ちょっと怖い話 ―泥眼の女―
今回は、ちょっと不思議な話の中の、ちょっと怖い話。
というか、私が怖かった話をします。
私は極論。
霊能力とか、心霊現象の真偽は、どうでもいい。
と、思っています。
個人的にはあるかもな、とは思っていますが。
あからさまに、嘘を吐いているのではない限り。
誰かの身に起こった出来事が、本当に心霊的な現象だとしても。
あるいは、ただの幻覚や思い込みだとしても。
その人が、一つの物事を体験したという事実は、変わらないからです。
そして、ですね。
私はここが一番、肝心なところだと思っているのですが。
幻覚だろうが、思い込みだろうが。
きっと、その人たちが感じた恐怖は、本物なのだということ。
これから書くことについては、特に具体的な被害があったわけではありません。
これまでと同じ、見ただけ。
ただ、私がはっきりと、怖い、と感じた出来事です。
さて。
スクロールする方は、どうぞ。
あれは、私が大学生の時のこと。
私が実家への帰省を予定していたその日は、
ちょうど近隣の町で、夏祭りを行っている最中でした。
その町を通り抜けた先に、私の実家のある村があるのです。
東京から鈍行列車に二時間半ほど揺られた私は、最寄りの駅に到着。
そこからさらに、実家まではバスで四十分程。
乗客は少なく、私を入れて数人しかいませんでした。
バスが動き出し、十分ほど走った時だったでしょうか。
バスが、とある交差点を通過しました。
丁度その時、私が座っている席の左側に見えた横断歩道を、
大勢の人達が渡ってきたんです。
普段はそこまで人のいない町ですが、今日は夏祭り。
大勢の人間が、一斉に横断歩道を渡っていました。
数十人、といったところでしょうか。
その中に、それはいたのです。
老若男女、様々な人たちが、こちらに向かって歩いて来る中。
私の視線は、とある一点に吸い寄せられました。
そこにあったのは、人々の塊の中に、ぽっかりと浮かんだ、白い顔。
能面でした。
能面としか、言いようのない顔でした。
その能面が、白のような、薄い灰色のような靄を纏って。
人々の間に、浮かんでいたんです。
髪は一応ありましたが、縮れており。
で、顔は能面。
女性、でしたね。
ですが当時も、そして今思い返しても、身体の印象がまったくないのです。
その人が、前方の人達の後方にいて、身体が見えなかったとかではありません。
首とか、肩とかすら見えない。
なのに、顔だけははっきりと、まるで空に浮かんでいるように。
見えたんです。
その能面を見た瞬間、とてつもない恐怖が襲ってきました。
こっちを見るな、こっちを見るなと、心の中で念じていました。
バスが早く走り去ることを願いましたが、
交通規制の影響で、バスはしばらく、その交差点付近で止まっていました。
その間にも、能面は人々と共に、どんどんとこちらに近付いてきます。
あまりの恐怖に、私は上半身を前屈みにし、外から見えないように身を隠しました。
目が合ったらヤバイと、その時は思っていたんです。
見つかったら、気付かれてしまったら、そこで終わり。
早く。早く動いてと。
そればかりを祈ってました。
――その後。
あの能面が、どうなったのかはわかりません。
バスが再び動き出すまで、私は顔を上げませんでしたし。
顔を上げ、恐る恐る窓の外を見た時には。
すでに人々は、横断歩道を渡り終えていました。
あれから。
あの時見たものはもしかしたら、普通に生きた人間だったのでは。
などと、思ったこともあります。
ですが、やっぱり。
顔だけしか、見えなかったと思うのです。
浮いてた位置も、おかしかったし。
隣の人の顔の、真横にありましたしね。
それに……万が一生きている人だったにせよ。
私はこれまで生きてきて。
あそこまで恐ろしい顔の人に、出会ったことはありません。
というか。
人の顔を見て、怖いなんて思ったことはない。
あの一度だけです。
今回、この話を書くにあたって、能面のことを少し調べました。
あの時の顔を見て、私はすぐさま「能面」、という言葉を思い浮かべました。
その「能面」を調べていくうちに、「泥眼」という種類の面があることを知り。
検索で出て来た画像を見て、まさに、この顔! と得心しました。
得心しましたが……。
ですが、私が見た顔は。
もっともっと、無表情で、怖かった。
触れてはいけないもの。
今はそんな言葉が、思い浮かびます。
お読みいただき、ありがとうございました。
まあ、祭りでしたのでね……。




