No.56 揺るぎ出す世界⑤
セブン・ダッシュが魔導騎士を志したのは13歳の時だった。王城でウインザードとの約束によって笑顔を守ってきた彼は、それまで関わりを持つことのなかった魔導騎士団団長と邂逅する。
「別にセブンがエグレットみたいにならなくてもいいのに……」
「なる。ならなきゃ、おれはシュザリアのことをずっと守っていられない」
その日からセブンは本格的な魔術、格闘、といった戦闘の修練に励んだ。グヴォルト帝国で魔導騎士となるには知識、実力、人柄、といったことが問われる。厳しいそれらの審査を突破し、儀式によって国の主――皇帝であるウインザードに認められることで、初めてその称号を手に入れることが出来るのだ。
セブンは14歳で魔導騎士となり、シュザリアに忠誠を誓った。その日からずっと毎日、彼女と生活を共にしてきていた。魔導騎士として、シュザリアを、シュザリアの笑顔を守るために――。
「お前、おれの仲間を傷つけたな?」
セカンドが背後から肩を掴まれて反射的に魔術を放った。火球がぶつかると火柱となったが、思い切り顔を殴り飛ばされる。その拍子に火柱はかき消された。翻っている薄手のローブ。薄い緑の短髪。しなやかな筋肉のついた腕。
「セブン……!」
「クロエを連れて上に行け。そこに応援が待ってる」
セカンドを睨みつけたままセブンが答える。クロエが壁にもたれるようにしていた。立体魔法陣の囲まれる直前、セブンが割って入って救出したのだ。
「セブン、無事だったの?」
「ああ。悪い、でも詳しいことは後でな。早く、クロエを連れて行け。こいつを相手にするとなれば足手まといだ」
「気をつけて。魔力を使わないで魔術を使うの」
「……分かった。お前も、気をつけろ」
シュザリアがクロエに肩を貸す。セカンドは起き上がるとセブンを見つめた。互いに冷めた目をしていた。
「セブン・ダッシュ……。生きていたか」
「お陰様で」
「そうか。……シロも来ているのか?」
「お前には関係ない。おれを下してから、自分の目で確かめればいいだろ」
「……良かろう。重複立体魔法陣――」
セカンドがセブンを取り囲む魔法陣を展開する。それは通常、一面に一つの魔法陣が使われ、合計で6つの魔法陣で構成されるはずのものだ。だが、一面ずつ二つの魔法陣が展開される。
「深紅の箱・ダブル」
「構成変換」
発動された魔法陣は周囲に激しい炎を吹き出した。
「昇華・炎龍乱舞」
セカンドがさらに言うと吹き出された炎は無数の細い竜を形作って四方からセブンへ襲いかかる。熱気で空気さえ高温の熱を持つ。強力な火属性の魔術だ。セブンが拳を構える。
「魔闘術などで、この魔術を防げるのか?」
「ああ。おれには最高の師匠がついてくれているからな」
次の瞬間、セカンドは僅かに目を大きくして口元を歪めた。無数の炎の竜が、セブンの拳に吸い寄せられたように撃ち出された拳へまとわりついたのだ。かと思うと、一つの太い火柱となってセカンドへ向かう。
「通過する風」
セカンドの前に魔法陣が展開され、そこから生み出された気流が炎の軌道を逸らして上へと逃して回避する。だが、その直後に何かがセカンドの腹を撃ち抜いた。その衝撃は重く、セカンドの口と鼻から不揮発性の血が噴き出される。
「おい、まだ倒れるなよ」セブンがセカンドの前に出ていた。「シュザリアとクロエが受けた苦痛、万倍にして返してやるんだからな」
冷たい口調。そしてセカンドを黄色に輝く立体魔法陣が取り囲む。
「万雷の箱」
盲目を焼き尽くすような強烈な光とともに雷光が閃く。セカンドが一瞬で雷によって全身を焼き尽くされる。
「魔術に特化したあんたの能力は確かに脅威だが、おれとの相性は最悪だぞ? 既存の魔術をいくら繰り返したところで、全部を無効化してやる」
ぶっきらぼうな、乱暴な口調でセブンが言う。膝をついたセカンド。
「無効化出来るならしてみればいいだろう。無限の魔術だけが能力ではない――」
