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No.6 湖畔の村④

「だ、第二回戦ですが……残った選手……えー……」

 セブンがメインステージへ到着すると、そこは静まり返っていた。喋っているのは魔業拡声器を使っている、司会進行の男性。セブンが一発で場外にした、あの空気が流れている。何があったのかとステージ上を見やると、そこに胴着と袴を着用した骨と皮ばかりの老婆が立っている。きちっと伸ばされた背筋に、細くて白い髪の毛。今にも倒れそうな年齢――もう、90歳は超えているように見える。

「カクハ選手と……セブン・ダッシュ選手のみの一騎打ちと、なります……」

 震えている声。他にも選手はたくさんいたはずなのに、第二回戦で一騎打ちなんて変だ。セブンが人混みを掻き分けてメインステージ上に出た。老婆――カクハ、というのだろう。彼女が両手を合わせて、セブンにお辞儀をする。会釈を返してからセブンは司会者を向いた。

「残った選手ってどういうことだ? 何で、おれとあの人しか残ってない?」

「それは私から説明させてください」老婆が言い、セブンは彼女を向いた。「あなたのご活躍は先ほど、見させていただきました。そうしたら少しだけ遊んで帰ろうと思っていた、わたしの武道家としての魂に火をつけてしまいまして、ムリを言って、残っていた皆さんと大乱戦をさせていただいたのです」

「それで、あんたが残った?」

 その問いに老婆が頷いて、セブンは小さく息を吐いた。まさか、年寄りが他の選手全てをのしたなんて容易に考えられない。だが、この空気は驚愕と、そこからくる不審、さらには全てを上回る期待。それらがまぜこぜになった特異なものだ。

「一応、ルールなしとはなっているが……あんたは、どの程度の武道家なんだ?」

「少しだけ魔闘術を習った程度です。アンチ・エイジングの一環として50年ほど前に」

「50年もやってりゃ、アンチ・エイジング目的だとしても相当の使い手か……。ちなみに流派は? おれは我流」

「天禅流です」

「そりゃ、凄い。じゃあ、手加減は無用だな。老いを言い訳にはしないでくれよ? 悪者になっちまう」

 セブンが拳を構えると、老婆もまた構えた。司会者は本当にこんな年の差対決をするのかと戸惑うが、どちらの実力も見ている。そして自棄になり、髪の毛をぐしゃぐしゃとかきむしってから魔業拡声器のマイクを口に近づけた。

「その年の差は、丁度100年! 一方は17歳の若き天才魔術師セブン・ダッシュ! 一方は御年なんと117歳! 鍛え抜かれた天禅流魔闘術の使い手、カクハ・オーレルファー! 勝利の女神も、どちらにつくか頭を悩ます! 決勝戦っ! レディ、――ファイッ!」

 合図と同時に両者が飛び出た。互いの右腕、肘付近がぶつかり合うとその衝撃が周囲に弾けて観客に浴びせられる。帽子やウィッグが吹き飛んで、大樹の葉がひらひらと舞い落ちる。続いて老婆が上段蹴りを放ち、それをセブンがしゃがんで回避して足払いする。だが小さく跳んで老婆が足払いをよけ、軽い掌打を三発叩き込む。それを腕で乱暴にはじいて、セブンが人差し指と中指を揃えた特異な手の形で突きを放った。だが、老婆の姿が揺らいでセブンの一撃が空を裂く。風切り音すらさせたその一撃は標的を失って、体勢を崩しながら崩れこんだ。セブンの背後から老婆が開いた両手を当て、その直後。そこから発せられた衝撃がセブンを地面へ叩きつけた。

「痛ってえ……。バアサン、あんた……免許皆伝か何かか?」

 言いながらセブンが体を起こして、胡坐をかく。顔から叩きつけられたせいで、額から血を流していた。それを拭ってから、老婆を見据えて問う。

「まさか。師範代ですよ」

「師範代……。それなら良かった。あんまり手加減しなくても、平気だよな?」

 よし、とセブンが立ち上がる。ぱんっと手を叩き、老婆に向けて腕をゆっくりと伸ばした。手は握り拳。老婆がその腕に取り組もうとし、同時に吹き飛ばされた。急に老婆が向かって行った正反対へと飛ばされたのだ。

