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No.62 それぞれの行き先

 3ヶ月の時が経った。

 ドラスリアムでは混乱が長引いているが、グヴォルト帝国は平和を取り戻しつつあった。戦争は始まらずに終わった。エグレットとフレイドによってシュザリア、アーク、クロエは無事にグヴォルト帝国へと帰還し、帝王ウインザード・S・グヴォルトにねぎらわれてホワイトウイングへ戻された。――セブンだけ、帰らぬままに。

 この戦争の陰で大きな事件も発生し、いまだ解決されていない。時期皇帝候補メイジ・J・グヴォルトと、グヴォルトの宝剣が姿を消した。朝、侍女がメイジの私室へ行くとそこはもぬけの殻で、テーブルの上に書き置きが残されていた。

『世界を見るためにぼくは外へ行きます。旅のともにダウンと宝剣を拝借しました。数年後、もしくは数十年後にまたお会いしましょう。連れ戻そうとするならば、ぼくらは徹底的に抵抗します。 メイジ』

 勅命で捜索が命じられたものの、全員がぼろぼろの状態で帰ってきた。2週間を過ぎた頃から、メイジの足取りは追えなくなってしまった。最後の目撃情報からグヴォルト帝国の隣国へ向かったのではないかという推測だけがなされた。

 そして、無事に学院へ帰ったシュザリア、アーク、クロエの3人はそれぞれに思うところがありながらも平穏な生活に馴らされていった。セブンがいないために班対抗イベントでは第7班の連続優勝記録がことごとく破られていったが、シュザリアは万年成績不振者で、アークは常に学年トップだった。セブンは行方不明という扱いで除籍されることはなかったが、決戦用波動消滅魔法陣(ビックバン)の威力を見てしまったシュザリアはずっと塞ぎ込んでしまっていた。

「もうすぐ、ストリュース祭だね……」

「うん。寒くなってきたし……」

 冬期休暇が近づいてきた頃、休暇中の班別課題が出されたので3人は集まっていた。いつもならはしゃぐのに憂鬱な態度でシュザリアはカレンダーを眺める。アークも着ているコートの襟に首をうずめる。

「あなた達、ちょっと元気がなさすぎじゃない?」

 クロエが暖炉に薪をくべて言う。狭い空き教室に3人はいて、課題の書かれた羊皮紙を広げている。課題は研究論文。テーマは「魔術と文化の関わり」とされている。いつもなら、アークがセブンに色々と教わりながら、ほとんど2人だけで終わらせてしまうような課題だ。しかし、アークはぼんやりとしたままでやる気がなく、ついでにシュザリアでさえこの3ヶ月間笑っていない。

「セブン……ドラスリアムでもっと寒いんだろうなあ……」

「ドラスリアムは本格的な冬季になると、何日間も家の中にこもるんだよ。一歩も外になんて出られないから……。毎年、雪が溶ける頃に行き倒れた死体が出て来るんだって。文字通り、死の季節……」

「死……。セブン……無事だといいな……」

 シュザリアとアークの会話は随分と雰囲気が重い。クロエはため息をついた。クロエ自身が全くセブンのことを考えていない訳ではないが、生きてきた年月の差か、2人のように露骨に落ち込んでテンションを下げるようなことはなかった。かと言って、叱咤したり、慰めようとも彼女は思わない。

「……ストリュース祭って、もともと、何のお祭りか知ってるわよね?」

 不意にクロエが尋ねた。シュザリアが顔を上げる。

「三雄のストリュースって人が死んじゃった日でしょ?」

「魔術を体系化したマクスウェル・ホワイトと、それを生活に結びつけて現代の魔術社会の基礎を造ったストリュース。ストリュースがいなかったら魔術具も、魔業もなかったかも知れない。それに加えてストリュースが開発した文字は魔法陣の命令式として使われて、現代魔術理論にはなくてはならない存在。古代大戦終結時にストリュースは初代グヴォルト帝国帝王を敵の攻撃から庇って命を落とした。終戦と建国の立役者・ストリュースを讃えて、建国記念と同時に催されるグヴォルト帝国最大のお祭りが、ストリュース祭」

 アークが本で読んだ知識を頭から引き出しながら喋った。

「ストリュースその人が、まさに今日の魔術文化を形成したと言っても過言じゃあないはずよ。課題はその辺りを攻めてみない?」

「だけど……ストリュース論なんて色々ありすぎて、目新しいことなんてないよ」

「別にいいじゃない。学生なんだから。いつも新しい発見をして、それを発表するなんて学者のすることよ。……セブンがあまりにも優秀過ぎていたから、そんなことが出来ていたの。身の丈に合ったことをするのが普通よ」

