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No.37 幽玄谷の試練④

「ねえ、ここの洞窟のモンスターって地味に強くないっ!?」

 悪魔の懐刀(デモンズ・ナイフ)でゲル状の体をしたモンスターを切りつけてアークが叫ぶ。ガムトリというモンスターで丸い体に羽を生やしたコウモリのようなモンスターだ。口から幾つもの触手を伸ばすことが出来て、それで獲物を捕らえて捕食する。しかもガムドリは音をあまり出すことがなく、気付けば触手に捕らわれるということが多い。

「そうね。ここの土地と何か関係があるかも知れないわ」

 執行者エクスキューター・ガゼルを召喚してクロエは戦わせている。ガゼルは3人の中で一番の戦力で襲いくるモンスターを次から次へとなぎ倒している。クロエは六ツ目単眼(シックス・アイ)をかけて不自然な魔力の流れを追っている。

「土地って?」

 短い杖を武器にするシュザリアが尋ねた。魔術を使ってモンスターと応戦しているがあまり役立ってはいなかった。魔法陣を展開しても、展開方法を間違って訳の分からぬところに魔術をぶつけたり、魔力のコントロールを疎かにして暴発や不発を連発したりと劣等生としては見事なまでに役立たずだ。それでも時折、成功する魔術は簡単にモンスターを倒してしまう。

「谷に蔓延している霧はこの洞窟から漏れてる魔力に影響を受けているのよ。この魔力は極めて特殊な性質を持っていて、魔法陣に勝手に吸い込まれて威力を底上げしている。だからここに暮らしているモンスターもその影響を受けて含有魔力として体内に取り込むことで強化されている。――これがわたしの説」

「だとしたら、どうにかしてこの魔力を消さなきゃ。危なすぎるよ」

 ガムトリに足首を絡め取られ、アークは悪魔の懐刀を腰溜めから切り放った。すると刀身が伸びて3メートルは離れていたガムトリを両断する。触手が消えると、今度は深緑をした狼のモンスター・グリーンウルフが突っ込んでくる。ごわごわの体毛は魔術によるダメージを軽減されると言われていて、物理的ダメージしか受け付けないという厄介なモンスターだ。アークが身構えると横からガゼルが割り込んで手にしていた長い槍の一撃で仕留めて打ち捨てる。

「あ、ありがと……」

「いえ、刑を執行しているだけです」

 淡々とガゼルは答え、次の標的目掛けて勇んで駆け出す。一向は常に走りながらクロエに従って最深部を目指している。洞窟内の戦いにおける難点は強い魔術を使えば落盤して生き埋めになりかねないという点だった。それに行き着く先までの距離が分からないから魔力を節約しておかなければならない。

「近いわよ」

 そう、クロエが言った直後に洞窟が大きく揺れた。大きな音が洞窟の先から響いてくる。遠くない距離だった。

「何、何なの?」

「この先でセブンが誰かと戦ってるみたい」

 歩を止めてクロエが言う。しかし、悠長にしている時間もなかった。今の衝撃で天井や壁からぱらぱらと土や石が零れてくるようになったのだ。

「とにかく行くか戻るかしないと。ここで立ち止まっててもろくなことないよ」

 力をセーブした悪魔の息吹(デモンズ・ブレス)を放ってアークが言った。氷漬けになったモンスターにたじろいで後続の勢いが弱くなる。

「セブンがいるなら行こう! またはぐれたら今度こそ会えないよ、きっと!」

「そうね。シュザリアの言う通りかも……。ガゼル、モンスターを足止めしておいて」

「行こ!」

 アークが先頭を走り出した。前にいたモンスターが3人に気付くと、悪魔の懐刀を下段に構える。そして自身の魔力を核に込めて一気に切り上げる。

炎魔剣フレイム・ブレード!」

 刀身が伸び、そこに滾る炎が纏わりつく。ガムトリ2匹とグリーンウルフ1頭が焼き払われた。その火力は岩壁までも溶かし、洞窟を超高温で焦土にさえしようとした。

「熱っついッ!」

「ちょっと、アーク! 危ないでしょ!」

「さっさと行くわよ」

 そもそも悪魔の懐刀にはこのような能力はなかった。先ほども使った刀身を伸ばす能力に、自身の火の属性を加えた魔力を加えることで合成させたのだ。初めて使ったせいで加減が出来ずに魔術を使ったアークまで熱がってしまったのだ。

いにしえの炎エンシェント・フレイム――!」

 洞窟の狭い通路を左折し、その先にあった空間にセブンがいた。息を荒げながら魔法陣を展開したところだ。幽玄がまっすぐセブンに向かって行くが展開された魔法陣は幽玄を四方、さらに上下から囲んでしまってそれにより閉じ込められる。

