No.47 最高傑作の所以
「——久しいな、セブン・ダッシュ」
軍事国家ドラスリアム首都アウルスイーン。その象徴であるバベルの地上二十五階にセブンは案内された。スピードにだけ与えられた、魔法陣を介さない瞬間移動能力によってセブンはそこへ連れられてきたのだ。窓のない広めの部屋で、暖炉ではごうごうと火が焚かれて蒸し暑い。1から7までの数字が大きく刻印されたドアがあり、セブンは7の前に立たされていた。スピードは連れてくるなり姿を消してしまい、一人残されたところで正面にあった1のドアから人が出てきた。
「始まりのフォース……。ナンバー・ワンか」
赤い長髪はオールバックにしていて、黒を基調とした軍服を身に着けている。30歳代後半ほどの見た目。体が大きく、肩幅も広い。その顔には虚ろな微笑だけが張り付けられている。
「ボスと呼んでもらおう」
「……お断りだ。おれは別に主がいる」
そう言い放ち、セブンは他のドアを見た。この部屋は、特別な場所であると知っていた。造られたフォース同士がここで初めて全員、顔を合わせたのだ。最後に造られてあどけなかったセブンと、それを取り囲む6人のフォース。未だに当時の光景を覚えていた。
「そうか。……ドラスリアムという国をお前はどう思う?」
「酷い国だ。大国でありながら、国民の幸福度は低い。しかも、それまでの政府を討とうと革命までやらかしたのに、それが無惨に返り討ちになってしまっては希望なんて見つけられない。寂しい、貧乏な心ほど不幸なものはない」
4のドアが開いてステッキを突きながらスピードが出てきた。
「セブンって、本当にアマちゃんだね。希望? 寂しい? 貧乏な心? そんなの人間にはそもそもいらないんだよ。ひ弱で、すぐに寿命になって死ぬような連中に希望なんて必要だと思う? そんな概念がある時点で、もう可哀相過ぎてやんなっちゃう」
「そう辛辣なことを言うな、スピード。フォースの半数は元々、人間だった者だ」
「あ、そっか。けどフォースにも希望とかっていらないよね。絶対なんだし」
邪気のない笑顔でスピードが言う。しかし、セブンには色々と気に食わなかった。スピードは見た目こそアークと変わらない子どもだが、中身は人間を見下してフォースこそ至上であるという傲慢に満ちている。
「驕りはいずれ身を滅ぼすぞ、スピード」
3のドアからサードが出てきた。金属製の胸当てだけを身に着けた戦士風の出で立ちだ。低い声がスピードへ警告をするが、聞く耳を持たずにスピードはあっかんべをする。
「どうでもいいけどよ、こっちからセブンを連れてきちゃうってどうなんだ? 段取り無視も甚だしいぜ? ボス」
フランクな口調。5のドアからシロが出てくる。アイマスクに褐色の肌。かつて、セブンの世話を焼いた。フォース内でも特異な存在だ。
「待ちきれなかったのだ。最高傑作とされたセブン・ダッシュとは、未だ一度として手合わせをしたことがない」
「……最強を求めるなら、オリジナルの方をやればいいだろう。ダウンに聞いた話が正しいなら、あいつが解き放たれたんだろう?」
5のドアに誰もいない。ダウンはグヴォルト帝国でメイジの側近をしているはずだ。
「オリジナル・セブンなら魔界へ行ったぜ。そっちの方が楽しいから、って。深魔の穴にむりやり入って行った」
呆れながらシロが言う。へらへらと仕草はセブンの記憶にあるシロと何も変わらない。
「前置きはいいからさ、遊ぶなら早く遊ぼうよ」
苛々し始めてきたのはスピードだ。ステッキを肩へ担ぐようにして持ってむくれた顔をする。ため息混じりにサードが片刃の剣を抜いた。シロは脱力しながら後ろへ下がってドアに背中からもたれかかる。と、2のドアからセカンドが入ってきた。
「待たせた」