 淡々とクロエが言う。しかし、2人の反応は芳しいものではない。

「深魔の穴って、魔界に通じてるんだよね……?」

 ふとシュザリアが思いついたように言った。

「一応ね……」

「……じゃあ、セブンって魔界に行っちゃったのかな? 決戦用波動消滅魔法陣が発動した後、あの塔は消えちゃったけど深魔の穴になってたから……そこに落ちちゃって、それで帰って来られないんじゃない?」

「でも魔界なんかに落ちたら帰って来られないよ……。あっちの世界は地獄そのものなんだよ。ぼくらが魔術で召喚するモンスターがたくさんいて、それよりも強い存在がうじゃうじゃいて……。本で読んだ限りだと、魔界はこっちの世界よりずっと、ずっと広いから端から端まで行こうと思っても、何百年ってかかっちゃう。仮にセブンが魔界に落ちちゃっても、どうやってこっちの世界に戻るのかなんて……誰も知らないよ。今の人は」

「でも、行くことは出来るでしょ? 深魔の穴に入ればいいんだから。……セブンを捜しに行きたい」

 シュザリアが立ち上がる。アークは顔をそらした。

「……グヴォルト帝国の法律では、全ての国民が深魔の穴へ入るのは禁止されているわよ。例えどんな事情があったとしても、魔界へ行くのは禁止」

「じゃあ、ドラスリアムでも、ファンランでも、よその国で……!」

「それもよ。言い方が悪かったわね。どの国も魔界との干渉は禁止されているの。何かの拍子でこっちの世界へ魔界の住人が侵攻してきたら、太刀打ち出来ないもの。魔界はそれほど危険な場所なの」

「だけど……」

 黙ってしまい、シュザリアは教室を出て行った。ため息をついてからクロエは俯くアークへ目を向ける。

「ねえ、アーク……。あなたはどうしたいの?」

「……セブンには会いたいよ。……でも、魔界にいるって保証もないし、発動された決戦用波動消滅魔法陣の近くにいたんじゃ助からないもん……」

 雨が降ってきた。窓を叩く雨粒を眺めてクロエは暖炉に薪を入れる。

「聞いてちょうだい、アーク」

「……何?」

「わたし……咎人なの」

「……咎人って、禁忌を犯したってこと……?」

 そう、と静かにクロエが肯定する。ドラスリアム領土へ入った直後に見た、クロエの首筋に刻まれた禁忌の紋を思い出す。右目にナイフの刺さった髑髏。魔術師はその紋を通例として忌避する。決して、あってはならないはずのものとして認識されている。

「わたしがした訳じゃないの。……わたしが生まれてすぐ、病気になったのよ。死の病。それを見かねた祖父が、禁忌を犯してわたしの命を救った。祖父とわたしに禁忌の紋は刻まれて、祖父はそれからすぐに亡くなったの」

「……そう、なんだ……。前、実は見ちゃった。セブンも、シュザリアも。……でもセブンが何かの事情があったんだって、クロエが自分から言うまでは絶対に触れるなって言われてた……」

「あら、知ってたの? ……そう、じゃああまり驚かないわね。……とにかく、わたしは咎人。だから、魔界に行けるわ。シュザリアを放っておいたら、1人でも行っちゃいそうだからわたしはついて行くことにするわ。準備をしてから向かうと思うから、もし……あなたも行きたいなら一緒に行きましょ。……魔界の文化なんて、どんな評価もらうか分からないけれど」

「……咎人だと、どうして魔界に行けるってことになるの?」

「禁忌を犯した魔術師は例外なく、一度は魔界へ送られるのよ。わたしは祖父にこっちの世界まで連れ帰ってもらったの。だから、魔界の感覚っていうのを感じられる。……それだけよ」

 クロエが静かに教室を出ていった。残されてアークは右手にはめたままの剣のリングを眺めた。メイジが失踪したと聞いた時は驚いたが、いつか教えてくれていたのですぐに心配することを止めた。何より、リングを通じてメイジの魔力を微弱にだが感じられる。これを通じて魔力を引き出そうと思えば出来る。

 メイジは世界を見るために自ら外へ出た。シュザリアはセブンに会いたい一心で魔界へ行こうとしている。クロエも口ではシュザリアを心配しているようだが、セブンのことを気にかけているのは分かっている。

「……ぼくは……悪魔の懐刀(デモンズ・ナイフ)もないし……行っても、足手まといにしかなれないよ……」

 小さく呟いて、アークは自分の無力な拳を握り締めた。

「――おう、アークじゃねえか。元気か?」

 低い声がして顔を上げた。教室の入り口に筋骨隆々の男が立っていた。

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