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No.28 決意と誓いの行方

「学長、生徒達による捜索も今日で五日……殿下はご無事でしょうか?」

 学長室に入ってきた女性教官に尋ねられ、マクスウェルは椅子に座ったまま目を細めた。

「そうですね……。ご無事であることを祈るしかありません。すでに陛下にはご報告をしましたが……そろそろ、限界ですかね」

「やはり、魔導騎士の派遣を要請した方がいいのでは?」

「魔導騎士なら、いるじゃあないですか」

「しかし、ダッシュはこの数日間、一切の連絡が繋がりません。やはり、17歳という年齢では……」

「アリエノールくん、滅多なことは言わない方がいいと思いますよ」

「はい……。それと学長、ファーストネームはご遠慮下さい。虫唾が走ります」

「それは厳しいですね」苦笑してから、マクスウェルが椅子の後ろにある本棚に向かった。「では、魔導騎士を要請しましょう。生徒を労って下さい。あとは、わたしがやります」

「分かりました。では、失礼します」

 アリエノール・フライツが学長室を出て行き、マクスウェルはぶ厚い本を手に取った。本となっている見た目だが、そのほとんどはくっついていて見開きで1ページしか読めるところはない。開いたところにあったのは複雑な紋様をした魔法陣だった。

「この試みは失敗ですかねえ……」

 小さく呟いてから描かれた魔法陣の上にマクスウェルが手を置くと一瞬でその姿が消え去った。


「そっち行った!」

「カブト、やって頂戴」

 アークが追い込んだ影を、曲がり角から飛び出したカブトが襲撃する。

万雷の箱(フラッシュ・ボックス)――」

 片手だけでその影はカブトを押さえ込んだ。そして、カブトを閉じ込めるように六面の魔法陣が現れるとその中で激しい雷光が閃く。影は、ダウンだ。脇に無造作にメイジを抱え、アークとクロエの追走から逃げている。

「カブト!」

「心配はありませんっ! それよりも、奴を……!」

 黒焦げになりながらも、カブトがクロエに言葉を返した。カブトはクロエが使役する使い魔の中でも打たれ強くて丈夫なのが特徴だ。ダウンの放った魔術は複雑な相関関係で威力が数倍にまで跳ね上がっているのに、表面を黒く焦がしただけで済んだのがその証拠。いくら使い魔と言えど、傷ついてしまうのは忍びないもの。心配が不必要だったと分かると、クロエはすぐに六ツ目単眼(シックス・アイ)をかけた。

「アーク、右っ!」

「了解。――悪魔の息吹(デモンズ・ブレス)!」

 腰溜めにした悪魔の懐刀(デモンズ・ナイフ)を振り切ると、強烈な冷気がアークから先の右方向へ放たれた。背の高い樹木が多い雑木林に氷河期でも訪れたかのような光景になる。葉も、幹も、枝も、土でさえも凍り付いてしまったのだ。しかし、木々を飛び移っていたダウンは魔術で防いでいた。

「魔術具……目障りな――」

「ダメです」

 魔法陣を展開させようとしたダウンにメイジが小さな声をかけた。メイジは抱えられたままだが、ただの演技だった。この場では誘拐されていることにしておかなければならない。微動だにせず、口だけ動かしてダウンを止める。

「誓いがある。今はそれに遵おう。――おい、貴様ら。もっと、楽しませろ。それとも、七番がいないと何も出来ないのか?」

 凍りついた太い枝に立ったまま、ダウンがアークとクロエを見下ろす。顔には黒い布を巻いたままだ。手がかりを追っていたアークとクロエは四日前にダウンへ近づいた。しかし、そこからはずっといたちごっこをする破目になっていた。どれだけ追いかけても、後少しでちっともダウンを捕まえられない。夜になると簡単に姿を消して、朝方になるとまた姿を発見する。アークとクロエはすでに疲労が限界まで達していたが、目の前にいるというだけで必死になって追いかけていた。

「そっちこそ、どうしてぼくらを蹴散らそうとしないの? セブンと同じくらい強いなら、そんなの朝飯前なんでしょ? それとも、ぼくらが怖い?」

 周囲の状況を伺いながらアークが挑発をする。こちらの目的はメイジの救出だ。それならば、向こうから近づいてきた方があり難い。クロエが空間移動魔法陣を敷けるというので、どうにかしてそこへダウンごとメイジを押し込めれば、後は学院にいるはずの教官たちがきっと上手くやってくれるはず。勝機はそれだけだった。

「ふざけろ。そこまで言うなら、試してやる。これを凌いだら、大人しくこの皇帝候補は返す。もしも、凌ぐことが出来なかったら――塵も残さずに消す」

「ダウン」

 また、小さくメイジが嗜める。だが、ダウンは少しも聞く耳を持たなかった。ポーカーフェイスのままアークとクロエを見下ろしている。

「そう。じゃあ、やってみなさいよ」

「クロエ……大丈夫なの?」

 小声で問うとクロエが小さく頷く。カブトならば大抵の魔術に耐えられる。そもそも、そういう使い魔なのだから。

「命知らずのバカどもめ……。望み通りにしてやる――」

 冷たく言い放ち、ダウンが片手を天へ掲げた。すると、四つの巨大な魔法陣が中空に展開される。一番上が最も大きく、そこから一回りずつ小さくなる。そして、四つ目になるとまた二回りほど大きくなる。それを見たアークとクロエが目を疑う。

