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No.29 契血印

「学長の思いつきって、これだから嫌い……。頑張りすぎちゃったよ……」

 城の医務室でアークはぶつぶつとセブンに愚痴をこぼした。一日だけ、様子見のために医務室に泊まった。幸いにも後遺症はなく、今は元気にぶつくさ言っている。

「おれだって色々と振り回されたんだ。被害者はお前だけじゃないさ」

 迎えにきたセブンは校医に挨拶を済ませ、アークの少ない荷物をすでにまとめて肩に担いでいる。

「セブンは何してたの?」

「殿下と六番の見張り。それと、学長との連絡。あとは自律命令魔法陣で作ったマジック・ドールに生徒全員を見晴らせて、それから……」

「もういいよ、セブン……」

 続けようとしたセブンをアークが遮った。セブンの方が自分よりも色々やっていた。それなのに愚痴をこぼすなんて、と少しだけ自己嫌悪に陥る。すると、セブンが苦笑いしながらアークの頭を一度撫でた。

「だけど、よく頑張ったな。実力差があって、それでも、五日間ずっと追いかけ続けて……。六番を相手にあれなら、上出来だ」

「ほ、ほんとに……?」

「ああ。――まあ、あいつの性格考えたら、挑発するのは頂けないけどな」

 ぐしゃ、と赤い髪の毛を乱してセブンが笑みを見せた。アークもいつもの笑顔を作り、白い歯を見せるとベッドから降りた。

「ねえ、そう言えばさ……セブンとダウンはどうして、七番とか、六番とかって呼び合ってるの?」

 医務室を出てからアークが素朴に疑問を投げつけた。すると、セブンが一瞬だけ表情を消し、それから今度は難しそうな顔を作って見せる。

「まあ……遅かれ早かれ、お前も知ることだからな……。部屋で、話してやるよ」

 それだけ言ってしまうと、セブンが歩調を早くした。後に着いていきながらアークは首を傾げる。セブンが何かを躊躇うなんてあまりないことだ。

「あ、セブン。ちょっと待って!」

 城の入口、玄関ホールのところでアークが掲示板に目をして呼び止めた。セブンが振り返るとすでにアークは掲示板の方へ小走りで向かっており、そちらを見やれば事務員キールが何かを丁度貼り付けていた。

「やあ、アーク。おめでとう、堂々の二位だよ」

 キールが掲示を終えてにこやかに言った。それから去っていく。セブンも掲示板へ近づくと、そこには先日の「殿下誘拐事件解決への功労者」という名目の「合宿」の結果が張り出されていた。メイジ誘拐事件はマクスウェルが仕組んだもので、より実践的に生徒の実力を判定するものだったのだが――蓋を開ければほんの数人しか、手柄らしい手柄を上げられなかった。クロエが一位で、アークが二位。ポイント制の評価になっているのだが、クロエは42ポイント。アークは37ポイント。とんで、三位はなんと8ポイントとなっているのだから、どれだけダウンが上手く逃げたのかが窺われる。

「やっぱりクロエには勝てない……」

「まあ、クロエは探索に優れた魔術具を持っていたからな。魔術具ならほぼ全員が持っているけど、やっぱり攻撃手段として持っているに過ぎない。補助系の魔術具がどれだけ現場では大切か、ってことだ」

「ふーん……」

「厳密には捜索、探索専門の魔術師とかがいるんだけどな。連中は五感どころか、第六感まで研ぎ澄まして対象を探し出す。魔導騎士にも一人いるけど、とんでもない奴だった。進路を見据えて、何を重点的に学ぶかが大事ってことだな。行くぞ、アーク」

 再びセブンが歩き出し、アークも掲示板から離れる。セブンの横に並んで歩きながら、また質問を投げかける。

「セブンはさ、何を重点的に学んでるの?」

「何も学んじゃいないさ」

「え?」

「おれはただ、シュザリアのお守りでここに入った。学ぶようなことは何もない。それどころか、この学院で教えられていることはほぼ全て自分の中に知識として持っている。まあ、専攻は魔術理論だけどな。それだっておれは年間、何本も論文発表してる身だ。寝てたって試験なんか余裕だ」

