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No.44 大盗賊と魔導守護者②

「セブン、セブン! 助けて、早く!」

 宿にセブンとアークが帰ってくるなり、シュザリアが駆け寄った。何事かとセブンが眉をひそめると、アークが悲鳴を上げる。床一面に広がる血の池。そして、ベッドの上。シャオが寝かされていたのだが、貫かれた腹部から血が流れて止まらないのだ。

「だ、誰?」

「こいつは、さっきの……。どういうことかは、後できっちり説明しろ」

 たじろぐアークを押しのけてセブンがベッドに寄る。クロエが六ツ目単眼(シックスアイ)をかけていた。

「傷口はこれだけか? あと、こうなってからどれくらい経過した?」

「色々と傷はあるけれど、致命傷になりそうなのは腹部だけよ。ここへ運んでからは3分、運ぶまでに10分経過しているわ。強い意志があるみたいだから、あえて眠らせてない。もっとも、意識があるかは分からないわ」

「分かった。こいつの固有属性は?」

 尋ねながらセブンがシャオの手を握り、僅かに魔力を流し込む。反発が弱く、体内の魔力があまり残っていない。

「火みたいね。アークと一緒」

「だけど、アークはキャパシティがない。他に、この場で火属性の人間はいないとなると……」

 難しい顔をしながらセブンが閉口するとクウがセブンの頭に乗った。頭を振って追い払うと、今度は顔の前に飛びながら出て来る。

「竜がどうして人間といるんだ……」

「セブン、その竜の属性は火みたい」

「……頭のいい奴みたいだな」

 セブンが手を差し出すとクウがそこに乗った。魔力を少しだけ流し込むと、強い反発が起きて逆に体内へ魔力が入ってくる。目を大きくしながら、クウをシャオの横に座らせた。

「小さくても竜の魔力はダテじゃないみたいだな。アーク、少しだけ手伝え」

 呼び寄せると血だらけのシャオにびびりながらアークが近寄った。アークの手を取って傷口に触れさせる。生暖かい肉と血の感触に鳥肌が立った。

「な、何するの……?」

「お前を介して、この竜から、こいつの体内に魔力を流し込む。片方の手を竜に添えろ。コントロールは得意か?」

「一応……。でも、こんなのやったことないし……。どうして間にぼくが必要なの?」

「流し込む魔力は十分にある。だけど、その流れが強いんだ。だから、お前の体内に魔力を通し、そこで流れを弱くした上で患部へ流し込む。そうしないとショック症状を引き起こしかねないんだ。ちょっと辛いかも知れないけれど頑張ってくれ。同じ属性のお前じゃないといけないんだ」

 戸惑っているアークの手をクウが噛んだ。しかし、歯を立てない甘噛みだ。赤い瞳がアークを見つめる。

「分かった……。やってみる」

 答えるとクウから魔力が流れ込んできた。感じたことのない、熱い波のようなものがクウに触れている左手から流し込まれてくる。体中の血が滾るような感覚がする。頭の中が白くなっていくのを感じた時にセブンの手が両肩を叩いた。

「アーク、お前の体内に溜めるな。危ないぞ」

 言われて気を取り戻すと、右手で触れている患部に魔力を流し込む。すると体が元のようになってくる。そっと目だけでクウを見た。小さくて可愛い体。それなのに数秒で自分がパンクしそうな程の魔力を流し込んできた。

「顔色が戻ってく……」

 小さくシュザリアが呟いた。シャオの手を両手で握り、祈るように目を閉じる。

「……アーク、右手から僅かにでも反発を感じるようになったら止めていいぞ。クロエ、傷口を塞いでくれ。シュザリアは……好きにしていろ。とりあえず、食事の用意をしてくる」

 入り口に放置していた、モンスターの肉を手にしてセブンは部屋を出て行った。


 深夜になり、皆が寝静まった頃にシャオは目を開けた。包帯の巻かれた腹部。全身への僅かな痺れと、吐き気。口の中が血の臭いでいっぱいだった。手を動かすとクウに当たった。顔を持ち上げることも出来ず、手探りで確かめると優しく撫でる。体内に充満する、熱い感覚。優しく感じられた。