静かにセカンドが言ってセブンを見据える。黒い髪と黒い瞳が印象的なフォースで、見た目としては最も年老いて見える。40歳代に近い見た目だ。
「さあ、始めよう。セブン、多対一を恨むな。最高傑作としての力を我々に見せつけろ」
ボスが言った直後、セブンは右腕を前へ出した。スピードの蹴りを受け止める。速かったが重さはあまりなかった。後ろへ飛び退くと上からサードが剣を振り下ろしながら降ってくる。一雫の涙を発動すると上方配置魔法陣が二重に展開された。そこから業火を纏った岩石が降り注ぐ。サードが自身の攻撃と共に発動したらしい。
「続きをどうぞ」
それからスピードの声がして足下に大きな下方配置魔法陣が展開される。舌打ちをしながらセブンが一雫の涙を解いて飛び出した。業火を纏う岩石がその行く手を塞ぎ、それからセブンを囲むように四方へ落ちた。下方配置魔法陣が発動される。
「水竜の戯れ」
激しい水の渦が部屋全体を暴れ回る。セブンが跳ぶとサードも跳んでいた。肩まで振り上げた剣をセブンへ向けて振るう。床へ叩き付けられたセブンは激しい水流に呑まれた。
「能力を使ったらどうだ? 立体魔法陣——」
セカンドの声がし、セブンは六面の魔法陣に閉じ込められた。ただでさえ複雑な文様の魔法陣。立体として、六面による相関関係によって威力は何十倍にも跳ね上げられる。
「深紅の箱」
セブンを閉じ込めた立体魔法陣が一気に燃焼する。空気が一瞬でなくなり、器官にまで炎が入り込む。だが、セブンは堪えていた。常人ならば一瞬で骨だけになるほどの火力。しかし、その業火の中からセブンは飛び出した。
「最高傑作はダテじゃないな」
飛び出したところにサードがいた。剣がセブンの腹を貫通する。そのまま吹き飛ばされて立体魔法陣を突き抜けるとスピードのステッキがセブンの肩に刺さった。乱暴にステッキが抜かれてセブンは地面へ突っ伏す。腹と肩から血がだくだくと流れた。
「フォースを相手にしながら、まだ生きてるんだからね。でもさ、ボス。まだフォース3人分だよ。どうするの?」
「それで死ぬなら構わぬ。殺すまでは一切の手を抜くな」
「もう……ボスってば乱暴だね。そういうとこ、ぼくは大好き」
にやにやしながらスピードが言うと、倒れているセブンの上に上方配置魔法陣が展開された。青色に輝いた魔法陣が発動されると、そこから濁流が流れ出してセブンを激しい水圧で押しつぶす。シロは5のドアに背を預けたまま天井を仰いだ。
「——身構えろ」
小さくシロが呟いた直後にスピードの上方配置魔法陣が打ち消された。水が消え、スピードの首ねっこをセブンが捕まえる。そのままスピードは床へ叩き付けられ、サードが切りかかるとセブンは右腕だけでそれを受け止めて振り払い、激しい蹴りを入れた。立体魔法陣がセブンを囲んで展開される。
「構成変換」
発動された魔法陣は内側ではなく、外側へ向かってその強力な魔術を放射した。鉄製の床や壁がどろりと溶ける。スピードが目にも留まらぬ速さでセブンへ近づいた。ステッキの側面に白刃が現れる。それでセブンの首を引き裂こうとしたが、手の平で受け止められた。掌底がスピードの腹に炸裂すると、そこから魔力が激しい衝撃となって吹き飛ばされる。
「大聖光とは違うようだ」
静かにボスが言い、取り囲んでいたサードとセカンドが身構える。スピードは腹を抱え、悶絶しながら転げていた。シロは関係ないとばかりの態度で相変わらずドアに背を預けたまま。
「おれがフォースの最高傑作たる所以は単純な力とは違う。じゃあ、何がフォースを造り出した連中からした最高傑作なのか。他の暴走したフォースを止める能力と、人間に害をなさないようにインプットされた性格だ。単純な戦闘能力ならオリジナルや、ナンバー・ワンの方が強いかも知れない。だが、おれはお前らが相手である以上、絶対的優位な能力を備えている」