No.9 湖畔の村⑦
「魔導対戦用人型兵器。通称・フォース。魔術師の生み出した、究極の戦争兵器。古代大戦の折に構想されるものの、実用化される前に大戦は終結し、平和な世になった。しかし、数百年の時を経て、戦争に利用としてドラスリム国が復活させた。そんな、太古の産物がどうして、おれなんかに挑んだ?」
セブンが言いながら、血塗れのままぐったりとして動かないダウンの襟を掴んで持ち上げた。ダウンは全身に傷をつけていて、指一本も動かせる力は残っていなかった。対するセブンは多少の傷こそあれど、どれも掠り傷程度だ。メインステージは荒れ果てていて、地面には無数の衝突痕。木々は焦げて炭となり、大樹だけが変わらずに聳えている。
「少し……誤算を、していた……」
切れ切れの声でダウンが口を開いた。圧倒的なまでにセブンの力を見せ付けられ、その結果の敗北だった。魔術の威力を一つ取っても、体術における体捌きにしても、セブンが圧倒的だったのだ。
「誤算?」
「お前……程度なら、勝てると思っ……いた……。ドラスリムは……紛争で、今に……滅ぶ……」
「紛争? そんなのはお前らが、フォースがいれば簡単に治められる」
「クーデター……。ドラスリムの、フォースが……結託し、国を裏切った……。一番から四番まで……」
「フォースが、裏切った? あり得ない。奴らは、プログラムされてるはずだ。絶対に反逆行為なんかをしないように。なのに、何で? そもそも、それなら、お前はどうなんだ? まだドラスリムに飼われてるのか?」
厳しい口調でセブンが問うも、ダウンは自虐的に小さく鼻を鳴らすだけだった。掴んだ胸倉を揺するが、それでもダウンは力ない笑みを崩さない。それから、陰鬱にため息をついてから言葉を発する。
「七番……オリジナルの方。奴が、解き放たれた……。お前なんかにも勝てず……一番や、ましてオリジナルの七番に……勝てるはずがない」
「七番が解き放たれた? ……いつ、誰がそんなことをした?」
「聞いてばかりだな……。ドラスリムにでも……行けばいい……。そこで、何が起こっているのか……自分の目で、確かめたらいい……。そして、絶望を思い知れ……」
嘲笑するダウンの襟を放し、セブンが忌々しく舌打ちをする。死にかけの人間を痛めつける行為などはしたくない。どうせ放置したところで、妙な真似をするだけの体力も残ってはいないはずだ。荒れ果てた周囲を見やり、それから森へと入っていく。シュザリアが気がかりになっていた。
「頼むから、無事でいてくれ――」
「クロエ……?」
地面に穿たれた半円形の衝突痕。そこに横たわっていた彼女を見つけ、シュザリアの顔がさっと青ざめた。急いで3メートル近く深い、衝突痕へと降りる。斜面で滑り、クロエに倒れこむようになった。すぐに体を起こして、クロエに声をかける。
「クロエ、大丈夫? ねえ、クロエ……」
ぼろぼろの体をしていた。肌には擦傷や青痣がいくつもある。乱れた黒い髪の毛は泥と血がついている。クロエの体を抱き起こすようにして、シュザリアが声をかけるが、ぐったりとしたまま彼女は動かない。かろうじて呼吸はしていたが、弱々しかった。
「誰がこんなこと……」
悲痛に呟くシュザリア。衝突痕にアークが降りてきた。悪魔の懐刀を持ったままで、周囲を絶えず警戒している。
「分からないけど、クロエより強いなんて相当だよ。早く、湖畔に運ぼう。あっちに皆が非難してるから、きっと手当てもしてくれるよ」
言いながら悪魔の懐刀を腰から提げるホルダーに突っ込んで、クロエを持ち上げる。だが、体格差と力不足のせいで、持ち上げるだけで精一杯だ。結局、シュザリアと一緒にクロエを左右から支えることにして、衝突痕から這い出た。
「シュザリアっ」
声がし、2人が右手の方を見やるとセブンが走ってきた。ところどころ破れた薄手のローブは汚れているし、セブン自身も軽傷ではあるが多少は血に汚れている。
「大丈夫だったの?」
アークがまず尋ねた。
「ああ、あいつはもう戦闘不能だ。それより、怪我はないか?」
「わたしは大丈夫だけど、クロエが……。ここで倒れてて……」
「ちょっと診せろ」
