No.40 最初の記憶
「――セブンって本当に反則の塊みたいだよね」
言いながらアークは頭の後ろに手を組んで歩いている。霧の晴れた幽玄谷は異様に静かであった。魔物が姿を現さなくなり、大きな木々の間を足下にだけ注意して歩くだけだ。
「大聖光のことか?」
「その他もたくさん」
言われてセブンは苦笑する。アークの言い分はもっともだ。そうする為だけに造られた存在なのだから。古代大戦で勝利をすることだけを目的に生み出された兵器。それがフォース。
「けれど弱点だってあるんでしょう?」
クロエがそう言い、シュザリアとアークは彼女を振り向いた。セブンの弱点というのが2人には分からない。
「なきにしもあらず……だな。おれの能力……大聖光は多用出来ないんだ。魔力を取り込んでキャパシティが満タンになったら、その余剰魔力を溜めておくことが出来ない。漏れ出た魔力は勝手に周囲に影響を及ぼす。服が元通りになったり、肉体の傷や汚れが消えたりするのもその影響で、さらに放っておけば今度は漏れ出た魔力が擬似的な深魔の穴と化すこともある。それだけの魔力を一気に消費するのは難しいし、どうあっても周囲に害をもたらしてしまう。面倒臭い能力だよ」
「それだけじゃないでしょう?」
さらにクロエが尋ねるとセブンが足を止めた。シュザリア達も足を止めると、セブンとクロエを交互に見やる。当の2人は互いの腹を探り合うようにして視線を交わしていた。
「六ツ目単眼か」
「ええ。それにちょっと考えれば分かることよ。大量の魔力を取り込んだ上で、それを暴発させないように発散していくのなら肉体に途轍もない負担を強いることになる。違うかしら?」
「当たりだ」
「クロエ、そこまで見抜いてたの……?」
感心しながらシュザリアが呟き、クロエはふふっと微笑んだ。
「流石は4年生の第八席……」
「本当はクロエが主席なんじゃないの?」
「いや、それはないな。4年の主席は本物だ。おれを除けば……学院の最強はあいつで決定だろう」
そんなことを話しながら一行は幽玄谷を進んだ。
丸二日かけて幽玄谷を出ると、そこは地平線を見渡せる広い荒野だった。夕陽が沈んでいく様を眺めてから、その場で野宿することを決めて体を休めた。そして、携行している食糧で簡単な夕食を済ませるとセブンが3人を呼んで焚き火を囲んだ。
「もう、ここはドラスリアムだ。グヴォルト帝国の3倍の国土と、どこよりも強い軍隊を持つ軍事国家。統治するのは戦争のために作り出されたフォース。……ここから先は何が起こるか分からない」
「でも戦争を回避する交渉ってどうすればいいの?」
「さあな……。開戦の契血印を寄越すくらいだ。そう簡単には行かないだろうが単純に考えればトップを失脚させることだろう。元々、ドラスリアムは軍事力こそ侮れないものの、人が住むには厳しい環境が国土の半分以上を占めている。国民の暮らしは貧しい。クーデターを起こしたとは言え、その辺は解消することが難しい問題だ。だから、国民を扇動してトップを平和思想を持つ者に挿げ替える。探せば反乱を企てる輩もいるだろう」
「……随分と盛大でアバウトな作戦……」
小さくアークが呟いて悪魔の懐刀の刀身を布で拭く。戦いがいつ起きてもよいように魔術具の手入れをしているのだ。
「そんなに上手くいくとは思わないけれど」
クロエもまた言うが口元は笑っていた。敵国にあってもクロエの態度は変わらないらしい。緊張もしなければ、何かに警戒しているという訳でもない。
「話し合いなんかで済めば、それがいいんだろうけれどな。それに……もしも戦争となれば、グヴォルト帝国は負けちまうぞ?」
「え、負けちゃうの?」
「ああ。ダウンの情報が正しければドラスリアムの軍事力はグヴォルト帝国のおよそ2倍。兵の質も高ければ、魔業兵器もここの方が発達している。国土だって3倍だ。加えてフォースが5人。グヴォルト帝国で、フォースに対抗出来るのは同じ存在であるおれとダウン。それに学長。魔導騎士団長と、他にいるかどうか……。だから戦争回避を第一として、どうにかこの事態を治めないとならない」
