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No.46 動き出した歯車

「——何だか派手になったなあ……この街も」

 ステッキをこつこつと鳴らしながら少年は歩いていた。向かっているのは半壊したファルガの屋敷だ。デュランがいなくなっても領主という地位を固持しようとしていたが、民衆の暴動によって屋敷を打ち壊されて金目のものを根こそぎ奪われていった。それから2週間が経過し、みすぼらしい姿を風雨にさらすだけとなった。

「邪魔するよ。ファルガって人はいるかな?」

 崩れている壁から少年は中に入った。だが、人の気配がない。まだ壊されていない東側へと向かい、その内の大きな部屋に足を踏み入れた。暖炉に火が焚かれ、その近くで薄汚い毛布にくるまるファルガの姿があった。小声でずっとぶつぶつ呟いている。

「……ねえってば。あんたがこの街の領主?」

 領主、という言葉に反応してファルガが顔を上げた。そこにいる、声変わりも終えていない少年を見ると、その目が急に怒りで染め上げられる。

「こ、ここ……こんなガキまでもが! このわたしをコケにするか!? わだ、わたしは……! 領主だぞ!」

「すっかり錯乱しちゃって、まあ……。だけどね、おじさん。ぼくは別におじさんをどうしようとは思ってないから大丈夫だよ」

 少年は床に転がっていたイスを拾い、ファルガの側へ来て座った。

「誰だ、お前は何だ!?」

「フォース・ナンバー・フォー」

 スピードが言うとファルガが体を激しくビクつかせた。カタカタと歯の根を揺らし、スピードを見つめる。瞳も小刻みに揺れた。

「な……」

「ボスからのお使いで来たんだ。ここにさ、緑色の髪の毛で、すかした顔の魔術師は来なかった?」

「し、知らん……! だ、だが、盗賊は来た! わたしの下僕を、魔導守護者を……う、奪っていったのだ! 宝もだ!」

 縋るようにしてファルガが言う。そうなんだ、とスピードは意にも介さず、何やら考えてから立ち上がった。

「シャオ・K・エルウィンと……デュラン・アルバート……。ちょっと面白そうな組み合わせ。遊びたくなっちゃうけど、今はセブンが先だし我慢しなきゃ」

「わ、わたしは悪くないんだ! だから、この土地を取り上げるな!」

「ああ、うん。安心していいよ」

 ステッキでファルガの胸元を軽く押して、優しく突き返しながらスピードが言う。

「おじさんのことなんて、どうとも思ってないから」

「え?」

 直後、ファルガの胸に直径20センチはあろう風穴が空いた。血だけがファルガの体から漏れ出る。抉られた肉はどこにもなかった。

「名門ファルガ家も終わりか。呆気ないもんだね、人間なんて。簡単に死んじゃうんだから」

 酷く冷めた瞳を据え、スピードが去っていった。残されたのは半壊した屋敷。主を失い、とうとう形だけに成り下がった、過去の残骸だけだった。


「革命軍は結果的に前体制のドラスリアム国家を倒そうとした武装集団だ。半年前に前総統を追いつめるところまでおれ達は進軍した。だが、そこへフォースが乱入してきて、ドラスリアム軍と革命軍、双方に壊滅的ダメージを与えて国を乗っ取った。前総統のライゲンと、革命軍の総帥だったディエゴを圧倒的な力を見せつけながら殺害した。それからドラスリアム軍は新たな国の支配者となったフォースに吸収され、革命軍は弾圧された」

 深い谷底にセブン達の一行はいた。レイパッチを発って1週間。シャオに連れられて革命軍が拠点としている場所の一つに来た。自然の洞窟を利用した基地で小さな空間が多く空けられている。そうしたところを部屋にして、革命軍の生き残りや、その家族が暮らしている。シャオがここへ来たのは久しぶりだったらしく、多くの人に歓迎されていた。シャオのためにと用意された広い部屋でドラスリアム軍事国家の現状について、セブン達は説明を受けている。

「半年前の戦いで多くの同士が散っていった。ドラスリアム軍の方が数だけなら圧倒的に上だ。それに数ばかり集めてもフォースには勝てないことは明白だ。だから、革命軍はフォースに迫る、個人での戦力を求める方針にした。おれは革命軍のトップで、唯一の生き残りだから皆をまとめている」

 クウを膝の上で撫でながらシャオが言う。4人はそれぞれに考えている顔をしていた。

「大変なんだね」

 感心しながら能天気にシュザリアが言う。セブンは眉にしわを寄せながら苦笑する。大変、だなんて騒ぎでもない。自国との紛争なんて酷く追いつめられたが故の結果であるのだ。ドラスリアムという世界の大国の一つの現状は平和なグヴォルトとは全く違う。

「思うんだけどさ……」

 不安な面持ちで切り出したのはアークだった。

「フォースって軍隊でも敵わないくらい強いんでしょ? ドラスリアムの軍は世界でも凄く強くて、グヴォルト帝国でも負けるんじゃないかって聞いたこともある。それを簡単に蹴散らすくらいフォースが強いのに、どうしてまだ戦おうと出来るの?」

