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No.39 幽玄谷の試練⑥

 軍事国家ドラスリアム首都アウルスイーン。

 年中、雪の降り積もる大きな都だ。アウルスイーンの名物は都の中心に構えられた建造物だ。高く聳える巨大な塔でドラスリアムの軍隊の本部であり、軍事国家であるドラスリアムの中枢だ。クーデターで総統が命を落とし、今はフォースを統べるボスと呼ばれる人物が軍隊と国、双方の全権を握っている。

 その建造物――バベルの地上50階にある大きな会議室に4人のフォースが集まっていた。赤絨毯の敷かれた床に白を基調とした気品溢れる壁紙。テーブルは格調高い黒の大きな円卓でそこにフォースが着いている。

「さっさとこんな会議終わらせて、遊びに行きたいんだけどなー……」

 スピードがテーブルの上で足を組んだ状態で退屈そうに呟く。会議はまだ始まっていなかった。召集がかかったのに、その召集をかけた人物が姿を見せていないのだ。

「遊び相手がいるのか、スピード。意外だな」

 からかうように言ったのはフォース・ナンバー・ファイブのシロだ。白髪に褐色の肌をした青年でアイマスクをいつもつけている。年齢は20代の後半ほどだ。肩肘をつき、頬を支えている。

「いるよ、遊び相手くらい。ま、こないだ作ったんだけどね」

「作った、か……」

 ふっ、と鼻で笑ったのはフォース・ナンバー・ツー。通称セカンドだ。黒髪に黒い瞳。筋肉質に引き締まった体をしており、スピードの言葉に今は嘲笑的な顔をしている。

「何だよ、セカンド! 文句でもある訳?」

「そう騒ぐな。すぐ感情的になるのがお前の悪い癖だ」

「サードは腰が重いんだよ。じじいみたい。――あ、サードはぎりぎり古代大戦で運用されてたんだっけ? ごめん、ごめん、じいさん同然だったね」

 嫌味をスピードが吹っかけるも、二人は黙殺するだけだった。それがつまらなくてスピードが舌打ちをすると、会議室の扉が開け放たれる。

「待たせた」

 入ってきたのは燃えるように真っ赤な髪の毛をした男だった。どこか虚ろでただ貼り付けただけ、というような微笑を浮かべている。柔和な表情とは裏腹に彼が入ってきた瞬間にフォース全員が黙った。

「ボス、遅かったね」

 スピードが足をテーブルから下ろして言う。

「ああ。ゴミ掃除をしていた」

「ボス自ら? 言ってくれればやったのに」

 ボスと呼ばれた男が席につく。集まっていたフォース全員が彼を見つめた。フォース・ナンバー・ワン。呼称・ファースト。現在、フォースを統べるドラスリアムの最高権力者にしてボスという呼称をもつ、始まりのフォースだ。

「今日の議題は?」

「幽玄谷にセブン・ダッシュと、グヴォルトの姫君、それにホワイト・ウイングの生徒が二人。四人が確認された。こちらへやって来ることが予想される」

「何をしに?」

「スピード、黙って話を聞け」

 腕を組みテーブルの一点を見つめたままサードがたしなめた。ちぇ、と舌打ちをしてからスピードが頭の後ろで手を組んで背もたれに寄りかかる。

「目的は知らぬが、アウルスイーンまで来るはずだ。奴らがドラスリアムに入り次第、セカンド、サード、スピード……お前らで魔法陣を展開しろ。――魔封じの契血印だ」

「魔封じの契血印を? どういうことだ?」

 セカンドが問い、サードが腕組みを解いて口を開いた。

「何を封じるのだ?」

「空間転移魔法陣。セブン・ダッシュが発動出来ぬようにしろ。そして幽玄谷の深魔の穴を拡張するのだ。おれが許しを出すまで、奴らがドラスリアムを出れぬようにしておけ」

「そうまでして何をやらかすつもりだい?」

 トントン、と指でテーブルを叩きながらシロが言う。口元がにやけている。

「セブン・ダッシュがフォース最高傑作とは言え、それはフォースを造り上げた連中の決めたこと。真に強いのは誰か。――はっきりさせようではないか」

「ボスってば、本当に戦闘狂なんだから」

 やれやれとスピードが肩をすくめてシロも「まったくだ」と呆れたように笑う。

「無論、それだけではない。奴はフォースの中でも特別だ。セブンの、――オリジナル・セブン(さいきょうのふぉーす)の秘密も奴の中には眠っている」

「オリジナル・セブン――。あいつ、今ごろどうしてるかね」

「さあ? 興味もないけど……魔界で好き勝手に暴君やってるんじゃん?」

 シロとスピードがそんなことを言い合った。

「軽口は慎め」

「んもー、セカンドは本当に頑固なんだから。ボス、もう終わり?」

「ああ。後は軍事整備に関することだ。お前はいらん」

「やった! んじゃ、もう帰るよ! バイバイ、またねー!」

 スピードが椅子から立ち上がるなり姿を消した。魔術ではなく、純粋な彼自身の持つ能力である速さ(スピード)でもって。脅威の速さを持って魔導対戦を制するというコンセプトで造られたスピードは他のフォースを全く寄せ付けない随一の速さを持っている。