言い、セブンがクロエを横にした。脈を取り、まだ生きていることを確かめる。だが、あまり良くない状態。クロエの手を軽く握り、魔力を流し込む。その際に起きる、魔力同士の反発でもって、相手の状態を見極める技術だ。
「少しも抵抗がない。クロエの体内にほとんど、魔力が残されていないな。アーク、クロエのキャパシティ、どの程度か知ってるか?」
「え? えっと……試験やる前で、確か、8000カセルだったと思う」
「どんな状態なの?」
セブンが一旦、クロエの手を放した。シュザリアとアークを向き、小さく息を吐いてから説明を始める。
「クロエの体内には魔力がほとんどない。普通は、どんなに痛めつけられたって最低限の魔力は体内に残るはずなんだ。それなのに、そうなっていない。体力と一緒に、魔力までぶっ飛ばされたってことだ」
「そんなこと出来るの?」
「ぼく、読んだことあるよ。莫大な魔力をぶつけられると、ぶつけられた対象からも一緒に魔力が流れ出ちゃうんだよね」
「ああ、その通り。クロエはつまり、それだけのダメージを受けたんだ。そのせいで魔力が尽きかけている。物質の含有魔力が完全に消え失せてしまうと、形を成していられなくなる」
「それって……このままじゃ、クロエが消えちゃうってこと?」
まさか、とばかりにシュザリアが不安そうに言う。苦くした表情のままセブンが頷いた。
「そんな……!? 助けられるよね? セブンなら、大丈夫でしょ?」
「不可能じゃない。けど、おれじゃあダメなんだ。生物の魔力には固有の属性……血液型みたいなものがある。それがおれとクロエでは違うんだ。だから、おれの魔力を分け与えることは出来ない。アーク、お前は自分の属性が何か分かるか?」
「火だよ、きっと」
「それじゃあダメだ。シュザリアは王族だから属性が絶対に違う。クロエは土。他に魔術師なんてこの村にはいない。これじゃあ、手の打ちようがない……」
森の焼ける音が耳にこびりつく。朱に照らされながら、3人は黙り込んでしまう。セブンが無理と言えば、それは無理なこと。他に手がないのかと頭を働かせても、何も浮かんでこない。だが、シュザリアは何かが引っ掛かっていた。固有の属性――。これが鍵。つい先日、属性がどうということをセブンが言っていたような気がするが、それが何なのかが思い出せない。
「ねえ、セブン」
「どうした、シュザリア」
「属性が、違うからダメ……なんだよね?」
「ああ。土の属性を持った魔術師がいないと、助けられない」
「必要なのは……土の属性を持った魔力で、それをクロエにあげられれば……助かるんだよね?」
「ああ。何か、方法があるか?」
うー、と唸りながら、シュザリアは引っ掛かっているものを思い出そうとする。一体、何が引っ掛かっているのだろう。絶対にこれだと思うのに、なかなか出てこない。
「あの、あれ……あれ、何だっけ? ほら」
「あれじゃ分からないだろう。……何のことだ?」
「あれだよっ、あの……そうっ! 土地密着型、とか何とか!」
言った直後、セブンとアークの目が見開かれた。頭のいい2人が同時に閃いたのだ。
「深魔の穴なら、助かる……よね?」
「ああ、属性っていう概念がないから、誰でも魔力を取り込める。でかした、シュザリア。急いでメインステージへ向かうぞ」
クロエを抱き上げ、セブンが来た道を走っていく。シュザリアとアークもそれに続いて、森の中を走っていく。燃え盛る火に折られた木が、突如としてセブンの前に倒れた。
「セブン、シュザリア、退いてっ」後ろからアークの声がし、セブンは脇へ寄ると、悪魔の懐刀をアークが腰溜めから振り切っていた。「――悪魔の息吹」
アークから一直線に冷気が迸る。それは龍を象り、激しく燃える木にぶつかると、そこから一気に森中が凍結していく。ものの数秒で辺り一面が霜と氷の世界になった。盛っていた炎までもが、氷の中へ閉じ込められている。
「これを見るとおれも欲しくなるな、グランギューロ・グランエイドの魔術具……」
小さくセブンが呟き、凍結した木を身軽に飛び越えていった。目指すメインステージは、もう目と鼻の先にあった。