 右手の中指にはめられている剣の指輪をなぞりながらアークは俯く。

「……その問いに対する答えは分かってるんじゃないのか?」

 頭に重みを感じてアークが顔を上げると、クウが肩に乗ってきた。シャオの穏やかな目に見据えられているのに気付いてまた俯きかけると、クウが膝の上に乗ってくる。

「恐怖がなくて戦えるのは、よほど強い奴か、何も考えていない奴かだ。そして、それに該当する人間はここに一人か、二人。おれは含まれない」

 シャオがセブンとデュランを順番に見た。アークもその目線を追いかける。

「大事なことさ、怖いと感じられるのは。そして恐怖が分かるから戦える。ドラスリアムでは昔から、火の固有属性を持つ者は生まれついての戦士だと言われる。戦士が戦う理由は全員、一緒なんだ。大切な何かを守りたいから。……これ以上は、言わなくてもいいな?」

「……お腹すいた」

 ぽろっとシュザリアが欲求を漏らした。クウが小さく鳴く。

「ははっ、クウも食べたいか。……食堂はここを出て左手側を一番奥だ。行けば誰かしら案内してくれるだろう。セブンだけ残ってくれ」

 シュザリア達が広間を出て行く。残ったのはセブンとシャオ、それにデュランだ。クウはシュザリアにくっ付いて行った。

「何の用だ? 一応、おれはシュザリアに付いていないといけないんだが」

「ああ、済まない。一つ、頼まれてくれないか?」

「……内容にもよる」

 シャオは神妙な顔をしながら広間を歩いた。

「首都アウルスイーンへ一緒に行って欲しい。そしてこの国を終わらせる」

「終わらせる?」

 頷き、それからシャオが両手を体の前で合わせた。そこに魔力が集まり、ゆっくり両手を放していくと魔法陣がそこに展開されていく。その紋様を読み取ったセブンとデュランが目を大きく見開いた。

「お前、そんなもんをどこで手に入れた……!?」

「使えば咎人になるぞ。今すぐに破棄しろ」

 セブンとデュランの言葉を聞きながらシャオは両手を再び合わせて魔法陣を消した。

「これを使ってフォースを一網打尽にする。想定する最悪はこの魔法陣を何らかの方法によって防がれるか、効果範囲におびき寄せられずに発動してしまうことなんだ。そこでセブンに、一緒に来て欲しい。デュランとセブンがいればフォース4人をまとめてこの魔法陣の餌食にしてやれるはずだ」

「つまり、おれや、デュランまで殺すってことか?」

「いや……死なない。この魔法陣はディエゴが最終決戦用に構成し直したんだ。革命軍としての契血印を用意していれば無効化される。おれは武具に契血印を刻みこんでいるし、デュランには契約で渡したブレスレットの内側にあらかじめ付けておいた。セブンも身体や、身につけているもののどこかに契血印を施せば問題はないんだ。……頼む。これを頼める人間はもういないんだ。フォースを討って、おれの家族が……国が笑っていられるような世界を作りたいんだ。咎人になっても構わない。魔界へ落とされても、いつか必ず這い上がってくる。異形の姿になっても、世界から蔑まれたっていい。おれはその覚悟でいる」

 と、不意にコツコツと響く音が聞こえてきた。いち早く反応したのはセブンだった。広間のたった一つの入り口を向く。

「——やあ、捜したよ」

 ほんの一瞬前にはいなかった。ステッキを突いて歩く、フォーマルウェアの少年がいた。白いシャツに黒いベストと半ズボンのフォーマルパンツ。

「スピード、何をしに来た?」

 低い声でセブンが尋ねる。スピードはにこやかに微笑みながら洞窟を見渡し、シャオとデュランを順番に見た。

「革命軍の生き残りと一緒にいるなんて止めて欲しいな」

「どういう意味だ?」

 双刀を抜きながらシャオが言う。

「だって曲がりなりにもセブンはフォースの一員なんだよ? なのに馬鹿で愚劣で、低俗な人間とは一緒にいて欲しくないじゃない。フォースっていう名前そのものに傷つくでしょ? まあ、別に凄く偉い地位にある王族とかなら、ぼくだって認めなくないけどさ。負け続けて五十年、勝ち戦ほど縁遠いもののない革命軍と一緒なんていうのは……ヤでしょ」

 悪びれた様子もなく飄々とスピードが言葉を紡いだ。

「お前……この状況が分かってるのか? 三対一だぞ」

 唸るシャオに向かってスピードは平然としながら言い返す。

「三対一? 違うよ。ぼくのこと全然分かってないんだね。ぼくは凄く速く動けるからね。きみ達を相手にしないで、この薄汚い洞窟に暮らしてる人を殺しに行くに決まってるじゃない。きみ、状況分かってる?」

 くすくすと笑いながらスピードが言う。

「何しに来たんだ?」

「うん。セブン、ちょっとアウルスイーンまで来てよ。ボスがさ、セブンと早く戦いたくて仕方ないんだ。……勿論、本気でね。だから卑怯な手を使わせてもらうよ。グヴォルト帝国のお姫様っているじゃない? あと、王子様もいるよね。あの二人がさ、もしも……死んじゃったら、殺されちゃったら、絶対に戦争だよね?」

 それは残酷な、冷たく凍りつくような笑顔だった。セブンが声を失い、それからスピードへ魔術を放った。セブンの扱う魔術の中でも最速の雷魔術だったがスピードはセブンの背後に回って、背もたれのように寄りかかる。

「あはは……。必死だねえ。今のはちょっと掠りそうだった。まだ何も手を出してないから安心して。問題なのはセブンの答えなんだよ。来てくれるよね? アウルスイーンまで。殺し合いをしに」

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