「軍備整備なら、おれもいらんね。そいじゃあ、これで――」

「シロ、お前に第四師団を預ける」

 立ち上がったシロをボスが呼び止めると、彼はアイマスクを額に押し上げた。眼球も瞳も真っ白をした不気味な目でボスを見つめる。瞳の輪郭にだけ輪郭のような線が視認出来る。

「おれに第四師団をねえ……。何をしろってんだい?」

「セブン・ダッシュに挨拶をしてやれ。……腑抜けたままでアウルスイーンまで来られても、我が目的は達成されない。挨拶をしてやれ。期待外れならば殺しても構わぬ」

「全く面倒臭い……。だが、まあ……あんたにゃ従うよ。期待しないで待っててくんな」

 ひらひらと手を振りながらシロが部屋を出ていた。フォース・ナンバー・ファイブ――シロ。フォースの中で最も特異にして、魔導対戦における一つの答えを提示する存在。アイマスクをまた装着し、彼はバベルの長い階段を一段ずつ降りていった。


「魔術とは魔法陣を介して、様々な効果に魔力を変換させた術のこと」

 幽玄の放った4発の火球を素手で叩き落してセブンが言う。そのまま接近して身を屈め、幽玄の懐から右脚を軸に蹴りを放つ。刀の柄で受け止めた幽玄だったが、激しい衝撃が発生して吹き飛ばした。岩壁に激しく叩きつけられると、洞窟全体が揺れる。いつ落盤が起きてもおかしくない状態になっている。

「その魔法陣は本来、術者によって構成され、展開という手順を踏んで発動される」

「これでも、食らえ……!」

 刀から強い光が発せられる。幽玄が刀を振るうと、その軌跡が巨大な三日月のように形を成してセブンへ向けって猛スピードで向かってくる。だが、セブンはそれを見据えたままで片手を前へ出した。その手に斬撃が消え去る。

「何故だ。何故、急に貴様へ対しての攻撃が通用しなくなる……!」

「フォースには番号ごとに特別な能力が与えられている。そして、おれはフォース最高傑作(ナンバー・セブン)。魔導対戦……要するに魔術を用いた戦闘においても絶大な力を発揮することが出来る。その能力が大聖光(ジャックポット)

「ジャック、ポット……?」

「魔力の込められた全てが、この能力を発動しているおれには通用しない。ぶつかってきた魔力はおれ自身を魔法陣として属性を消され、そのまま蓄積される。お前が魔術を放つ度、おれは魔力を吸収する。その魔力で身体能力も跳ね上がる。ついでに傷も癒えれば、おれの意思と関係なしに身につけている服や物までもが再生されていく」

「そんなことが、あってたまるか……!」

 再び幽玄が刀を振るうと洞窟内に灼熱の龍が出現してセブンへ向かっていく。だが、それもセブンにぶつかるのと同時に消え去ってしまう。幽玄がたじろぎ、セブンは一歩前へ出た。

「話の続きだ。お前は魔法陣を正しく展開出来ていない。魔法陣を用いない魔術は存在するが、その多くは肉体に多大なる影響を及ぼす。それだけ連発すれば、幽体とはいえお前の体が朽ちるのは時間の問題だ」

 セブンが言うと幽玄の頬に亀裂が入った。表面がパキパキと音を立てて崩れる。幽玄が奥歯を噛み締めてから、不意に口元を歪めた。

「魔力の通じない能力……。ならば我が奥義をもって葬るまでのことだ。魔力が含まれようが、奥義の威力そのものは衰えまい」

「やってみろ。……もう、お前と話すことなんかない」

 刀を鞘に納め、幽玄が右脚を大きく前へ出して足を開く。上体が前傾になり、右手でゆっくり柄を握った。落盤が始まり、大小様々の岩石が降り注いでも幽玄の構えは微動だにしない。それを見たセブンが両手を合わせ、それから拳を握りしめる。

「魔闘術――」

 深い呼吸。息を吸い、吐いていく。

 ただそれだけでセブンの体から漏れ出る魔力が消え去り、握った拳へと全てが注がれていく。哀れな幽体である凄腕剣士を見据えたまま拳を引いた。そして、セブンの姿が消える。幽玄の鞘から刀が抜き放たれ、凄まじい衝撃が幽玄の前方へと放たれた。全てが横薙ぎに引き裂かれ、地面も壁も天井も、何もかもが瓦解していく。

「奥義・幻楼瞬煉牙!」

 幽玄が奥義を放つと、瓦解した全てが吹き飛ばされた。洞窟となっている崖の――大地そのものが内部から穿たれたのだ。外の霧もいつの間にやら消え去っていて、日光が幽玄の体に注がれた。チン、と音を立てて幽玄が刀を鞘に納めると、その体が指先の方から塵になっていく。

「ここまでか」

「ああ、もうおやすみだ。――空圧し」

 ぽん、と力のない掌底が幽玄の背を押した。

 セブンは無傷のままで塵となり、崩れていく幽玄を見つめた。

「未練はもうない。心行くまで戦えたこと、我が誇りとしておいてやる」

「心残りはないな?」

「ないとは言えんが、満足した。セブン・ダッシュよ。――甘さを消せ」

 幽玄の体が完全に塵となって消え、そこに骨だけが残った。セブンがシュザリアの方を向いて彼女を抱え上げ、霧の晴れた森の中へと入っていった。

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