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No.4 湖畔の村②

 「ほら、この木、おっきいでしょ? お祭りはね、ここの下に会場が作られるの。だけど、今年はまだやってないみたい……。どうしたんだろ?」

 アークに連れられてきたのは村から少し外れた森の広場。巨大な木がそこに聳えているのだが、あまりにも大きなサイズだ。近くに立つと、まるで壁。直径は10メートルを悠に超え、もっとあるかも知れないとセブンは密かに目測している。広場は大樹の広げる葉によってすっぽりと影に隠れている。立派な巨木だ。セブン、シュザリア、クロエが木を見上げていると、アークは村の方からやって来た大人を見つけて駆けていった。

「ねえ、おじさん。まだ会場作らないの?」

 村の人口は少ない。皆が顔見知りで、すでにアークが帰ってきていることも伝わっている。やって来たのは口ひげを蓄えた、上半身半裸の上に半纏を着た壮年の男性だ。口に煙管を咥えていて、アークを見下ろすなり難しい顔をした。

「それがな、毎年、会場を作ってくれているさる高名な魔術師が今年は所用で来られないらしい。代わりの魔術師を寄越すとは言っていたんだが、外からにやって来たのはアーク達くらい。いつになったら来てくれるのか……」

 その話をシュザリアはぼけっとしながら聞いていたが、その横にいたセブンはため息混じりに頭を片手で押さえていた。それからシュザリアの肩を軽く叩いて、耳打ちをする。そして、数秒後――

「えっ!? 代わりに作るのがあたしの救済措置っ!?」

「学長のことだ、会場を毎年作ってたっていうのは」シュザリアに低くした声で言ってから、セブンが壮年の男性を向いた。「その高名な魔術師というのはマクスウェル・ホワイトではありませんか?」

「ああ、そうだが……お前らが作るのかっ!? この祭りは神聖なものなんだ、図工なんてものじゃないんだぞ!?」

 壮年の男性が言うと、シュザリアは苦笑いしながらセブンを肘で小突く。やったこともないのにどうすればいいのか、と。そして、あの学長の代わりなんかが務まるはずはない、と。

「大丈夫です。このバカ面はグヴォルトの姫君ですので」

「へ? 姫君……。姫君ぃっ!? なな、な、何でそんな方がここにっ!?」

「おじさん、リアクション上手だね」

「アーク、茶化さないの。あなただって最初に聞かされた時は驚いてたでしょ?」

「うーん……だって、全然そう見えなかったし……」

「とにかくっ!」セブンが大きな声でその場の空気を自分のものにし、それからいつもの口調で続けた。「マクスウェル・ホワイトがやることになっている仕事があって、それが停滞しているのなら、全てを我々で請け負います。遠慮なく、何でも、言ってください。お茶汲みから、事務仕事、装飾、挨拶、何から何までやりますので」

 そう言って格好付けてから、セブンがシュザリアに小声で囁く。

「……シュザリア、頑張れよ」

「え? 一人でやるの? 我々が、って言ってなかった?」

「これはお前の、救済措置だろう?」

 意地悪そうな笑みを浮かべて、セブンが言い放った。


「学長って、本当に毎年こんなことしてるの……?」

 唇を尖らせながらシュザリアがぶつくさと呟く。現在、やっているのは会場作り。去年の会場の写真を見せてもらい、そっくりそのまま同じものを作れるのかと不安になっているところだ。大樹の幹の中腹へ続く長い階段。どうやって作ったのかは不明だが、それは大樹から延びた枝のようなもので出来上がっている。地面には石畳を敷き詰め、大樹に向かって右側には来賓席と、村の楽団の席。左側には出店の出店スペース。広場の中央には一段高くしたメインステージ。――こんなものをどうやって作ればいいのかなんて、シュザリアにはさっぱりだった。

「学長って不思議がたくさんあるからね」

 どこからか調達した、お祭りの出店で売られるリンゴ飴を舐めるアークが言う。シュザリアと一緒に写真を見ているが、アークもまたどうやってこれを魔術で作ったかなんて不明だ。セブンはしきりに大樹の幹に触れて何か調べているし、クロエは早々にアークの家へ戻って読書をしている。

「そうだよ。学長って、どうしてあんなに若いの?」

「さあ……? 若返りの魔術なんて理論的には可能だけど、実証されてないし。かといって、老化しなくなる魔術だって、同じく実証されてないよ。若返りにはね、体内にある魔力が半永久的に増減しないことが条件になるの。体内を流れる魔力は人体に大きな影響を及ぼすから。だけど半永久的に増減しないなんて、無機物でもない限りは……。いや、でも、ストリュースの定理さえ解明出来たら……」

「全然分かんない……」

 ぶつぶつと考え始めるアークだが、シュザリアはそれについていけない。写真を眺めたまま、短く刈られている芝の上に仰向けになった。眩しい陽光を写真で遮り、ぼんやりとそれを見つめる。頭の中は真っ白だ。

