俺は「人生の半分」を損しまくっている
昼休み、俺は会社の先輩と定食屋でテレビを見ていた。
ロケ番組をやっており、タレントがこんもりとウニが盛られたどんぶりを見て、大はしゃぎしている。
先輩がつぶやく。
「美味そうだな……」
「そうですね」
俺の相槌にどこか心がこもってないのを察知したのか、先輩が身を乗り出してきた。
「お前、もしかしてあんまりウニ好きじゃない?」
しまった、と思った。
しかし嘘をついても仕方ない場面だと判断し、俺は正直に答えることにする。
「正直あんまり好きじゃないですね。あのドロドロした食感がどうも苦手で」
子供の頃、何かの機会にウニの寿司を食べて、「ウエッ」となったのを覚えている。
それがトラウマになったのかは分からないが、俺は今でもウニに苦手意識を持っており、わざわざ自分から食べることはない。
すると先輩は鼻を鳴らした。
「そりゃお前、本当に美味いウニを食ったことがないからだよ」
「そんなに違うんですか?」
「全然違う。港町とかで採れたてのウニ食ってみ。生臭さとか全然ないし、そこらのパック寿司のウニなんかとはマジで別物だから」
そんなに違うのか、と俺は食欲をそそられ、唾液腺を刺激される。
「本当に美味いウニを食ってないってのは人生の半分損してるよ」
人生の半分……俺は28だから、14年も損してるってことになるのか。生まれた赤ん坊が中学生になるくらいの年月だ。
大げさすぎると思いつつも、そんなに損してるのかぁ……という気分にもなるのだった。
***
休日、俺は昔からの友人と遊びに出かけ、昼にはステーキを食べた。
肉にライスとスープがついて値段は1000円ちょい。俺ぐらいのサラリーマンにとってはまさにちょうどいいステーキといえる。
がっつり肉を食べたのは久しぶりだったので、俺は満足していた。
だが、友人は――
「ちょっと物足りなかったかな」
「え、マジ?」
俺は驚く。
「昔食べた霜降り牛のステーキと比べちゃうとな。どうしても」
霜降り牛。高級な肉の代名詞みたいな感じでよく聞くワードではあるが、実際に食べたことはない。
「そんなに違うのか?」
俺が聞くと、友人は「その質問を待ってた」という表情になる。
「俺も一回食っただけなんだけど、全然違ったね。なんつうか、肉が口の中にとろけるって感覚をマジで味わえるっていうか」
「へえ……」
俺は返事をしつつ、口の中に液体が広がるのを感じる。
「当然、クソ高いんだけどさ。一度食ってみるのもアリだと思うぜ。あれ食ったことない奴は人生の半分損してるよ」
「……」
またこのフレーズか。
なんで肉食ってないぐらいで人生を半分も損してるって計算になるのかは分からないが、羨ましいし食べてみたくなるのは事実だった。
***
オフィスでの昼下がり。幸い上司も不在なので、俺は後輩の女子社員と喋っていた。
漫画の話題となり、彼女は今読んでる漫画を見せてくれた。
「これ、とっても面白いんですよ~!」
「ふうん?」
主人公が脱サラして、農家を営むようになり、悪戦苦闘しつつ成功していくって漫画らしい。
見せてくれたページでは、主人公らしき男がトマトを豪快に丸かじりしていた。
多分、自分で栽培したトマトを味見するような場面なのだろう。
このシーンに思わず――
「トマト丸かじり、俺には無理だな」
「え、どうしてです?」
「トマトが嫌いってわけじゃないんだけど、調理してないとちょっと苦手っていうか、生の野菜って青臭いじゃん?」
こう言うと、後輩は身を乗り出してきた。
「それは美味しい生野菜を食べてないからですよ」
「え、そうなの?」
「私の友達に実家が農家をやってるって子がいましてね。採れたての野菜を食べさせてもらったことがあったんです。そしたら全然違いました!」
「違うんだ」
「トマトもそうなんですけど、甘みがありますね! それに青臭さなんか全然なくって、調理しなくても美味しく食べられます!」
「ほぉ~」
口の中が濡れ――ああもうはっきり言おう。話を聞いてたらヨダレが大量に出てきた。
「ぜひ採れたてのトマトを食べてみて下さい! きっと先輩、人生の半分損してますよ!」
出た、人生の半分損してる。
このように、俺はかなりの頻度で「人生の半分損してる」ってワードを言われる。
今までの話だけではない。
「ブルーマウンテン飲んだことないってのは人生の半分損してるよ。高いけど一度は飲んでみな」
「本当のモンブランってのは全然甘ったるくないんだよ。食ったことないってのは人生の半分損してるね」
「こないだ初めてフカヒレのスープ飲んだけど美味かったぁ~。人生の半分損してた気分になったもん」
こんな具合に10回ぐらいは言われてるんじゃなかろうか。
人生の半分を10回損してるとすると、俺は人生5回分ぐらいの損をしてることになるのか。大赤字にも程がある。
バカバカしいと思いつつも、俺って損しまくってるなぁ、という気分にもなるのだった。
***
俺は自宅アパートに帰る。
今日は久々にあれをやろうと思う。
まず、炊飯器に入った残ってる冷やご飯をどんぶりに詰める。
そして、お湯入れるだけで作れるインスタントの味噌汁を作る。
それをご飯にぶっかける。
これだけでは終わらない。その上におかか、バター、さらに醤油をぶっかける。
これで完成。
俺の、俺による、俺のための、俺丼。
リンカーンもビックリだ。
この糖質と脂質と塩分とカロリーの化身を一気にかき込む。
美味い、美味すぎる。
寿命が何時間か縮んでる感覚はあるので、頻繁にはやれないが、これがマジで美味いのだ。
「あ~……いいわぁ……」
締めにペットボトルの水を飲み、俺は満足する。
しばらくしたらまた食べよう。この満足感と希望だけで生きていける。
色々食いたいもんはあるし、羨ましい気持ちだってあるけど、俺にはこれで十分。
俺から言わせれば、この“俺丼”を知らない奴は人生の半分損してるね。
完
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