セカンドの体を中心に魔法陣の紋様だけが展開される。それを見たセブンが自分の足下に魔法陣を展開させた。
「この魔術はよく出来ているな、セブン・ダッシュ」
部屋中に広がる紋様は、セブンがスピードとシロを下した魔術に酷似している。
「魔法陣は効果を与える対象に向けて展開、発動をする。だが、この魔術は展開した紋様そのものが効果を及ぼす。対象の身体へ展開すれば、そこだけが燃え上がり、または激しい衝撃によって打たれる」
「二度見ただけでそこまで理解出来る代物じゃねえぞ……」
「わたしとて魔術に特化したフォースだ。解き明かせぬ魔術は存在しない。――土棘の絶頂」
部屋中に広がった紋様が発動され、幾千もの鋭い棘と化した。一斉にそれらはセブンに向かって突き出てくる。それを見て、セブンはあらかじめ足下に展開しておいた魔法陣を発動させる。
「水流の戯れ」
セブンの立っている場所を中心に大量の水が溢れ出て渦を巻く。その水は強い勢いでそこら中の土棘を薙ぎ払うようにして破壊していく。
「使い方までは考えてないんだな、セカンド」
「そんな単純な魔術で……!」
「当たり前だろ。魔術を囲む方円がない以上、術式はどこまでも拡大を広げていく。それと同時に使用される魔力も不十分となり、威力はがた落ち。展開方法を考えないなんて、素人以下だぜ。何が、魔術に特化したフォースだ。うちの学院じゃ、1年以下だぜ」
呆れたようにセブンが言うと、セカンドが走り出した。セブンに向かって連続で肉弾攻撃を仕掛けてくる。掌底、蹴りを織り交ぜた急所狙いの近距離攻撃だ。だが、セブンはそれらを後退しながら避けていく。セカンドの掌底を見切り、セブンが懐へ肩を小さくして潜り込む。
「立体魔法陣」
「立体魔法陣」
全く同じ魔法陣が2人を取り囲む。
「構成変換――深紅の箱」
「構成変換――深紅の箱」
両者の魔法陣が同時に書き換えられる。内側へ放出される炎が魔法陣の外側へと放出される効果になる。部屋中に溢れていた水、水分が一瞬で蒸発して水蒸気が一瞬だけ視界を遮る。しかし、それも長く続くことはなく炎によって蒸気までもが消え去ってその場を熱と炎とだけが支配する。
「昇華・炎龍乱舞」
「昇華・炎龍乱舞」
放出されたそれぞれの炎が収束して形作っていく。セブンの炎は巨大な一頭の竜となり、セカンドの炎は無数の竜となる。それらがぶつかり合い、壮絶に炎を散らす。
「魔術の威力は同程度。しかし、わたしはこれを無限に生み出す」
セカンドが言い、またセブンを立体魔法陣で囲う。
「面倒臭い野郎だな。いにしえの炎――」
部屋の天井付近に大きな上方配置魔法陣が展開される。ぶつかり炎の竜。セブンを囲む立体魔法陣。
「昇華・赤翼炎儀」
上方配置魔法陣からふわりと波うち揺れる綿のような炎が舞い降りる。それが鳥の羽根を模してふわふわと揺れて落ちていくかと思うと、次の瞬間に激しく燃焼・爆発を起こした。炎の竜までもがその羽根に触れると爆発してその箇所から消え去っていく。セブンに落ちた羽根は立体魔法陣を打ち消す。
「何だ、その魔術は……!?」
「いにしえの炎――。世界で最初に燃やされた、聖とも邪ともつかぬ炎だよ。何が何でも、どうあろうが、触れた傍から焼き尽くす」
セカンドに羽根が触れ、そこが燃え上がる。魔術を発動したセブンには触れても何ともないが、一度燃え上がった炎はそこから離れようとせずにどんどん大きくなっていく。
「こんだけ魔術を使う相手、なかなかいなかったぜ。二番目」
炎に呑まれて苦しむセカンドへ向かってセブンが拳を突き出す。
「空牙」
激しい衝撃もなく、強く打ち響く音もなく、セブンの拳はセカンドを撃ち抜いた。セカンドを燃やそうとしていた炎だけがその場に残り、対象を失って消えていく。静かな技だった。
「さて、応援の方はどうなったか――?」
気絶して動かなくなったセカンドを振り返ることなく、セブンは地上への階段に向かって行った。