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No.57 揺るぎ出す世界⑥

 悪魔の懐刀(デモンズ・ナイフ)から発せられた強烈な冷気はボスへ到達すると同時に一瞬で気化して霧散した。

「良い武器だな、アーク・ディファルト。だが、扱う者が未熟過ぎて武器に余力が有り余っているようだ」

「余計なお世話……」

 バベルの地上80階まで登り、そこでアークはボスと邂逅した。最初こそデュランに言われた通り、床を悪魔の懐刀でぶち抜こうとしたのだが、それは叶わなかった。出会った瞬間、少しでも背を向ければやられるという直感に打たれた。向き合ってさえいればほんの僅かでも抵抗は出来るかも知れない、とも。床を破壊して落下していけば良いとは言え、床を穿ったその瞬間にやられてしまうのではないかという恐怖がためらわせる。

「何人かで来たようだが、一番弱いのがここへ来るとは残念だ」

「悪かったね。そんなこと言うなら、一緒にデュランとかシャオのいるところまで行こうよ。こっちはそのつもりなんだから」

「そいつらは強いか?」

「強いよ。ぼくに比べれば天と地以上に差が開いてる」

 ほう、とボスが興味を示す。意外と話の通じる相手なのだろうかと考えてから、ここで素直に応じてくれればと淡い期待を抱く。

「だが、アーク・ディファルト。お前もなかなか面白い素材ではあるようだぞ」

「素材? 自慢じゃないけど、ぼくは魔術師としては最低クラスのキャパシティだし、実戦経験もほとんどないよ。それにこの悪魔の懐刀がなければ戦力にだってなれないし、頭でっかちの自信ある」

「ふっ……。誰が何と言おうと、このおれだけは断言してやる。お前は原石だ。磨けばいくらでも輝ける、とびきりの宝石になれる。それを今、ここで研磨される前に殺してしまうのは勿体ない。どうだ、アーク・ディファルト。おれに師事しろ。魔導の全てをその身に叩き込んでやる」

 ぎゅっと悪魔の懐刀を握り締め、アークはボスを見つめた。あからさまに格下である自分を舐めている。と、同時に将来性を認めてくれている。

「お断り。ぼくはちゃんと、グヴォルトに帰って、学院で勉強する」

「その学院は消えるぞ? そこにはマクスウェル・ホワイトがいるのだろう。だとすれば、進軍が開始し、2ヶ月もあればそこへ到達する。我が軍の兵が学院を占拠、最前線拠点として構える手筈になっている」

「そんなこと、学長や教官達が許さない!」

「学長、教官……。可愛いことを言う。平和な世に生まれ育った者が、初めての戦争に打ち勝てると思っているか? 確かにマクスウェル・ホワイトは警戒が必要だ。しかし、それだけ。どれだけ魔術に長けていようが、戦場に勝る経験はない。頭が良ければ、この意味は分かるだろう?」

「そんなことない!」

「意外と噛み付いてくるのだな。力量差は分かっているはずだが」

「分かってるよ。分かってるけど、きっと誰かがどうにかしてくれるもん。……多分」

 ばつの悪そうにアークが言うとボスはにっと口元だけ歪めた。

「遥か昔より、赤髪というのは強さの象徴だ。このおれも、そしてお前も、持ち合わせている、この髪がな」

「ドラスリアムに生まれてたら、多分、ぼくってもっと強かったんだろうね。火の属性が戦士で、赤髪が強いなんて。おあつらえ向き」

「その由来は知っているか?」

「知らない」

「おれだ」

 呆気に取られたような顔をしてアークはボスを見る。

「おれのことだ。火の属性が生まれついての戦士であると言われたのは。おれが昔、率いていた傭兵団は全員が火の属性を持っていた。日々の戦い。多くの戦いで身体、あらゆる場所へ血は染み付き、髪までもが赤く染まっていった。変な話、古代大戦当時に最強と謳われていた者はそこそこいたが、頭抜けていたのは、このおれ。赤髪、火の属性。おれの特徴はドラスリアム全土へ広がり、長い時を経て、火の固有属性を持つ者は生まれついての戦士だと言われ、赤髪は強さの象徴だと言われるようになった」

「自慢?」

「それもある。――が、この2つの共通点から、おれはお前に親近感さえ抱いている。弱いはずがない。そう、決まっているのだ。思い当たる節は一切ないか? キャパシティなど些細な問題だ。他は? どうして、その魔術具を手に入れた? どうして、フォースの最高傑作であるセブン・ダッシュと共にいる? どうして、グヴォルト帝国の姫君と共にいる? 何故、敵国のところへやって来られた? 全ては巡り合わせ。このおれと、出会うためだ」

 尊大なボスの物言い。それまでは撥ね除けようとしていたというのにアークは少しだけ、その気に乗せられていた。だが、まだそれを頭が理解している。自分が少しだけ、目の前の男に傾きかけている。そう分かると、意地でもそうなるものかと反抗心が生まれる。

「反撃は一切しないと誓う。思いつく限りの魔術を、このおれにぶつけてみろ」

「何言ってるの? 敵の言うことなんて信じられるはずないじゃん。大体、ぼくはキャパシティがないから自前の魔術なんて使ったらすぐに倒れちゃうよ」

「このおれに嘘は通じない。お前の指に嵌められた剣のリング。それは他者からの魔力供給を受けるものだ。それさえあれば2、3の魔術は簡単に放てる。自分からやらぬと言うのなら、お前の魔術を引き出してやる。しぶれば命を落とすぞ、アーク」

