12・幸せへの第一歩・前編(ユリウス視点)
ユリウスとボッティータ公爵令嬢クラリッサの婚約が決まったのは、2年ほど前のことだった。
クラリッサの名前はそれまでも度々耳にしていた。
彼女は名門の血筋を引き、令嬢に求められる様々な教養を全て高いレベルで修め、いずれは王太子と婚約して将来の王妃になるのではと言われていたからだ。
だが、王太子ランスロットの婚約者として選ばれたのは、「メアリー・テレサ・ドレイパー」。
メアリーはクラリッサより家格も低い侯爵家の令嬢で、それまで華々しい評判などは特に流れていたわけではない。
ランスロットとメアリーの婚約が発表されて半月ほど経って、ユリウスとクラリッサの婚約が決まった。
ユリウスの養母である王太后アガサが、特にこの婚約を推し進めたのだという。
「臣籍に下るユリウスの後見として、ボッティータ公爵がいれば安心であろう。それにクラリッサ嬢は王国随一の才媛と名高い。ユリウスをよく補佐して、国王の――ひいては王太子の施政を支える力となるに違いない」
王太后の言葉を聞き、ユリウスは素直に「そうか」と納得した。
少し前に庭園にある四阿で、ランスロットとメアリーが親しげな様子で笑み交わしているのを見ていたのだ。
あのふたりは、おそらく以前から想い合っていたのだろう。
メアリーはいずれ王妃になるだろうが、能力的に問題ないと思われれば恋するふたりが結ばれることを願わない人はいないだろうとユリウスは思った。
それならば、成婚後は臣籍に下るとはいえランスロットに次ぐ王位継承権を持ち、王を一番近くで補佐する役割がある自分がクラリッサと結婚するのは当然だ、とも。
婚約してから、ユリウスは初めてクラリッサと会う機会を持つことができた。
ボッティータ公爵夫妻とクラリッサ、そしてユリウスの親代わりとして、幼い頃から愛情深く彼を育ててくれた王太后と、兄である国王デレックが臨席した。
――孤高の紅バラ。
それが、ユリウスがクラリッサに抱いた第一印象だ。
豊かな黒髪は綺麗に巻かれており、それ自体がひとつの芸術品のようだった。
きりりとした目元は知性的で、青い目は冷たく澄んだ水のよう。
白い肌に、赤い唇。まるで彼女は気高いバラのようだった。
女性にしては背が高めなクラリッサは凜と背筋を伸ばし、感情の読み取れない冷たい表情でユリウスを見つめていた。