No.73 集うチカラ③
目覚めた時、そこがどこなのか分からなかった。
ただ、普段よりもずっと濃くて、心地悪い魔力が満ちていることに顔をしかめた。目を開けて体を起こすと鉄格子の中に閉じ込められていて、咎を受けたのだと確信した。
ずっと隣にいた相棒の姿も、気配もなかった。ただ1人で放り出されてしまったのかと考えてから、どんな咎を受けたのかと体を起こす。それから、自嘲するように鼻で笑った。魔術に打ち克つための武術をこの身に修めようとしてきた人生。生まれてすぐの英才教育、厳しい武者修行、実践で磨いていった技術。それら全てを失ってしまったらしかった。
シャオ・K・エルウィンの体は朽ちた肉に成り下がってしまっていた。薄紫に変色した皮膚。ところどころ、肉が禿げて骨が見える。赤い血などどこにもなく、ただ乾いた無味な骨が覗いていた。体は動く。生きてはいるらしいが、確かに肉体は朽ち果てている。いや、朽ち果てようとしているようだった。
「未来を望み、裏切られたか……」
これから、何をどうするか。朽ちていく肉体。不思議なことに痛みや苦しさといったものはなかった。もしかしたら、すでに死んでいるのではないかと考えたが、あまりにもナンセンスで止めてしまった。
「クウ……ディエゴ……デュラン……革命軍の皆……ごめんな」
決戦用波動消滅魔法陣がフォースを討ったのかどうかは分からない。そうであって欲しいと願うことしか出来なかった。それよりも、今1番の不安はどうやってドラスリアムへ戻れるのかという点だった。禁忌を犯した魔術師は咎人となる――。そこまでは知っているが、咎人というのがどのような存在なのか、具体的には分かっていなかった。
「おい、さっさと行くぞ。起きろ」
声に気付いたシャオは檻の向こうに目を向けた。
憎み続けてきたドラスリアムの最高戦力、最強の造られた魔術師。魔導決戦用人型兵器・ナンバー・セブン・ダッシュがそこにいた。薄緑色の短髪に白い薄手のローブ。ノースリーブで袖から先はない。
「お前……咎、は……?」
「咎なら受けた。お前を迎えに来たんだよ、わざわざ。出てこい」
「出てこい……? 体が、もう……朽ちた……。俺の未来、は……もう……奪われた」
声も途切れ途切れにしか出て来なかった。セブンが檻に手を触れ、捩じ曲げる。そうして朽ちたシャオを見下ろすところまで来ると、手を差し伸べた。若い、17歳の手。柔らかな手から目を背けたくなった。
「ふざけたことを言うな。咎で死ぬような奴はいない。起きて、動け。でなきゃ、本当にここで枯れて死ぬだけだぞ」
生身の肉が、シャオは羨ましかった。
だが、自分で咎を受ける覚悟をした上で動き、こうなった。だから自分はこの咎を受けた上で生きて帰らなければならないとも思った。
骨がむき出しの手を上げる。肉がおぞましい色に変色している。見ていて気色悪い、老人よりも醜悪な腕だった。
「帰れるのか……ドラスリアムに……」
「当たり前だ。さっさと体を元に戻してもらうぞ」
力強く手を握られ、そのまま引っ張られた。朽ちた体がひきちぎるのではないかと思ったが、そんなこともなくすんなりと立ち上がれた。
「……どうやったら、戻るんだ……?」
「知らないが、その内見つかるだろう。とにかく、魔界を出る途中で戻す。戻る」
歩くことも、呼吸をすることも、容易に行うことが出来た。
見た目以外、何も変わっていなかったのだと気付いて僅かに笑みを漏らす。
「とりあえず……刀を2本、どこかで調達したい。徒手空拳は得意じゃないんだ」
「魔界のルールは盗賊のお前にぴったりのはずだ。欲しいものは奪い取ればいい」
「そうか。じゃあ……魔界を楽しませてもらうかな」
前を歩くセブンの背は何も変わっていないように見えた。それに比べ、自分の肉体は朽ちてぼろぼろになってしまっている。咎にも種類があるのか、と醜い身体を観察しながらシャオはひとりごちた。
魔界にも太陽のようなものは存在していた。しかし、空に固定されたきり少しも動かず、直視しても眩しくならない。深いネイビーブルーの光を発していて、薄暗く周囲を照らす。
「見たこともないような魔物がいるんだな……」
セブンとシャオは蜘蛛のような下半身と、甲冑を身につけた4本腕の魔物に囲まれていた。仮面のようなもので隠れていて、その仮面のデザインは個体ずつで違っていた。4本の腕は護拳付きのサーベルを持っている。そんな魔物が全部で30体はいようか。じりじりと8本足で近づいてきている。
「文献でしか知らないが、サーベルスパイダーっていう奴のはずだ。武器はあんなでもいいのか?」
「上等じゃあないが、文句は言えないな。2本くれ。そうしたら、俺も参戦する」
「分かった」
セブンが返事をするなり走り出す。身構えたサーベルスパイダーだったが、無造作にセブンは仮面を被っている頭をひねり、首をねじ切った。肩の関節ごとひきちぎってシャオの方へ投げる。あっという間のことでサーベルスパイダーはセブンとシャオから距離を取った。
「量産品っぽくて好きになれないが、満足しておくか……」
握ったままだったサーベルスパイダーの武器を拝借する。肉の剥がれた指でサーベルを持ち、軽く回してみる。筋肉がないのに自在に体を動かせるのは少し不思議だった。
「そっち側は任せる。俺はもう半分でいいよな?」
「ああ、いいだろう」
シャオがセブンに背を向ける形で取り囲んでいたサーベルスパイダーに手に入れたばかりの得物を向けた。
「虎峰!」
走り出し、逆手に構えた双刀を一気に突き出す。そこから、腕を広げるように刃を返して引き裂く。返り血を浴び、シャオは身を翻しながらさらにサーベルを振るう。刃が返る度、血を身に浴びる度に暖かな自分の肉体の温度を感じられるようになっていく。
「弧狼牙!」
両手で束ねたサーベルを頭の後ろから振りかぶって、サーベルスパイダーへ振り落とす。それが最後の一撃だった。サーベルについた血を払い、それを握っていた手を見て目を見張る。血色の良い肉が、皮膚がそこにあった。体を見ると全身が元の姿に戻っている。
「――お前の咎は、そういうことらしいな」
セブンが言った。セブンの方も片付いていた。サーベルスパイダーの死骸がそこかしこに散らばっている。
「血を浴び続けないと朽ちる肉体、か……。気に入った、上等だ。こんな咎に負けてらんねえな」
「少しでも元気になったら、めっけものだな。……面倒なことに、この先から、強烈なプレッシャーを飛ばしてる奴がいる。まずはそいつに会って、魔界を出る方法を教わろう」
「すんなり教えてくれるのか?」
「屈服させればな」
なるほどな、とシャオは呟く。セブンが歩き出したので、その後ろをついて行った。
魔界の大地は暗い青色に照らされている。長く影を伸ばしながら、2人の咎人は歩を進めていった。