 違う次元。前々から感じてはいたが、やはりセブンは化物じみている。改めて感じ、アークはセブンの背中を見ながら歩いていった。


 寮の部屋に届いていた新聞を片手にセブンが自分の机に座る。アークはセブンから受け取った荷物を自分のベッドへ放り出した。部屋は以前、ダウンに荒らされたのに今はもう完璧に直っている。セブンが魔術で修復したのだ。

「それで、さっきのことだけどさ、セブン――」

「ドラスリアムが開戦を宣言っ!?」

 いきなりセブンが声を荒げた。アークもその言葉に目の色を変えて、新聞を食い入るように見るセブンの肩に後ろから寄りかかって紙面を見やった。

「開戦宣言の契血印が王城へ届けられた……?」

 アークが読み上げると、セブンが解説をしてくれた。

「何の効果もない、ただ光るだけの魔法陣なんだ。でも、それを発動するのに百人の人間の血が必要なんだ。血を吸わせた魔法陣は契血印と言って、何かの意思表明をする際に用いるものなんだ。グヴォルト帝国でも戴冠の儀などは契血印を発動させる仕来りになっている。でも、開戦の契血印は百人の人間の血が必要になる。この意味が分かるか?」

「簡単には、発動出来ない?」

「そう。つまり、それだけ重い宣言で、本気で仕掛けるっていうことだ。こうしちゃいられない。アーク、王城へ行くぞ。すぐに準備しろ。おれはシュザリアのところへ行く」

「え、でも、ぼく……!」

「王室付魔導騎士の名において命ずる。同行しろ」

 命令し、セブンが部屋を出て行った。ローブの背にある、王家の紋様を眺めながらアークは見送る。

「戦争……本当に始まっちゃうのかな……」

 緊張状態が長く続いていることは知っていたが、本当に始まってしまうということは想定出来ていなかった。いや、考えたくなかった。戦争になったら、自分はどうなってしまうのだろう。戦火の中に立ち尽くす自分の姿を想像してから俯いた。


「シュザリアっ!」

 大広間で食事をしていたシュザリアを見つけてセブンが怒鳴った。

「あ、セブン。どうしたの? アーク、大丈夫そう?」

「よく聞け、ドラスリアムと戦争が始まる。お前は王城へ戻るんだ」

 シュザリアのところまでセブンが走り、華奢な肩を正面から捕まえて言い放った。呆気に取られた碧の瞳。それから、首を少し傾げて言われたことを噛み砕き、消化をしていき――

「戦争っ!?」

 その声が聞こえた大広間の生徒たちがセブンとシュザリアに目を向けた。それからすぐにざわめき出してしまい、セブンがシュザリアの手を掴んで大広間を早足に出て行く。

「さっき届いた新聞に載っていた。いいか、シュザリア。まだ、どう転ぶかは分からないけど、これは緊急事態だ。軍事国家のドラスリアムが、しかも、ダウンからの情報によればフォースによってクーデターが起きた、そんな国が攻めてくる。全面戦争になれば、国中、あちこち戦禍を被る。安全な場所は王城だ。だから、すぐにでも行くぞ。いずれ、正式に向こうからも使者がくる。すぐに寮へ戻って荷物まとめろ。クロエにも声かけて、連れてきてくれ。おれは学長へ話を通しに行く」

 歩きながらセブンが言い、玄関ホールでシュザリアを向いた。

「でも、帰るのは留年か卒業した時だって約束……!」

「戦争が終わればまた戻ってくる。それに、戦場によってはこっちに避難をする場合だってある。とにかく、今は陛下の指示に従うのが先だ。いいな、シュザリア。おれはお前を守る義務がある。従え」

「そんなの……どうだっていいのに」

「そうもいかない。じゃあな。1時間後には荷物をまとめて城門へ来てくれ」

 そこでシュザリアと別れてセブンは学長室へ走っていった。まだ、生徒は戦争のニュースを耳にしていない者がほとんどらしい。しかし、すぐに広まってしまう。次に彼らと出会うのは戦場かも知れない――。嫌なことを考えてしまってから、余計なことを振り払うようにして学長室へ急いだ。

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