「そんな……! これ、重複魔法陣で、しかも四つ重ね!? こんなの、悪魔の懐刀で吸収テイクオーバー出来る魔力量を超過してる!」

「カブトでも無理そうね……。アーク、どうしようかしら」

「し、知らない……。こんなの、どうしようも――」

 魔法陣が輝くと、空に暗雲が立ち込めた。目を瞑り、精神集中をしていたダウンがゆっくり瞼を押し開ける。そして、無情に言葉を発する。

「吠えろ。――雷虎召喚」

 巨大な雷が展開された魔法陣の内部を通る。

 正に一瞬。視界全てが白色に塗潰されたかと思うと、次に空と大地を揺るがすような轟音が鳴り響いた。訳も分からないまま、全身を衝撃が駆け抜けていく。五感全てが麻痺をして、何も知覚出来ない時間の中に放り出された。上下左右、色の区別、時間の感覚、音の有無、――自分の存在すらも、感じられない。


「やり過ぎですよ、ダウン」

 唐突にアークは意識がはっきりした。目の前に他でもない学長――マクスウェルがいて、自分の頭に触れていた。そのお陰で急に覚醒したのだと悟り、それから周囲を見て驚愕する。周囲一体、全てが薙ぎ倒れていた。悪魔の息吹などとは比較にならない広範囲、そして、その威力。周囲を地平線の向こうまで見渡すことが出来るのだ。地面はむらもなく真黒に焦げていて、その臭いが嫌でも鼻をつく。

「がく、ちょ……」

 声を出すと酷く掠れていた。

「今は何もしないで下さい。わたしが咄嗟に守りましたが、雷属性の術は五感にまで働きかけます。そこまでは防ぎ切れませんでした。すぐ、学院に帰れますから、頭を空っぽにでもしていて下さい。あなたもですよ、クロエ・リュグルスハルトさん」

 立ち上がろうとしていたクロエにマクスウェルが言い、軽く彼女の手を取って座らせてしまう。穏やかな笑顔のまま、険しい顔をしているクロエの頭にそっと手を当てるとすぐに眠ってしまった。

「さて、と……殿下。申し訳ありませんでした」

 ダウンを向いてマクスウェルが声をかける。すると、ダウンに守られていたメイジが自分の足で立った。

「どういうこと……ですか?」

「実は数週間前に陛下より、とある勅命を言い渡されまして。メイジ様に相応しい魔術師を紹介してくれ、という内容です。殿下の心優しい性格を知っておりましたので、きっと、誰をご紹介しても本心を押し殺して簡単にご了承してくださるのではないかと考えました。そこで、ご迷惑をおかけいたしましたが今回はテストをさせて頂きました」

「テスト?」

「はい。この五日間、ダウンと共にいるのがほとほとうんざりするようなことがありましたでしょうか? 何かあってはいけないと思い、一応ではありますが……ずっと、セブンを監視につけていましたが特にそれらしい問題はなかったと報告を受けております」

「セブンが……監視? でも、全然、そんなの……」

「勿論、気取られては意味がありませんから。例えどんなことを仰られたとしても、それはセブンが決して口外いたしませんのでご安心を。それで……ダウンはいかがでしょう? もしも、不満がありましたらまた別に見繕いますが、ダウンを……連れて行ってはくれませんか?」

 興味なさそうに腕を組んだまま、自分の後ろにいるダウンをメイジが振り返る。セブンとは違って優しくなければ、言うことを聞かなかったり、手加減をせずに魔術を放ったりもしたが、それでもメイジは文句などなかった。

「こんなに素晴らしい人材を、ぼくなんかに……よろしいのですか?」

「はい。それに……あなたが即位なされたら、国にいる全ての魔術師はあなたのものです。もっとも、殿下はお優しい心の持ち主ですから、そのようなことはどうでもいいのでしょうけれどね。――さて、わたしは早く学院に戻り、仕事を片付けなければなりません。陛下より、許可を頂いておりますので……ダウンと共にのんびり王城までお戻り下さい。猶予は二週間、だそうです。学院にお越し頂ければ、何でもいたしますのでよろしければどうぞ。それでは、失礼します」

 深くメイジに一礼すると、マクスウェルはその姿を一瞬で消してしまった。驚いてメイジが周囲を見やると、同じようにアークやクロエ、カブトもいなくなっていた。

「ダウン……あの誓い、ぼくはずっと守ります」

「誓いを破れば、その時はどうなっても知らん」

「はい」

「それと。……その気持ち悪い喋り方はおれの前でするんじゃない。行くぞ」

 ぶっきらぼうにダウンが片手を出すと、メイジがその手を握った。

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