「お前に魔力を与えたのは、その竜だ」

 声がしてシャオは目を左側へ動かした。椅子に座り、グラスを傾けている人影。暗くてよく分からないが声に覚えはあった。

「夕方の……彼女の連れだったかな」

「……ああ。大体のことはシュザリアに聞いた。紅牙幽玄の子孫なんだって?」

「血は随分と、薄くなったけど……」

「幽玄谷で戦った。幽霊になって、ずっとそこに留まっていたらしい。一応は満足して成仏してくれたようだ」

「嘘だとしても、やっぱりご先祖様は凄い人物だ……。助けてくれたのはクウと……あんたか?」

「床で寝てるアークもだ。シュザリアとクロエがここまで連れてきた。おれは直接的には何もしてない」

「……そうか。礼を言っておいてくれ」

 部屋は静まり帰っている。女子供の寝息だけしか音がない。セブンもシャオも黙った。

「盗み聞きを、シュザリアとクロエがしていた。それを聞いた」

「いいさ。お陰で助けてもらったんだ。命の礼は大きい。盗み聞き程度、何て言うことはない」

「その上で、一つ提案がある。フォースを倒そうとしているんだろう? 協力させて欲しい。訳あって、おれ達もフォースにこの国から立ち退いて貰わなきゃならないんだ」

 グラスを置くとセブンがシャオを見た。飲んでいたのはドラスリアムの果実酒だった。店先に一本だけ埃を被って置いてあった品だ。

「あんたもフォースなんだろう? 仲間じゃないのか?」

「……仲間じゃない。敵だ」

「そうか。まだ……眠たいからまた今度、その話をしよう……」

 それきり会話は途絶えた。再びセブンはグラスを手にして果実酒を飲んだ。少しだけ東の空が白んできていた。


「強盗をまんまと取り逃がすなんて、失望だ。きみには失望したよ、デュラン」

「申し訳ありません」

 ファルガの説教は続いていた。新鮮でみずみずしい果実が溢れるほど皿に乗せられていて、ファルガはそれを食べながらデュランの失態を飽きずに何時間も責め続ける。

「この屋敷にきみが来てから、何年になる? その間、誰がお前を食わせてやったんだ?」

「27年間になります。……全て、ファルガ様のお陰です」

「そうだ。なのに、お前はそれを仇で返す。しかも、契約によってお前は半永久的にわたしの下僕であり続けなければならない。忌々しい。下僕の分際で主を困らせるんじゃない」

「申し訳ございません」

 デュランは何を言われても頭を下げるだけだった。何を言われようと、どんなことをされようとも、契約を結んだ相手。いかなる理由があっても契約が破棄されるまでは彼に傷一つとしてつけることは許されない。それが魔導守護者の誇りであるのだ。

「まあ、いいだろう。それで、取り逃がした強盗は……いつ、捕まえるつもりなんだ?」

「明日までには必ず」

「そうか。……じゃあ、さっさと取っ捕まえてこい」

 ファルガが赤い果実を齧った。レイパッチではかつて、特産品として街の誰もに愛されていた果物だ。甘みと酸味の絶妙なバランスが良く、かつてこの果物だけで街は安定した収入を得られた。

「ファルガ様、強盗が出るのは社会の乱れている証拠です。この街で何か対策を施してはいかがでしょう」

「血迷ったことを言うんじゃない。社会の乱れている証拠? どこが、乱れているのだ。わたしは何不自由なく暮らしているというのに」

「……失礼しました」

 深々と頭を下げてデュランは部屋を出て行った。扉を閉めると右腕に触れる。シュザリアの魔術によって光の矢を撃たれた箇所が酷く痛んだ。

「光の魔術……。グヴォルト帝国の王族だったか」

 空が白んできていた。屋敷から外へ出ると、東の空から太陽が昇り始めていた。

「——よう、おっさん」

 開け放たれた鉄門扉にシャオが立っていた。包帯だらけの体を体に纏った布で隠している。肩に乗るクウは眠たいのか、うとうとしている。

「懲りずにまた来たのか。逃げる算段は出来ているのか?」

「今回は、逃げない。昨日だって、逃げるつもりはなかった」

 双刀を抜き、シャオがデュランを見据えた。

「そうか」

 ゆっくりとデュランが左手を頭上へ持ち上げると、そこへ大剣が現れる。その太い柄を握り締めると、シャオへまっすぐ剣先を向けた。

「一つだけ、質問だ。魔導守護者と、魔導騎士っていうのは……どっちが強いんだ?」

「ともに魔術師の就く職としては最高位。どちらが上という優劣の関係はなく、双方とも最強だ」

「そっか。……分かった。そうしたら、今度こそ、おれの策略通りになってもらうぜ」

 言うなりシャオが身を屈めて飛び出した。双刀を交差させ、そこから振り切る。しかし、上段からの大剣の一撃が双刀を弾き飛ばした。

「死にかけの身で、安易に戦いを挑んだことを後悔しろ」

 

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