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No.3 湖畔の村①

「もうすぐ着くよっ!」

 木々の間を縫ってアークが走る。それをシュザリアが追いかけて、小走りになった。

 深い森の中。しかし、柔らかな光が木漏れ日から落ちてきて、そこに不気味さはない。巨木が立ち並び、地面にはその太い根が飛び出していて歩きづらい。道が整備されていないのだ。セブンは後方を振り返った。

「クロエ、大丈夫か?」

「ええ、平気よ。それよりも、お姫様とおチビちゃんの方が危ないんじゃない? ――ほら、転んだ」

 セブンが再び前を見やると、木の根に躓いてアークが転んでいた。ため息をつき、セブンがそっちに向かう。後ろについていたのは第七班の4年生。クロエ・リュグルスハルト。背中まである長く、艶やかな黒髪はウェーブがかかっている。独特の雰囲気を放っていて、良く言えば妖艶。悪く言えば無気力そうなオーラを放っている。成績は上の中。足を引っ張っているのは朝寝坊による遅刻や欠課だ。セブンより1歳年上だが、落ち着いた物腰からはそれよりも年上に見える。シュザリアの救済措置に付き合わされて、やって来ていた。もっとも、休暇中の彼女の予定は睡眠というものだったのだが。

「あ、擦り剥いちゃった……」

 セブンに起こされ、アークが自分の膝を見て呟いた。ため息混じりにセブンが手の平に魔術を使い、手の平から水を溢れさせると、それで泥や砂粒を落とす。

「冷たくて気持ちいい」

「大した傷じゃないし、放っておけば治るな」

 流水で洗ってからセブンが傷口を見やり、そう判断を下す。アークのリュックから絆創膏を出して、それを貼り付けて処置を終わらせた。短くお礼を言ってから、アークがまた小走りする。懲りていないように見えてセブンが注意しかけたが、クロエがセブンの肩を軽く叩いて首を左右に振った。

「大丈夫よ」

「それならいいが……」

「転んで痛い目を見ても、それは自己責任。ちょっと過保護なんじゃない?」

「おれは怪我一つでもさせたら、思い切り叱られる環境にいたからな。抜けないんだよ」

「お姫様の世話係も大変なのね」

「まあ、な」

 再び歩き出す。森が開けて、明るくなった。見えてきた景色に少しだけ見とれ、何に納得するでもなくセブンは頷いた。――綺麗だ。森を抜けたそこは、湖の湖畔。美しい青色が向こうまで広がっていて、左手側の方に小さく村落が見えた。太陽の光に煌く水面。魚が跳ねて、波紋が広がる。鳥の囀りに、気持ちよく抜けていく風。長閑、という印象が強い。

「うわあ……」シュザリアが感激しながら声を漏らした。「すっごい……。アーク、ここでお祭りあるの?」

 風になびく金色の髪を押さえながらシュザリアが尋ねる。ぼんやりとセブンがシュザリアを眺めていると、その自分にはっとした。ぶるぶると頭を振るい、ぱんっと頬を叩く。

「あら、もう見とれるのは終わり?」

「気が抜けていただけだ。見とれてない」

 クロエに言い返してから、セブンが歩き出す。その後姿にクロエはくすりと笑いを漏らすのだった。


「ここが、ぼくの部屋。セブンは部屋一緒でいいよね?」

 アークに案内されたのは、狭い部屋だった。ベッドと机と、壁一面に本、本、本――。これが12歳の部屋とはにわかに思えないが流石はアークだとセブンは感心さえする。

「ああ、構わない。……それにしても、本ばかりだな」

「うん。だけどセブンは全部読まないでも分かっちゃうんじゃないの?」

 本棚に詰め込まれている本から、一冊出してアークが開く。タイトルは「魔術師の掟 ~常識から非常識まで~」というものだ。ぱらぱらとめくってからまた本棚に戻す。すでにアークは全て読み切って、頭の中に叩き込んである。飛び級入学しての主席、というのはこの勤勉さに支えられている。セブンも適当に本を手にして、中を覗いてみる。

「いや、おれも知らないことがたくさんある。だけど、あまり必要ない類のことじゃないか? どこでトロールの飼い方なんて必要になる?」

 セブンが手にした本のタイトルは「賢く育てるトロール」とされている。

「使う場所は知らないけどさ……。でも、面白いじゃない?」

「そうだな。興味深い。だけど、おれは残念ながら実用性重視なんだ。気が向いたら、読ませてもらう」

「うん」

 アークがセブンをリビングへと誘って、それについていく。アークの家に来ていた。村で唯一の本屋ということもあり、常に書物に囲まれて育った為にアークは貪婪な知識欲を有してしまった。そして、いつしかその知識はまだ解明されていない魔術理論へと向けられ、王立魔術学院ホワイトウイングの入学試験を受験したのだ。

「ここって凄いねー。本がたくさん……」

 リビングにシュザリアとクロエがいた。アークの母に出されたお茶を優雅に楽しんでいる。アークの父母は黒い髪をした優しそうな人たちだ。父は少し線が細く、頼りないような印象を受ける。母は恰幅のいい婦人で、快活な人柄だ。そして、このリビングの壁は全てが本棚になっている。そこにはぎっしりと本が並べられていて、本の重みで建物自体も少し傾いてしまっている。

「村で一つだけの本屋さんだから。お父さんも店番そっちのけで読書してるし」

 シュザリアに言い、アークが母を手伝ってお菓子をキッチンから運んでくる。素朴な見た目のクッキーだ。

「それにしても、皆さん、遠いところから大変だったでしょう?」

 アークの母が言う。普通、こういう対応には年長者がやるのだろうが、クロエはハーブティーを楽しんでいる最中だ。セブンが見かねて、穏やかな声で対応する。

「いえ、緑が多く、空気も湖も綺麗で、道中のことなど、この素晴らしい景色に比べれば何ということはありません。聡明なご子息も、この環境で育たれたからなのでしょうね」

「別人みたい……」

 セブンの応対にシュザリアが呟く。しかし、アークの母はその対応にすっかり気をよくして、「まあ、まあ、まあ」と連呼しながら照れる。

「聡明なご子息だなんて、ただの本の虫なのに……。それに、あの子はわたし達の子ではないんですよ」

「え? じゃあ、アークの両親って?」

 クッキーを口へ運ぶ手が止まり、シュザリアが問うた。アークは店の方に行っていて、この場にいない。クロエもハーブティーのカップから顔を上げる。セブンだけは無表情で腕を組んだまま、耳を傾けていた。

「主人の友人の子なんですよ。あの子の両親は事故で亡くなってしまって、引き取ったんです。でも、しんみりしないで下さい。ちゃんとあの子も受け止めて、その上でわたし達のことを本当の親のように思ってくれているんです」

 慈愛に満ちた、優しげで穏やかな表情。そこには少しも憂いの翳りは見えなかった。

「さあさ、明後日からお祭りがありますから、ゆっくりしていて下さい。それと……セブンさん?」

「はい、何でしょう?」

「あの子から届く手紙に、いつもあなたのことが書いてあるんです。毎日、お世話になっているようで……」

「いえ、何ということもありません。それに、本当に立派なご子息ですよ。……まあ、時々、騒々しいこともありますけど、12歳でホワイトウイングの主席になるなんて並大抵のことでないんですから」

 アークの母にセブンがそっと笑って見せた。そこへアークがぱたぱたと走って元気にやってくる。

「ねえ、外行かない?」

「行きたいっ。セブン、クロエ、行こう?」

 シュザリアが二人の腕を掴んで、引っ張っていく。苦笑するセブンと、少し面倒臭そうなクロエだった。

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