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No.27 小悪魔の宴会

「次期皇帝候補のメイジ・J・グヴォルト殿下が、男子学生寮塔最上階セブン・ダッシュ、アーク・ディファルトの部屋で誘拐をされた。犯人は顔に布を巻いていた。強力な魔術を扱ったともされている。生徒、職員一同、直ちに殿下を捜索して保護をすること。尚、この件は学長から皇帝陛下へ報告をすることになるが、誰も外部へこのことを漏らしてはならない。見つけ出し、無事に保護した者には何よりにも勝る栄誉という名の褒章が贈られる。王立魔術学院ホワイトウイングの名にかけ、絶対に殿下を見つけ出すのだ」

 生徒全員が呼び出された城内の大ホール。生徒は普段は着用義務のない制服に袖を通している。白を基調にしたスーツのようなものだが、機動性を損なわぬように裾が少し詰められており、上着も肩から先がない。ベルトから伸びているチェーンにはそれぞれの扱う武器が繋がれている。特殊な魔術具で伸縮自在だ。揃いの物々しい格好。まるで軍隊。卒業生の半分以上が軍人となる進路を取るのだが、すでにこの魔術学院にいる時点で有事の際には様々な任務に駆り出されることになる。この服装はその時に着用することになる。整列をした状態で話を聞きながら、アークはずっと不安の色で顔を染め上げていた。

「ディファルト、お前のところにどうして殿下がいらっしゃったんだ?」

 横にいた年上の同級生が、アークを肘で突ついた。年下で、魔力許容量が少ないのに主席という立場にいるアーク。当然のように、それをよく思わない者もいた。

「何だっていいじゃん」

「セブン先輩の脇で甘い液ばっか吸いやがって。この役立たず。見てろ、おれが殿下を救い出して、お前の部屋を奪い取ってやる」

 ぞんざいに言い返したアークに向かって、その男子生徒は意地悪く笑みを浮かべた。細かな教官の指示が飛び交う。

「好きにしたら。……出来るならね」

 皮肉気な口調。舌打ちをしてから、その男子生徒は列から出て行ってしまった。もう、解散の命令が出ている。それぞれに殿下救出という目的を持って動き出している。セブンの姿が見えなかった。もう、すでに動き出しているのだろうと推測をし、ごった返す人の群れの中で目を凝らす。しかし、シュザリアもクロエも見当たらない。シュザリアは生徒である前にこの国の姫君だから、こういうことを免除されているのだろうか。クロエだって4年生。それなら、一人で何だって出来るようなもの。

「メイジ……。ごめん、ぼくが……ぼくのせいで……」

 小さく呟いてから、まだ小さな拳をぐっと握りしめた。それから、緊急で敷かれた転移魔法陣へ向かって歩き出す。この魔法陣は学院のある街の門に繋がっている。チェーンに繋がっている悪魔の懐刀(デモンズ・ナイフ)に目をやってから、白く輝く魔法陣に脚を踏み入れた。


「アーク殿でございますね」

 魔法陣から出たところで声をかけられ、アークが周囲をきょろきょろと見渡した。しかし、何もない。

「こちらです」

 声のした方――自分の足下を見やると、そこに兜があった。いや、厳密には違う。兜を被った、小さな何かだ。東洋にあるという国の資料を読んだ時に、こんな絵を見たことがある。三角形のような帽子。角を思わせる飾り物があって、黒々とした重量感を思わせる塗料が塗られている。そんな兜を被った、丸っこい生物が見上げている。何だか、可愛い生物だ。桃色をしていて、薄い毛が全身を覆っている。大きな丸い顔に短い手足がついていて、腰――なのであろうか、側面にこれまた短い剣を佩いている。

「えっと……どなた?」

「わたしはクロエ様の使い魔が一、カルアロディ・ブロウ・トエロウフィと申します。カブト、とクロエ様には呼ばれております」

「はあ……。それで、クロエがどうして? どこにいるの?」

 しゃがみ、カブトに目を合わせてアークが問う。

「クロエ様より、言伝ことづてを預かりました。主人の言葉を、そっくりそのまま、お伝えいたします。『セブンはどこ探してもいないみたい。シュザリアも探したけれど……あの子は、まあ、大丈夫ね。それでアーク。あなたはどうする? わたし一人だと、ちょっと大変だから手伝って欲しいんだけれど。一人でやれるなら、カブトにそう伝えて頂戴。手伝ってくれるなら、カブトに連れてきて貰って。』――と、いうことです」

「うん、分かった。……じゃあ、クロエのところに連れてって」

「ではわたしの手を」

 指のない、粘土で作った楕円形みたいな手をカブトが差し伸べ、アークはそれを握った。すると、ぐいっと引っ張られてカブトが兜の中へ吸い込まれてしまい、アークもそのまま一緒に飲み込まれた。全身を押し込められるような圧を感じながら、何かが光ってそこから飛び出て地面に転がった。

「痛ったい……」

「お帰り、カブト。荒くて悪いわね、アーク」

「クロエ?」

 体を起こすと、そこは見知らぬ森の中だった。倒木にクロエが腰掛けており、彼女の制服姿を初めて見たアークは何だか新鮮に感じる。金色をしたモノクルをかけ、周囲を見渡していた。