「魔闘術も、魔術の一種。魔術とは魔力を扱う術のこと。魔闘術は魔力を用いた肉弾戦闘法。バアサン、生物は皆、魔力を備えてるんだ。それは物質に宿ったり、空気に漏れ出たり、初めから人にあったり。そして、個々で魔力を扱える絶対量――キャパシティがある。細かな魔力の操作やら、何やらもあるんだが、このキャパシティは大きいほど、強い。10カセルの魔力を込められた魔法陣と、20カセルの魔力を込められた魔法陣。単純に後者の方が威力は2倍ある。魔闘術も魔力を用いているから、込める魔力の分だけ、その威力も跳ね上がる。魔力の単位をカセル、って言う。常人のキャパシティはだいたい120カセル。訓練次第で上限は上がっていくが、これは才能にも大きく左右される」

「お話が随分と長いのね。結局、何を教えてくれるのかしら?」

 にこやかに笑いながら老婆が言い、セブンが笑んだ。

「そうだな。じゃあ、結論から言おう。おれはバアサンには負けない。おれのキャパシティ、2万カセルちょいあるんだ。実に常人の166倍。同じ技を使っても、その数十倍の威力を余裕で出せる。どーよ、このバケモノ」

「弱者が強者に立ち向かう為のものが、武術。そうやって習ったんだけれどねえ」

「そうだよな。武術はその通り。けど、魔闘術は魔術だ。バアサン、そこんとこ、はき違えない方がいい。――ってことで、そろそろこのステージを次の催しに明け渡そうぜ? 野蛮人がいると小さい子が泣き止まないから」

 再び腕を伸ばして、セブンが不敵に笑う。老婆が走り出した。地面を蹴る度、そこが抉れるほどの脚力、スピード。そっとセブンが開いた手を押すと、そこに老婆の喉の下に当たった。

「――ソラ圧し」小さく呟くと、老婆がバランスを失ったようにふらふらと後ろへ自ら行ってしまい、そのままステージから降りてしまった。「優しい技だろ? 一回尻餅ついたら、それで終わるから」

 ぱたんと老婆が腰を落とすと、それで勝負は終わりだった。

「しょ、勝者、セブン・ダッシュ――ッ! 栄えある、第329回大会はセブン・ダッシュの勝利で幕を閉じた――ッ! 皆様、惜しみない拍手を、盛大な拍手をお送り下さいっ!」

 勝利を称える歓声や、騒ぎに乗じた野次がセブンへ浴びせられる。その中からシュザリアを見つけ、セブンはそっちに目配せした。老婆が再びステージ上に来て、セブンに握手を求めて手を差し伸べる。

「やっぱり強かったのね」

「バアサンも、なかなかだった」

「もう一回か二回、やりたいわ」

「はっはっ、おれはごめんだな。バアサンとやってると、ぽっくり死にそうな気がして」

 握手をすると、優勝賞金の100万ルルと、準優勝賞金の50万ルル、それに二つのトロフィーを載せたカートが押されてきた。主催者の村長が来て、小さなトロフィーを手にする。セブンに直り、それを渡そうとした、直後。

「――全員伏せろ!」

 怒鳴り、セブンが屋台の方を向いた。そこにいた、黒いフードを被った人の姿。その人物が手を上げると、メインステージの上に巨大な魔法陣が展開される。セブンも片手を頭上へ掲げると、最初に発動された魔法陣の真下に僅かな空間を空けて魔法陣が展開された。凄まじい稲光と轟音がして、メインステージ周辺がパニックに陥る。蜘蛛の子を散らしたように人々が逃げ惑い、セブンは村長と老婆を逃がしてから屋台の方を向いた。

「見つけた、フォース・ナンバー・セブン・ダッシュ――」

 フードの人物が、言いながらメインステージへと上がってくる。フードの下にあるのは無表情。中世的な顔立ちで、目にかかる髪の毛は深い藍色。パーカーを着ていて、手はポケットに突っ込まれている。その雰囲気を感じ取って、セブンはいつでも魔術を発動出来るように身構える。

「何者だ? 折角の祭りを台無しにしやがって」

「祭りなら、始まったばかりじゃないか。今から、ショーが始まる。ダンス・ショー。逃げ惑い、死んでいく」感情のない、冷たい声で続ける。「――血染めのダンスパーティーを始めよう」

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