No.60 揺るぎ出す世界⑨
フレイドが飛び去り、シャオはクウを呼び寄せて焔鬼を預けた。肩で息をしながら間合いを気にしながら双刀を抜く。壁を破られたために外から冷たい風と雪が吹き込んでくる。白い吐息。シャオの体からは湯気が上がっている。
「人間というのは弱いな」
「はあ? その人間にてこずってるフォースさんが言う台詞かね」
唐突に言ったサードへシャオは喧嘩腰で言い返す。しかし、サードが挑発に乗るような性格ではないことをシャオは何となく分かっていた。
「寒いと、そうやって白い息を吐くだろう。おれはそれをしたことがない」
「……それ、おかしいだろ。体温さえないのかよ」
「ない」
即答したサードにシャオは舌打ちをする。フォースとは言えど、見た目は人間と何も変わるところがない。特別な能力と莫大な魔力を持つ魔術師、という認識でいた。それなのに体温がないとサードが言い出す。
「血も涙もない戦闘兵器ってか? お可哀相な奴だな」
「それがおれの開発コンセプトだ」
「冗談にしても重過ぎるぜ、あんた……。ちっとは軽口叩く余裕を持ち合わせろよ」
「余分なものは持ち合わせていない」
吹雪で体を冷やしながらシャオは両手の双刀をゆっくりと握り直す。サードは右手にぶら下げるようにして王剣を持っている。クウは不安そうに遠巻きからシャオを眺めている。
「お前もまた、世界を変えようとする意志の一つなのだろうな」
「何言ってるんだ?」
「だが、おれはそちら側につくことは出来ない。……おれを変えるのはフォースでなければならない」
両手で王剣を握るとサードは大上段に振り上げた。そのまま制止してシャオを見据える。
「訳の分からないことをごちゃごちゃ言いやがって……。そろそろ、ケリつけてやるよ! 三文魔術師!」
床を蹴り、シャオが飛び出す。同じ方向から時間差で双刀を振るう。初撃が浅くサードの胸を引き裂いた。続く二撃とサードの振り下ろした攻撃は同時だった。剣圧と斬撃に変換された魔力とでシャオはズタズタに引き裂かれる。だが、さらに一歩をシャオが踏み出す。
「紅演武」
サードの懐からシャオが双刀を振るい上げる。両者の血は一瞬で宙へ舞う。すれ違った直後、シャオを強烈な下向きの風が襲って床へ叩き付けられた。手をついてすぐにサードの方を向くがいない。自分に影がかかったのを感じて上を向くとサードが王剣を真下に構えて垂直落下してくる。横へ転がって回避したが、王剣の軌跡が斬撃となって鞭のようにしなるとシャオに巻きついて触れた傍から激しく出血する。
「魔術師としては、確かにおれは三文だろう。だが、そんなものはおれに必要ない。こうして敵を倒せることさえ出来れば」
王剣をサードが引くと、斬撃の鞭がシャオを引き寄せた。それで斬撃は消えたが、王剣が振り下ろされる。
「大絶光」
放射状に眩い光が広がっていく。床を抉り、天井や、破られていなかった反対側の壁までもを破壊する。激しくバベルが揺れ始めた。シャオの姿は消えている。消し飛ばされたか、どこかへ吹き飛ばされたか。サードは自分の傷口を指でなぞった。思いの他に傷は深かった。
「――この分だと、あっさり崩れるんだろうな……。バベルも」
声がしてサードはこのフロアへ通じる上りの階段を見た。壁にもたれかかるシロ。腕を組み、サードの方を見向きもしていない。
「シロか……。決着をつけに来たのか?」
「お前が望むなら、いくらでも相手してやるよ。けど後悔しなさんな?」
「何を後悔すると言う? おれが負けると?」
「それも含め、まあ……色々とな。しかし、お前とガチでやり合う日が来るなんて思ってなかったな。血涙なきフォースと全て失ったフォースと、似てるようで全く違うタイプ。どっちが優れてるんだろうな? 先に造られたお前か? それとも、後に造られたおれか? 最初から何も持ち合わせていないお前か? 何もかもを捨ててきたおれか?」
袖の下からシロはナイフを抜く。
「勝つのはおれだ」
「ほほー? デカく出たな、青二才」
「そして、訂正を一つ。お前は、何もかもを捨ててなんかいない」
「……そうかい。お喋りはやめとこうぜ。バベルが崩れるまでが勝負だ。最初っから、本気で行くぞ……!」
シロが走り出す。サードが王剣を斜めに構えると、シロの姿がぶれた。次の瞬間にシロのナイフがサードの首を切る。しかし浅く、サードはすれ違ったシロへ振り向きざまに王剣を振るう。背を向けたままシロは走っていたが、王剣に取り込まれたサードの魔力が斬撃となってシロを追撃する。
「超魔力的知覚能力ってのは厄介だが、それでも、おれの本気を上回れると思うなよ」
シロが壁を蹴って高く跳び、サードの頭上へ来るとナイフを投げた。ナイフを払いのけると、サードは踏み込みを利かせて横薙ぎに王剣を振るう。
「だーから、後悔するって言ったんだ」
床が、壁が、天井が崩落する。シロは事も無げに瓦礫から瓦礫へ飛び移って中空で体勢を整えるが、サードは完全に重心を傾けていたのが仇となって真っ逆さまに落下していく。
「それと超魔力的知覚能力ってのはあくまでも、行動感知。おれのことが分かっても周囲の状況が分からないんじゃ甘いんじゃね?」
「シロ……貴様……!」
「そうそう、革命軍が下でセブンに手伝われて決戦用波動消滅魔法陣を準備してる手筈だ。さすがに塔が崩れちゃ、ボスだってどうやっても下へ落ちてくる。おれらはここで終わりだ」
シロが落下する瓦礫を蹴ってサードへ体当たりをする。そのまま羽交い締めにして王剣を握る左腕を完全に外へ向けたまま固定する。剣術ならともかく、こと格闘技、素手での戦闘ではシロの方が経験も技量も圧倒的に優位だ。魔術で振り払おうにも、シロには魔術が効かない。
「お前の敗因は、あれだな……。狭いんだよ、視野が。致命的だな、剣士のくせに」
真下から強い光が発せられた。立ち上る光の柱に呑み込まれると久しく感じたことのなかった、物理を超えた痛みを感じる。
「最後にどうしても……言いたかったんだけど、おれは全部捨てたんだぜ?」
サードに言ってやるとシロはにっと笑った。永く生きてきた命をようやく終わらせることが出来る。光の奔流に分解されながらシロは消えていく。名前の通り、白く、その体は光に溶かされ、消えていった。