「それ、六ツ目単眼(シックス・アイ)?」

「そうよ。……詳しくなったのね、魔道具に」

 モノクルを取って、物珍しそうにするアークにクロエが渡した。

「うん。それは中期革命で量産された装身魔術具の一種だよね。装身魔術具は堂々と身につけても警戒されることがないし、ごく少量の魔力だけで発動出来るから便利なんだよね。これの効果は……情報透察と……やっぱり6つも効果があるんだ。便利だね、これ。しかもメイド・イン・フィルエル。魔術具の里のだし、高級品だよ」

「凄いじゃない。わたしも一時期、魔術具には興味持ったけど、魔術具の解読は出来なかったわよ。ましてメーカーなんてね」

「えへへー。――じゃなくてっ、メイジだよ!」

 モノクルを返し、アークが大きな声を出した。少しだけクロエが眉を顰めて、それから六ツ目単眼をまたかけた。

「分かってるわよ。男子寮塔からここまで、魔術の痕跡を追ってきたの」

「魔術の痕跡?」

「これを使えば分かるのよ、何となく。魔術を使った場所には大きな靄が出るの。それはその魔術を使った者から漏れ出たものだから、尾を引いていく。セブン並みにとんでもない量の靄だから、それだけ長く尾を引いてここまでは辿りついたの。それでここまで来たのはいいけど、とうとうその尾がなくなっちゃって。休憩してたら、カブトがあなたを連れてきた」

「そうなんだ……。この近くにいるのかな?」

「そうね。もしくは……ここを通ってずっと遠くまで行ったか。それにしても、変な誘拐犯ね。満足させることが向こうの提示した条件なんでしょう? 満足なんて……遊びたいのかしら」

「遊び?」

 周囲を見渡してから、アークがチェーンに繋いでいる悪魔の懐刀を抜いた。核に片手を置き、そっと目を瞑る。グランギューロに教わった悪魔の懐刀の第三の能力。試すのは初めてだ。

「何をするの?」

「見てて。――小悪魔の宴会(ゴブリン・パーティー)

 刀身が薄い緑色に輝き出し、そこから奇声を発しながら幼児くらいの大きさをした、小さな角を持つ悪魔が飛び出した。肌は緑色。粗末な布を前掛けにしていて、手には短めの棒を持っている。全部で6体。ゴブリン、と呼ばれる使い魔の一種だった。

「オイオイ、オレラヲ呼ンダノハオ前カヨッ!? ギャハハッ、きゃぱしてぃ超少ネーデヤンノ!」

 ゴブリンの一体がアークを見てから笑い出すと、一緒に出てきたゴブリンも下品な大笑いをする。クロエは渋い表情。呼び出した主人に対して、こうもバカにするのはよほど低俗な魔物ということだ。

「黙って。でなきゃ、サタンに報告するよ」

「ケッ、テメーミテーナがきンチョニ出来ルハズガネーダロ!」

「じゃ、刑罰ね。樽の刑」

 そうアークが言うとやたらとうるさいゴブリンがいきなり樽に包まれた。そのまま宙へぽーんと放り出されるように上って、5秒してから猛烈な勢いで落ちてきて樽が割れる。すると、ゴブリンはすっかり目を回しており、ふらふらと倒れ込むようにしながら服従を誓うようにしてアークの足下にひれ伏した。

「ナ、ナニガアッタンダヨ、キョーダイ!」「ダイジョーブカヨ!? コンナノ、タダノがきンチョダゾ!?」「タダノ樽ジャネーノカヨ!?」「死ヌンジャネーゾ! 頑張レヨ!?」

 こぞってゴブリンどもが心配するが、へろへろのゴブリンは首を左右に振ってから何かを近くのゴブリンに耳打ちした。

「ヘ……? アア、ウン……ナルホド、ソイデ……マジカヨッ、ソンナコトガアッタノカヨ!? ソレハヤベージャネーカ、オメーラ、従ッタ方ガイイゾ!」

 話がまとまったのか、ゴブリン達がアークを向いて整列すると敬礼のポーズを取る。額にあてがう手が逆なのだが。

「今、人捜しをしてる。その手がかりがこの辺にあるかも知れないから、見つけたら教えて。ぼくはやたらめったらに罰を与えないけど……真面目にやらなきゃ、今度はもっと酷い刑にするから。分かったら解散」

『ヘイ、ボス!』

 6体のゴブリンが散り散りに消えて、アークは疲れたような、外れくじを引いたような、そんな顔をして見せた。

「今のは小悪魔の宴会って言う効果なんだけど……ゴブリンって、扱うのが大変なんだね。まあ、ゴブリンに対しては絶対的優位になるような仕組みになってるんだけど……」

「ふふ、いいじゃない。賑やかで。ねえ、カブト?」

「わたしはあのような常識のない輩は嫌いであります」

 きっぱりとカブトが言い切り、アークは苦笑いをした。そして、心に決める。よっぽどのことがない限りは、ゴブリンを呼ばないようにしよう、と。

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