残していた公募キーワードを外すことにした
ここ、「小説家になろう」にて行われている、数々の公募。私はこの約三年間で、二回応募したことがあります。
一回目は、初投稿作品(実質処女作)『前世を思い出したわがまま姫~』を、第11回ネット小説大賞(以下ネトコンorネトコン11)に。二回目は、『運命なんて信じない〜』を、PASH!ブックス大賞(以下パッシュ大賞)に。
ネトコンは惨敗。一次審査も通りませんでした。パッシュ大賞は、当初予定されていた結果発表時期は十二月頃でしたが、沢山の応募があったということで、一月末から二月上旬と変更されていますので、結果はこれから。
まあ、こちらも箸にも棒にも掛からないとは思うのですが、それでも結果は早く出して欲しいですね。何故なら、結果が出てからでないとキーワードを外せないから。
ネトコン11のキーワードをいまだ外していない私ですが、それには一応理由がありました。記念参加のようなものでしたので、参加した記録として今までは残していたんですね。
ですが、この連載に参加した記録を残しておけば、キーワードを外せることに気が付いてしまったのです。
残しておいても良いといえば良いのでしょうが、このキーワードで読みに来る人も、まあいないでしょうしね。外せるとなったら、もはや外したくて仕方ない、短気な私です。
で。ネトコン11への参加理由は上記の通り、記念としてのものでした。ネトコンのことを世間では、祭りなどと称して盛り上がってもいたので、一度は参加してみようかなという気になったんですよね。
ならば、パッシュ大賞には何故応募したのかといえば……まあ、こにらについても、参加理由は些細なことでした。というか、そんな理由で応募するな、なんて言われてしまいそうです。
その理由とは――。
ある日、とある方のブログを読んでいたら、当日の記事で「挑戦しないと後悔する」との言葉を偶然目にしましてね。占いとはちょっと違うのですが、似たようなものでしょうか。
で、妙にその言葉が気になり、後悔することってなんだろうと考えていたところ、その日は丁度、パッシュ大賞開催の告知がお知らせに上がってきた日で、その告知広告が、パッと目についたんですよ。
それで、開いて見たところ「あ、これに挑戦してみるか」って、ふと思いまして。
これまでになろうで開催していた公募って、私の作品傾向では出しても意味ないだろうと思っていたので、ネトコン11以来何処にも出していなかったんですよね。というよりはまあ、実力不足過ぎて出す気にもならんという……。
ですが、こちらの主婦と生活社様は既存の出版作品を見る限り、結構幅広い作風を出版しているらしく、占い(?)の言葉のこともあり、珍しくも参加に前向きな気持ちになったのと、丁度連載中だった作品が30万文字程度で、短すぎず長すぎず(そんなことない?)だったこともあり、応募してみることにしたのです。
でもですね……。
ネトコン11の時にも感じたのですが、やっぱり公募の結果を待っている間って、何だか心が忙しないというか、落ち着かないというか……。
普段は忘れて過ごしていても、ふとした折りに作品を公募に出していたことを思い出し、何となく憂鬱な気持ちになってしまうのです。
いくら記念や何気ない気持ちで応募してみたとはいえ、出したからには僅かなりとも結果を期待してしまうのが、人情というものですからね。ですが、自作品を客観的にみればみるほど、受賞の可能性は限りなく低い。
それでも、もしかしてと思ってしまうのは、これまで読んできたなかで「え? これを本にする?」と驚いた作品も無きにしもあらずでしたので、その経験が根拠のない期待となって表れてしまうのかもしれません。
あるわけないって。いやいや、でも、もしかしたら……。という具合にね。
ですがまあ……万が一何かの間違いで商業化なんてことにでもなったら、どの作品にしても結構な範囲を直すか付け足すことになりそうなので、それも面倒だな〜なんて思ったり思わなかったり……?
いえ、もちろん! それが仕事となれば、面倒くさくてもちゃんとやりますけどね!
なんて……ああまた、取らぬ狸のなんとやら……。
けれど、有り得ぬこととはいえ、そういった想像をするのはなかなかに楽しいものなのですよね。その世界が、今の自分の世界とかけ離れていればいる程、想像力(妄想力?)が働きます。仮にも小説書いてる人間ですからね。想像(妄想)は得意分野なので!
ええと。結局何が言いたかったのか……そうそう。
とりあえず……パッシュ大賞のキーワードはまだ外せませんが、このエピソードが投稿(予約投稿です)されたら、ネトコン11のキーワードは外すことにします。という話でした。
忘れるかもしれないけど……。