「うーん……ストリュースの定理を解くには、オルディーユの公式を上手く活用すればいいとは思うんだけど、問題は三重魔法陣の……」

 アークの呟きも頭には全然入らず、そのままぼんやりしているとさっと二人に影がかかった。写真をずらすと、そこにセブン。片手を差し伸べ、シュザリアの体を起こさせる。

「アーク、ストリュースの定理なんか解くなよ。あれは解いちゃいけないもんだから。呪われるぞ」

「えー? でも、現代魔術理論の最大級の謎がストリュースの定理だし……」

「ダメなものはダメだ。代わりにシュザリアとアーク。超裏技魔術教えてやるから」

「超裏技魔術? 何、何なの、それっ?」

 がっとアークが食いついた。目がらんらんと輝いている。その一方、シュザリアは会場作りに頭がいっぱいで全然聞いちゃいない。

「これを使えば、会場作りなんかあっという間だ」

「本当っ!? 何それ、何、何、何なのっ!? セブン、教えてっ!」

 一気にシュザリアは復活し、セブンに擦り寄る。アークもまた、セブンによじ登り、催促している。とりあえず二人を引き剥がしてデコピンを一発くれてやってから、腰を下ろした。

「いいか、この魔術は基本属性には属さない。いわば、純粋な魔力のみで行使する魔術なんだ。古代、まあ……魔術理論の基礎が出来上がる前に使われていたのは、この魔術だ。当時の魔力は深魔の穴から漏れてくるものだけしかなかった。つまり人間や、他の生物、無機物にまで、それ自体が魔力を有するということはなかったんだ。しかし、深魔の穴からは魔力が放っておいても滲み出てくる。それを利用した、いわば土地密着型魔術。それが、今から教えてやる魔術だ」

「……全然、訳が分からないんだけど」

「つまり、深魔の穴の魔力を使った魔術を教えてくれるんでしょ?」

「そうだ。やっぱりお前は優秀だな。……それに比べ、どうしてお前はそうも理解力が低い」

 呆れるセブン。シュザリアはむっとして、ぷいっとそっぽを向いた。分からないものは分からない。仕方ないのに。――というのがシュザリアの言い分ではあるが、きっちり授業を受けてさえいれば分かることだ。

「だけど深魔の穴なんてどこにあるの? ていうか、あったら危ないよ」

「その深魔の穴って何なの?」シュザリアが問う。「聞いたことはなくもないけど」

「うーん……深魔の穴、っていうのはモンスターが出てくる場所って言えば分かりやすいかな? この世界の、物理を超えた遥か下に魔界があるのは知ってるよね? 深魔の穴、っていうのはその魔界と、この世界を繋ぐトンネルみたいなものなんだよ。魔界には、こっちの世界とは比べものにならないくらいの魔力が満ち溢れてて、深魔の穴を通じてこっちの世界に漏れ出してくるの。だから、魔術を使えるのは深魔の穴があるお陰なんだよ。でも、やっぱり魔界と繋がってるからモンスターも一緒に出てきて、危ないんだ。だから深魔の穴の近くは立ち入り禁止になってるか、ちゃんと封印されてるの」

「つまり……危ない場所?」

「すげえざっくばらん。――だけど、そんな感じだな」

 シュザリアのまとめに苦笑しながらセブンが返した。それから地面に右手を押し当てると、広場全体が淡い緑色に輝き始めた。三人の髪の毛もふわふわと持ち上がる。

「この魔術では深魔の穴から魔力を吸い上げて、その魔力が通っている場所、つまりは地形を意のままに変えることが出来る。お前らも、地面に手を当ててみろ。感覚としては地下深くに自分の魔力があると思って、それを思い切り持ち上げる感じだ」

 言われてシュザリアとアークが手を押し当てた。すると、淡い緑の輝きが強くなる。しかし、シュザリアもアークもそうしているだけでぷつぷつと玉のような汗が吹き出てきた。ものの10秒ほどで弾かれたように手を離してしまい、輝きが弱くなる。セブンはいまだ手を当てたままにやにやとしていて、息を切らしている二人に向かって口を開いた。

「深魔の穴から漏れ出る魔力は膨大だからな。コントロールも効かない。ここはおれがやってやるから、よく見てろよ」セブンが地面に両手をついて、ゆっくりと息を吐き出していくと輝きが先ほどよりも強まっていき、目が眩みそうな光になった。「――汝の力、我に貸し与えたまへ。我、いにしえの力を受け継ぎし、真名なき者」

「セブンが詠唱してる……。そんなにとんでもないんだ……」

 シュザリアが驚きながら呟き、その直後に一際強く輝いた。そして、セブンの口角が歪む。次の瞬間、周囲一体、全てがいびつに歪んだ。全ての輪郭が湾曲し、そうかと思えば猛烈な勢いで形を変えていく。大樹からは階段が伸び、芝が消え去って土が見えたかと思うと、その下から細かい石が現れて、それらが溶け合って石畳を成す。景色があっという間に変わっていき、光が消えると写真にあったままの光景が広がっていた。

「わお……」

「凄すぎ……」

 開いた口の塞がらないシュザリアとアークは交互に呟くのだった。

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