No.7 湖畔の村⑤
「お前の言うダンスパーティーとやらをしたいなら、リジュール地方でも行って戦争に参加してくることだな。100万人、敵国の人間を殺せば英雄だぜ?」
相対しながらセブンが言いやる。見た目の年齢はセブンとそう変わらない少年だ。全体的に少し長めの毛髪は深い藍色をしていて、同色の瞳がじっとセブンを見つめている。体の線が細く、謎めいたミステリアスな雰囲気をかもし出している。
「戦争なんかに興味はない」彼が言い、周囲を見やると残っているのはシュザリアとアーク、クロエだけだ。「この退屈を晴らしてくれるような戦いをしたい。血を流して、骨を砕いて、怒りをたぎらせて、意識を飛ばして、その先にある、絶頂へと導いて欲しい。同じフォースのお前なら、おれを満たしてくれる」
「お前……何者だ?」神妙な顔をしながらセブンが問いかける。「お前もフォースだってのか? 言え、番号は? ――七番じゃ、ないだろうな?」
セブンの体から漏れ出た魔力で、見守っていたアークは背筋に冷たいものを感じた。指先から体が震え、それが全身に広がってくる。傍にいたクロエがそっとアークの肩を持ち、それを静めてくれる。だが、見上げたクロエの顔にも緊張は色濃く表れていた。
「魔導対戦用人型兵器・ナンバー・シックス。性質は陰質。呼称として、ダウンと言われている。これだけ言えば満足するか?」
「もう一つ、質問だ。血染めのダンスパーティーってのは、何をするつもりなんだ?」
「殺戮ショー。頼んでもないのに血の気の多いバカ共がついて来た。今頃、好き勝手やってる。あいつらこそ、戦争に行った方が英雄になれるだろうな――」
言葉が終わるか、終わらないか。そのタイミングでセブンがダウンへ向けて魔法陣を展開していた。セブンの体を向けている方向へ展開された魔法陣で、異なる文様をした二つの魔法陣が重なっている。
「今すぐ止めさせろ。でなきゃ、ぶっ放す」
「それはムリだ。……あいつらはバカだから、言うことを少しも聞かない」
「それなら、てめえをぶっ飛ばしてからおれが止めてやる」
魔法陣が輝いて、魔法陣から無数の光の弾が撃ち出された。断続的で、重い、空気を引き裂く音が響く。だが、ダウンがその中を突っ切ってきた。顔色一つ変えず、片手で光弾をいなしながら接近するとセブンの顔面を掴んで、そのまま地面へ叩きつける。背中からセブンはメインステージにめり込んで、さらに上方配置魔法陣が展開された。ダウンが背を向け、首を曲げながらぱきぱきと骨を鳴らす。と、魔法陣から凄まじい光と轟音を伴った雷が落ちた。
「セブン!」アークが飛び出し、それをクロエが止める。「何するの、クロエ!? セブンが!」
「大丈夫よ、セブンなら。それより、ダンスパーティーの方を止めましょう。あなたの顔見知りが、命を落とす可能性がとても高いのよ。シュザリア、――あら、あの子も一応は王族なのね。もういない」
クロエが周囲を見渡すと、すでにシュザリアの姿はなかった。どんなに成績不振でも、どんなに一国の姫君と思われなくても、彼女は王族。その使命は国民を守ることにあると教育されてきたのだ。
「アーク、クロエ。ちょっと時間がかかりそうだ。先に行っててくれ。……シュザリアを頼む」
メインステージ。雷で陥没した地面の上にセブンがいた。いつも着用している薄手のローブを脱ぎ捨てて、ダウンを見つめる。少しだけ息を切らしているが、それでもまだ余裕は見える。軽く跳びはねながら体を念入りにほぐし、ズボンのポケットに手を入れた。取り出したのは指輪だ。飾りのない、銀色をしたシンプルなもの。それを右手の人差し指に嵌めてから、拳を握る。
「おい、六番。おれがフォースの最高傑作って知ってるよな?」
「当たり前だ。もっとも、ぬるま湯にずっと浸かっているとは聞いている。だから一番よりは強くないと踏んでいる」
「そうかい。なら、格の違いを見せてやるよ」
「……是非とも、見せてくれ。……この退屈は、そこら辺のゴミ相手じゃあ持て余すばかりだ」
二人がにらみ合うと、その直後に直径30メートルはあろう巨大な魔法陣が両者の背後に展開された。紋様は違うものの、大きさはほぼ同じ。それから、巨大な火球と、円錐形の氷柱が飛び交った壮絶な魔術合戦が始まった。
「ちょっと、あなた! どうして、こんな酷いことが出来るの!?」