「燃え散れ……昇華・赤翼炎儀(せきよくえんぎ)!」

 対象に向けて縦横から展開する魔法陣は立体魔法陣と呼ばれる。その中でも対象を閉じ込める形での六面を用いる魔法陣は最高難度の展開方法として知られていて、その威力も通常の展開より何倍も威力が上がる。セブンが発動したのもまた同様に超強力な魔術だった。六つの魔法陣からさざ波のように薄い赤色をした炎が漏れ出すと、それが魔法陣に囲まれた中で急速に形を成して無数の羽となる。それが激しく動き出すと幽玄に触れる度に激しく炸裂して燃え上がる。三分も激しい爆発が続くと魔法陣が消えた。

「はっ……はっ……」

 息を切らしながらセブンは黒い炭のように地面へ崩れ落ちた幽玄を見つめた。シュザリア達はいきなりの状況に戸惑いながら見守る。

「大した魔術だ……」

 手をつくことなく、ふわりと幽玄の体が起こされた。それまでの激闘で肉は削げ落ち、骨はむき出し。さらには焼け焦げた醜悪な肉体は死人とするに相応しい程だ。しかし、そこにはダメージを受けた疲弊などが感じられなかった。

「フォースよ、全くもって見事だ……。しかし、このおれを滅するには不十分。まだ魔界の猛者の方が強いというものだな」

「そうかい。……現代は平和なんだ。あんたの時代と違って……桁外れに強くなる理由がないんだよ」

 言い返すセブンだが満身創痍だった。魔力は残り少なくなっている。体力だってもう長くない。体には刀傷が多く刻まれて、刀傷独特の鋭い痛みが全身を駆け巡っている。

「言い分はもっともだが、どのような時代においても強さこそが至上。平和にかまけていることが理由にはなるまい。……丁度、貴様の連れも到着したようだがお前とは違って楽しめそうもないな」

 幽玄がシュザリア達に目をやってからつまらなそうに言う。実際、3人はレベルの違いを感じていた。普段からセブンの強さは断トツだというのに、そんなセブンが苦戦している様子なのだ。実戦で立体魔法陣を使うなんてそうそうあることではない。魔力の消費が半端ではない上に使用者への負担も大きいのだ。

「だが、あんただって終わりは近いんじゃないのか?」不意にセブンが口を開いた。「化けて出ている、今のあんたは誰かの魔力によって実体を保っている。その魔力を全部吹き飛ばされたら……消えるしかないんだろ?」

「おれ自身、どういう理由で時を経たこの時代にいるのかは分からん。しかし、ここにいればおれは生きているよりも快適に存在していられる。魔術師ではないから魔力についてはよく知らぬが、力だけは溢れてくるのだ。そう、まるで――魔界にいた頃のように」

 刀を一振りすると幽玄の肉体が光に包まれてあっという間に元の傷一つ無い姿になった。

「魔界……。そうか、この異常な魔力はそれが原因か……。幽玄、お前に一つだけ質問をする」

「何だ、フォース」

「死ぬ間際にお前は何か、特別なことをやらかしたはずだ。それは何だ?」

 質問の内容に幽玄は少しだけ目を細めた。アークが何か勘付いて周囲をきょろきょろと見やり、それからクロエに何かを耳打ちする。

「特別なこと……。三雄の一人、マックスとの一騎打ちで奥義を使った程度だな。我が奥義は全てを切り裂く究極の一振り。結果として敗北を喫したが、確かに奥義は放った。それが一体どうした?」

「恐らく、そいつで深魔の穴がこの地に作られた。あんたは魔術師ではないが確かに魔力を扱っている。それは今の戦いでしっかり確認した。そんなあんたが放つ奥義には莫大な魔力が付加されていたんだろう。その結果として魔界への通り道が、深魔の穴が作られて長い年月を経て徐々に谷全体に満ち溢れてきた。奥義が強い残留思念となり、意識としてだけあんたはここに縛られている。有害な魔力の性質を伴ってな」

 セブンの言葉にシュザリアは首を傾げる。全然意味が分からなかった。深魔の穴が一体、この状況にどう関連しているのだろう。

「つまり幽玄が深魔の穴を作ってしまって、その深魔の穴が幽玄自身に魔力を与えているってこと。封印されていない深魔の穴だから、悪影響がそこかしこに出ているでしょ? もしも、この仮説が正しいなら深魔の穴さえ封印すれば……幽玄は姿を保っていられなくなる」

 そうクロエが解説し、六ツ目単眼で深魔の穴を探す。幽玄が小さく口元を綻ばせた。

「なるほど。つまり、おれは今……魔界から溢れてくる魔力で保たれているのだな。それならば魔術師の真似事も出来るということか?」

 言った直後に幽玄が刀を持っていない左手を前へ出した。するとセブンの眼前に太い火柱が吹き上がる。驚いてセブンが後ずさると今度は地面から無数の棘が突き出された。

「やめろ、幽玄! そんなことをしたら……!」

「黙れ、フォースよ。おれは生来、盗賊だ。魔術師どもから、その魔術を盗んで何が悪い!」

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