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No.55 変わる想い、変わらぬ想い

 大きな背中。

 筋骨隆々という逞しい体つきではないのにごつごつした筋肉に覆われている肉体は、最初こそその硬さから反発のようなものを感じ取った。だが、少しすると大樹に身を預けているような雄大さ、決して揺らぐことのないような強さと安心感とを感じるようになった。

 世間を知らず、自分を知らず、右も、左も、分からない時分。

 空白に現れて様々な感情、強さの在り方、他者と関わっている自身を教えてくれたのは一番最初の親であり、兄であり、友である、シロだった。

「どれくらいだ……?」

 焚き火。穏やかな炎はぱちぱちと音を立てている。肌寒い洞窟。毛布に包まれた状態でセブンはゆっくりと尋ねた。

「何がだ?」

 炎を挟んだ向かいに座っているシロが返す。

「おれが……ファーストにやられてから」

 体を起こす力もなく、全身が痺れているように重かった。喋るのも億劫で、意識はぼんやりと霞がかっている。

「36時間」

「どうして、あんたがここにいる? トドメでも刺すのか?」

「警戒する必要はない。お前はゆっくり、体力を回復させろ。お前と敵対するつもりはない。お前が敵対したければ好きにしろ。何度でも無理やり寝かしつけてやる」

「……腹が減った」

 ぼそりとセブンが呟く。シロは火を見据えながら、ああ、と短く返す。

「おれもだ」

「……助けてくれたんだな?」

「そうなる」

「何でだ……? ダウンに聞いた。フォースがクーデターを起こして、あいつはフォースが裏切ったと」

「少なくとも、おれはそんなつもりなかったがな。ダウンはおれのことまで数えていたか?」

 言葉は洞窟に冷たく反響し、やがて消えていく。記憶を手繰り、セブンは湖畔の村でダウンに聞いた話を思い出そうとする。だが、体の状態もあってはっきりとしなかった。

「まあいい。とにかく、おれはボスの思想に賛同はしかねていて、何となくタイミングを逃していた。そこにお前がやって来て、ボスにぼこぼこにされて、スピードに殺されそうになってたから、こいつはいいと思ってサードに追われてここまで来たってことだ。感謝しろよ」

「……済まない」

「それでいい」

 満足そうにシロが言って笑う。と、体の後ろから布を被せてあるカゴを出した。寒さのせいで布が固まっていて、取り払っても波打つ表面はそのままになっている。それを軽く火の上で振って元に戻すとシロは満足そうに懐へしまった。そうしてから今度はカゴから鉄の鍋を取り出す。

「セブン、水」

「……」

 鍋を出されてセブンはだるい体で鍋底に魔法陣を展開。そこから清水が少しずつ溢れていき、鍋に半分ほど水が張られた。

「こうして食事するなんて久々だな」

「13年か、14年くらいだ……」

 鍋を火にかけ、シロは鍋から出した食材を次々と放り込んでいく。野菜、肉、穀類。何もかもが氷ついているように見えた。具材の体積で鍋がいっぱいになる。

「どうだった、グヴォルト帝国は」

「……いいところだ」

「だろうな。おれも、あの国は好きだ」

「ドラスリアムの人間だろ?」

「元々はグヴォルトさ。……フォースになる前までは。この肉体だけで、あの古代大戦で賑わう各地の戦場をとにかく荒し回っていった。飽くなき力が欲しかった。それで、ドラスリアムとの戦闘で今のフォース・アンダー・スリーに出会って、その力が欲しくなったから時分からフォースにしろと頼み込んだ……。魔力はなくなって、特別製だった眼も失って、今は義眼だ。とにかく力の欲しかった、若くて愚かな戦闘狂は、喪失を司ることになった。髪の毛だって、元々、つやつやの黒髪だったんだぜ?」

 白い髪をつまんでシロが言う。セブンは黙っていた。フォース同士の身の上話など夢にも見たことがなかった。

「それがどうして……今のあんたみたいになった?」

「力を手に入れて、気付いたのさ。こいつが、今の肉体が絶対じゃないことは分かる。お前に負ければ、オリジナルにも劣るだろうし、ボスにも勝てるとは思わない。まして、俺は魔力を失ったから本来の魔闘術さえ使えないし、ただの人間だった頃から残ってるのは筋肉と技のみ。悟ったんだ。……もう、おれに未来はない。最強に到達するために、最強へ到達出来ない道へ踏み込んだと。そしたらどーでも良くなっちゃってな」

 少しずつ鍋が沸騰をした。おもむろにシロはナイフを取り出し、ため息をつきながら片手間に鍋の上でナイフを振るい始める。表面へ浮かび上がってくる灰汁を脅威のスピードで振るうナイフによって払い飛ばしているのだ。それを難なくこなしている姿にセブンはふっと微笑みをこぼす。

「どうした?」

「……いや、変わらないと思って」

「なーに、お前は大人ぶってやがんだ。ぶっきらぼうで、仏頂面で、三白眼で、いつも不貞腐れたみたいに生意気だったくせに。チビセブン」

「もうチビじゃない」

 静かにセブンが言い返し、つまらなそうにシロは舌打ちをする。セブンに色々なことを教え込んだのはシロだ。親と子のような、兄と弟のような関係だった。幼いセブンはシロにいつもからかわれ、それをシロは何よりも面白そうにした。それなのに、今やクールな青年へ成長を遂げてからかい甲斐が全くない。

「時の流れは残酷だな。あんなにちっこくて可愛かったガキんちょが、こんな朴念仁になるなんて」

「朴念仁じゃないつもりだが」

「ほらな、そのリアクション。つまんね、ああ、つまんないね。おれの教えたことは全て、無闇やたらと時間の波との摩擦に消えていったか」

 大袈裟に悲観するシロ。セブンは目をつむると、おもむろに呟き始める。

「力の入れすぎ。体捌き。へっぴり腰。構えの軸のズレ。読まれやすい呼吸。感情の抑制。――おれが最後に注意されたのは、この6つだったな。3つは改善したし、体捌きも、呼吸も、感情も、誰より出来てる自信はあった」

「出来てなかった。いいか、魔闘術は最強なんだよ。魔力や、筋力の大小で、魔闘術は左右されない。大切なのは技術とメンタルだ。お前は魔力と筋力に頼り過ぎてる。おれに言わせりゃ、隙だらけなんだよ」

「あんたが見え過ぎてるんだろ」

「そうだとしても、お前……このまま、ボスに負けっぱで終わるつもりないんだろ? だったら、おれより強くなれ。最低限、おれが指摘した3点は必須だからな?」

「……また、教えてくれるのか?」

「また? おれはお前に魔闘術の何たるかなんて教えたつもりはない。あんなん、ガキんちょのお遊戯だ、お遊戯。鍛えて欲しけりゃ鍛えてやるが、一晩で死ぬぞ」

「死なないさ」

 静かにセブンが言い返す。何かを狙っているような表情さえしていた。

「おれを舐めんなよ。お前が勝てたのは、おれが手加減してやったからなんだからな?」

「言い訳をするような戦闘をするのか、あんた」

 シロが黙る。アイマスクをしているために表情は読みにくいが、口元は真一文字に結ばれている。ナイフを焚き火の横に突き刺し、カゴから塩を出して鍋にいれる。

「全く、昔も今も、生意気だな」

「変わらないだろ?」

 そう言い返してクールが小さく笑って見せる。

 全くだ、とシロは言い返してから鼻を鳴らした。ぐつぐつと鍋の煮える音が2人の食欲を完成するまで刺激し続けた。

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