日も王宮へ行くの? 休んでいた方がいいのではなくて?」
カップを持ったまま、お母様が心配そうな顔をこちらに向けた。
「体調は問題ありません。とてもよく眠れましたし、今はなんとも。むしろ、心配なのはお母様の方ですわ。今日はお休みになってください」
そう、お母様は顔色が良くない。
昨日ほとんど眠らずに考え事をしたのと、心痛のためだろう。
心痛の原因の私に言えたことではないかもしれないけど、朝ご飯が終わったら少しくらい寝て欲しい。
「そうね――ありがとう、そうするわ。あなたも無理をしてはいけないわよ」
「はい。ユリウス様にもご心配をお掛けしましたし……ああ、昨日ユリウス様が用意してくださった生姜とはちみつのお茶を飲んだのが良かったのかもしれません」
「ごほっ!」
あのお茶は体が温まったなあと思い出しながら微笑みかけたら、目が合った途端にユリくんが思いっきりむせた。
慌てて私が立ち上がりかけたのを、「大丈夫だ!」とユリくんが制止する。ちょっと咳き込んでいたけども、それはなんとか大丈夫そう。
「ふむ……ひとつ提案なのだが、クラリッサは折角王宮に部屋を賜っているのだから、そちらで生活してはどうだろうか。その方が、行き来がない分体力的にも楽だろう」
「それは、そうですね」
むしろ、なんで元のクラリッサがいちいち通っていたのかが、私にとっては疑問なんだけれどね。
お父様とお母様の心情も考えたら、私が王宮にいるくらいの距離感の方がいいのかもしれない。
「それでは、今日から王宮で暮らすことにします」
王宮にずっといれば、この公爵邸と王宮と両方の使用人を覚えなくともいいしね。私にとってはその方が楽。
――と思ったんだけど。
「……えっ、ま、待ってくれ。それはつまり……その……これまでずっと公爵邸から通っていたのに、今日からクラリッサが王宮に、ということは私と同じ宮殿の中に暮らすということか!? な、なななんで突然!」
動揺しすぎたユリくんがカップをひっくり返しかけ、すんでのところでキャッチしていた。
反射神経凄いな!? 昨日もテーブルに足をぶつけてたけど、なんだかんだリカバリーできる身体能力は素直に凄い。やることは時々ポンコツっぽくてそれがまた可愛いんだけども!
「ですから、心を入れ替えたと昨日申し上げたではありませんか。それとも、ユリウス様は私が近くにいることがお嫌ですか?」
「嫌だなど! そそそそそんなことあるはずがない! むしろとっても嬉しい! あ、いや――オホン、今のは聞かなかったことにして欲しい」
耳まで赤くしたユリくんが表情を引き締めて着席したので、お父様とお母様はちょっと俯いて肩を振るわせていた。
本当にもう、この可愛らしさと「しっかりしたい」気持ちのギャップよ!
「確かに毎日ここから馬車で王宮へ通うより、王宮に住む方が体力的に楽なのも間違いない。特にあなたは昨日のことがあったのだから、体に気を付けてもらわなくては」
ユリくんはキリリとした顔で「気配りできる年上」ムーブしているけども――惜しい! 直前に素が出ちゃったのが可愛――いや、惜しい!
私とお父様とお母様は、視線だけで「ね?」「ああ」「そうね」とやりとりをした。
わかるでしょー!? 傷つけたくないとか、見守りたいとか、至近距離で見ていたいとか、神棚に飾りたいとか思っちゃう私の気持ちぃー!
「では、後ほどクラリッサの身の回りの品は送りますので、どうぞ殿下は娘と共に王宮へお帰りください」
「それでは頼む。クラリッサ――その、待っているので、支度を……その、……いや、ゆっくり支度してくるといい!」
「わかりました! 急いで支度してまいります!」
早く戻ってきてねって言いたくて言えないの、キュン死しちゃうわ! 今のは小型犬だった! あー、朝から潤う潤う!
私は早足で部屋に戻り、侍女たちに手伝ってもらってまた着替えをすることになった。
そして、今持っていきたい最低限の物だけをヘザーとジェマに選んでもらう。
昨日の夜はちらっとしか見なかった部屋の中には、小さな本棚や立派な飾り棚などがあった。
本棚、ねえ。どんな本があるんだろうか。というか、この世界の文字読めるんだろうか。
何気なく私は手に取った本を開いた。それは手書きの文字で埋め尽くされていて、「この世界、まさか本が全部手書きなの!?」と焦ったけども――。
「日記、だ」
きっちりと整った字で書き綴られていたのは、この体の持ち主であるクラリッサの日記だったのだ。