 ボスが言うと彼の背後に複数の魔法陣が展開された。アークの方へ向けられた魔法陣から、突如として光の弾が射出される。

吸収(テイク・オーバー)

 悪魔の懐刀を前に掲げると、そこに光弾が吸収される。そして、お返しとばかりに振るうと全く同じものが刀身から打ち返される。

「ならば、これはどうだ?」

 今度はアークの頭上。青色に輝く魔法陣を見て、腰溜めから悪魔の懐刀を振るう。

悪魔の咆哮(デモンズ・ブレス)

 強力な冷気が柱となって放たれ、魔法陣ごと凍りつかせて破壊する。興味深そうにボスは顎を指でなぞり、さらに魔法陣を展開する。アークを取り囲む直径1メートルに満たない複数の魔法陣。また、そこから光弾が撃ち出される。吸収をするには位置も角度もバラバラだ。

小悪魔の宴会(ゴブリン・パーティー)――ぼくを守って!」

「アイアイサー!」

 勢いよく6人のゴブリンが飛び出し、それぞれの魔法陣へ特攻をしかけていく。

「ゴブリンをそこまで従順に使役させるとは、その魔術具はなかなか良いものらしい」

「自慢の一品だからね」

「だが、そのせいでお前は魔術を自前で発動させない。手荒な真似をしよう――」

 言った直後にボスの姿が消えた。それが魔術によるものか、それとも単純な速さなのか。気付くと背後で鈍い音がしてゴブリンが脇へ吹き飛ばされて魔界へ送還され、そこにボスがいた。

「あ、え……!?」

「没収する。これに相応しくなったら返してやろう」

 目の前に猛烈な勢いで迫り来る何かを見て、アークは背中に強い衝撃と痛み、遅れて腹部への吐き気を催す痛みを覚えた。四つん這いになって激しく嘔吐し、体を小刻みに震わせて蹴り飛ばされた事実を知る。握り締めていたはずの悪魔の懐刀はボスの手にあり、しげしげと柄に埋め込まれた核を見ていた。

「返し、て……」

 痛む腹を押さえながらアークが立ち上がる。ふらふらとボスの方へ歩み寄る。

「ダメだ」

「お願い……。それ、ぼくの……本当のお父さんとお母さんの……」

 手を前に出してすがりつくようにアークが言う。心はすでに折れかけていた。ただ一瞬で刻み込まれた恐怖。それに加え、大切な悪魔の懐刀を取り上げられたという悔しさ。

「両親の形見か。ならば尚更、アークよ、強くなれ。そうしておれの前に再び来い。勝てたら返してやる。それまでは大切に保管しておいてやる」

「そんな……。お願い、それだけは……ぼくの宝物だから……お願いだから……」

 今にも泣き出しそうな弱い顔をするアーク。冷めた目で見ながらボスは悪魔の懐刀をアークへ向けた。

「何度も繰り返すのは好きではない。こいつに相応しくなってから出直せ、と言っているのだ。――悪魔の咆哮」

 悪魔の懐刀の核がまばゆく輝いた。アークが目を見開く。ボスが腰溜めから刃を振り抜き、それと同時に視界が真っ白に染め上げられる。

反魔術(アンチ・マジック)!」

 とっさにアークが自分の前に魔法陣を展開する。脇を強烈な冷気が突き抜けていく。大きな呼吸を繰り返しながら、初めて展開、発動した魔術が成功したことに驚く。

「やっと使ったな?」

「はあ……はあ……」

「その調子だ。次はどうする? 小悪魔の宴会! あの子どもを八つ裂きにしろ!」

 ゴブリンが召喚される。勢い良く飛び出したゴブリンが、悪魔の懐刀を持つボスを見て、それから前まで仕えていたはずのアークを見る。

「オーウ、オウオウ、マタゴ主人ガ変ワッタノカ? アンタ、強イノカ?」

「命令を聞け、ゴブリン。それとも、ここでおれになぶり殺されたいか?」

 ボスが脅すとゴブリン達は揃って顔を青くした。

「ヤッチマエ野郎ドモ!」

「くっ……上方配置、下方配置! 回転する炎(アクセル・ファイア)!」

 アークの足下と頭上に同じ紋様の魔法陣が展開される。そこから炎が逆巻いて噴射され、上下の相関関係によってさらにその規模と勢いを増す。同時に襲いかかってきたゴブリンは一掃されたが、アークは膝をついて何度も荒い呼吸を繰り返す。

「それだけでキャパシティが尽きたか?」

「はっ……はっ……ぼくのキャパシティは……最後に計った時で……41カセル……。悪魔の懐刀……ないと、ぼくは……」

「なるほど。まさしく、生命線、とも言うべきものだな。だが、素晴らしい。たかだか41カセル程度で、剣のリングを使ったとて、お前の披露した魔術は一流だ。回転する炎、だったか。見事。上下の相関関係を利用し、さらに魔法陣そのものに相乗効果を持たせ、威力を2倍どころか、4倍程度まで高めていた。誇っていい。その年で、あれだけの魔法陣を構成したとはな」

 ボスが息の乱れるアークに歩み寄る。もう、アークには抵抗するだけの力が残されていない。ボスはアークの傍まで来るとしゃがみ、頭を大きな手で掴んだ。

「覚醒させてやる」

 全身に熱いもやのようなものがみなぎった。クウを通じてシャオに魔力を分け与えたことを思い出す。だが、あの時と違うのは自分がパイプ役ではなく、直接受け続けなければならないということ。空に近かった魔力は一瞬で満タンとなり、視界が白くくらむ。そのままアークは意識を失って力なく倒れた。

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