首を刎ね飛ばされた死体に、執拗以上に剣を突きたてて傷つけていく男へ向かってシュザリアが言う。幅広、肉厚の剣を持っていて、腰に通常規格の剣も佩いている。壮年くらいの男で髭の手入れをしていないのか顔は黒い。体格も大きくて、悠に身長2メートルは超えているだろう。鋼のような筋肉を全身につけている。
「ああ? 何だ、てめえ。……なかなか上玉じゃねえか。下手な正義感なんかに駆り立てられて、死んだ方がいい思いをするぜ? ええ?」
「そんなことしたら、あなたこそセブンに本物の地獄に落とされるんだから。今すぐに仲間連れて帰るか、わたしに裁かれるか、好きな方選びなさい」
「はっ! ざけんじゃねえぞ、小娘。おれは指図されるのが一番嫌いなんだ。そっちこそ、本物の地獄に落としてやる!」
手にしている大剣をシュザリアへ向けて振り下ろすと、刀身から炎が発せられた。剣の軌跡をなぞった炎が大蛇のように動き出して向かってくる。
「きゃっ」
向かってきた炎の蛇を横っ飛びになってよける。すると、炎の蛇は消えたが男が迫っていた。にやついた、下品で残虐な笑みを男は浮かべている。シュザリアが固く目を閉じると、金属音が響いた。目を開けると、シュザリアと男の間にアーク。手に刃渡り30センチ程度の短剣を持っていて、それで大剣を受け止めていた。
「オジサン、安物使ってるんだね。魔術具搭載の武器なら、もっといいの選んだ方がいいよ」
不敵に笑いながらアークが言うと、男が後ろへ跳んで距離を空けた。思い切り振り落としたはずなのに小さな子供が簡単に受け止めた。しかも、今は無防備に背を向けてシュザリアを立たせてあげている。
「この、ガキがァ! 行け、炎蛇!」
刀身からまた炎の蛇が出現して、二人へ向かってくる。その数は10匹。だがアークは手にしている、装飾の目立つ短刀を前へ出しただけだった。炎の蛇がアークへ迫ると、短刀の刀身が煌いて炎の蛇を吸い取ってしまう。
「魔術具とは魔力を有する鉱石に魔法陣を刻み込み、魔術の素養がない者でも魔術を使うことが出来る道具である。魔術具は核となる鉱石に刻み込んだ魔法陣の効力だけを発動し、その格に込められていた魔力が切れると、再び補充しなければ使用が出来なくなる。また、魔業は魔力をエネルギー源とする機器のことであり、魔術具とは別物である」丸暗記した教科書の内容をすらすらと口に出してから、アークが男を見据えた。「オジサンのは手抜きだよね。核は小さいし、魔術も大したことないし。シュザリア、ここはぼくに任せて。……ちょっと、頭にキテるから」
アークがここに来るまでに見てきた、多くの死体。見知った顔もあった。それら全て、同じような傷があった。執拗に体を引き裂かれた傷痕。そして、その犯人は目の前にいる。
「お前みたいなガキが、おれをどうにか出来るはずがねえだろうが!」
男が炎の蛇を再び向かわせ、それらと一緒にアークへ駆け寄ってくる。短刀を握る手に力を込めながら、アークは自分を落ち着かせる為にふーっと息を吐いていく。
「ぼくは魔術が苦手だから、この武器を使うんだけど、凄いんだよ。世界最高の魔術具職人グランギューロ・グランエイドの作品なんだ。名前を悪魔の懐刀って言うんだけど、能力が複数あるんだ。オジサンみたいのには、とびきりのをお見舞いしてあげる」
悪魔の懐刀を腰溜めに構えて、アークが駆け出した。炎の蛇がそれだけでまたしてもどこかへ吸い込まれて消え去り、アークが男の懐に潜り込む。男を見上げた瞳に、いつもの無邪気で明るい光はなかった。冷たく、暗く、怒りに沈んだ双眸。
「――消えてもらうから。悪魔の息吹」
あまりにも冷たい声。極地に吹く寒風を思わせる、冷気がその場に満ち溢れた。悪魔の懐刀を男の腰から肩の方へ切り上げると、その箇所から凍結していく。そしてアークが完全に悪魔の懐刀を振り切ると、男が斜めにずれた。切断面が凍結し、さらにそこから白い結晶が体を侵食していく。恐怖の表情を顔に貼り付けたまま、全身を凍結させた二つの肉塊を見下ろして、アークがしゃだんが。悪魔の懐刀の切っ先を氷に当て、また呟く。
「早く、消えてよ」苛立ち気味の声で言うと、悪魔の懐刀が吸収した炎の蛇が氷に纏わりつき、そのまま昇華させて跡形もなく消し去った。「もう二度と、悪さしちゃだめだよ」