焚き火がぱちぱちと爆ぜた。ぽつ、と顔に何かが当たってシュザリアは空を見上げた。ぽつり、ぽつりと雨が降ってくる。セブンが焚き火を無造作に片足で踏み、そのままもみ消した。
「濡れる前にテント入って眠れ。夜の番はおれがしておく。こんな場所だが、辺境だし連中が何かしてくるということもないだろう」
夜遅く、土砂降りの雨を眺めながらセブンは昔のことを思い出していた。
一番最初の記憶だ。そこはドラスリアムのどこかにある施設で、目覚めたセブンは幼児だった。セブンには乳児の頃というのが存在しない。ゼロから造り出されたので最初から3歳程度の見た目をしていた。知覚することは出来たが煩雑な情報の処理までは出来なかった。よく分からぬ内に外へ連れて行かれるとそこには大勢の人間が殺し合いをしていた。今思い起こせばそれはセブンの性能実験で、大勢の人間は全て処分されることを前提にされてそこにいたのだ。
「おい、ダッシュ」
凄惨な殺し合いが行われている、その場に当時のセブンより少し年上の見た目をした少年がいた。深い緑色をした髪の毛。黒い法衣を身に纏い、幼い顔に返り血を浴びていた。
「……」
「随分と無口だな、お前は。ほら、お前の力を見せろよ。ここでは、そうすることが大事なんだ」
「力……?」
「ああ、そっか。目が覚めたばかりだものな。じゃあ、お手本を見せてやるから真似しろよ。おれが全部教えてやる。ダッシュ、おれはお前の兄貴だからな」
そう言って少年が両手を広げると直径1メートルの魔法陣が展開された。セブンはそれを見て同じように腕を広げると、同じ紋様の魔法陣が展開された。しかし、目覚めたばかりのセブンは何も驚くことはなかった。
「そう。その次は分かるだろ?」
少年は楽しげだった。セブンが展開した魔法陣を発動させる。一瞬、激しい光が炸裂するように煌いた。すると殺し合いをしていた人間が消え去った。黒い煙だけが立ち上り、それから黒い雨が降ってきた。
「よく出来たな。……これで、おれがいなくても連中は困らない」
「……こまらない?」
「ああ。おれはフォース・ナンバー・セブン。そして、お前はフォース・ナンバー・セブン・ダッシュ。おれが強すぎるからって、ある程度力を抑えてもう一度造り直したんだってさ。お前は誰かのために強くなれ。そしておれは、おれのためだけに強くなる」
黒い土砂降りの中でオリジナル・セブンはそう言った。翌日、施設は全壊してそこにいた全ての人間が皆殺しにされた。幼いフォースを二人、造り直された最高傑作と手に負えぬ最凶兵器だけを残して。そして、オリジナル・セブンは告げた。
「強さを求めた連中に、強さの意味を教えてやった。ダッシュ、お前はおれとは違うから、おれとはきっと激突する。だから強くなっていろ。お前を生み出した責任はおれにもある――」
あの日は酷い土砂降りで、オリジナル・セブンが去った後にセブンはずっとその場に留まった。一番最初の記憶は、一番最初の敵との邂逅だった。
「セブン・ダッシュ――。ちょいとこれから、遊んでもらえないか」
雨中から物憂げな声がし、直後に激しい風がテントを吹き飛ばした。弾かれたようにセブンが飛び出し、打ち付ける雨の中に佇む黒い影に襲い掛かる。白い髪に褐色の肌、アイマスク。それを視認するとセブンは足をかけられ、服も強引に引っ張られて倒された。
「あんた……シロか」
「久しぶり。教育係のシロ様だぜ?」
シロの背後に目をやってセブンが舌打ちをする。ドラスリアム軍隊第四師団がシロに付き従うようにしてそこに整列していた。テントから慌てた様子でシュザリアとアークが出てくる。
「さて、殺されてくれるなよ。……全隊、かかれ!」
シロが指示を出すと第四師団の歩兵部隊から4人に向かって攻撃が始まった。