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No.24 「死ぬんじゃないぞ」

「――とんだ災難だったね。もう、体は平気かい?」

 キールに労われながら事務員室にセブンは入った。並べられた幾つかの机。どれも机上が整理されていて、書類や文具などが置かれている。キールがコーヒーを持ってきて、セブンに空いている机へ座るように促した。

「お蔭様で、当初の予定より2日も帰りが遅くなりました。シュザリアだけでも、それを公欠扱いにしといて下さい。補修はおれがやっておきます」

 さらりと言ってからセブンは出されたコーヒーを一瞥した。ミルクが入れられている。向かいに座ったキールは砂糖をスプーン3杯も入れているから、きっと甘いのだろう。少し考え、とりあえずカップに口をつけた。

「クロウ・ヴァリフルールさんから連絡を受けた時は、ぼくのクビが飛ぶんじゃないかって不安になってたよ。とにかく、無事に帰ってこられて良かった。ああ、そうだ。約束していた、お駄賃。きみからしたらはした金になっちゃいそうだけど、これで食べ歩きでもして」

 キールが自分の座っている机から封筒を出した。封筒を受け取ってからセブンは席を立つ。

「じゃあ、おれはこれで」

 軽く会釈をして、それからセブンは事務員室を出て行った。受け取った封筒を、廊下を歩きながら確認する。入っていたのは3000ルル。行き着けのレストランで一番安い料理を食べられるか、食べられないか、それくらいの額だ。何だか割に合わない気もしたが、考えないでおいた。

「セブンっ!」

 どんっと軽い衝撃が後ろからして、少しよろけるがセブンは転ぶことはなかった。背中にアークがくっついている。どうやら、後ろから全力疾走して飛びついてきたらしく、軽く息切れをしている。

「久しぶりだな、アーク」

「うん。ね、ガウセンフェルツってどうだった?」

「とりあえず、降りろ」デコピンをかまし、アークを引き剥がしてから歩き出す。「面倒臭い街だった」

 簡単な感想。アークは何だか拍子抜けた顔。セブンのことだから、魔業都市ガウセンフェルツについての雑学なんかをたくさん披露してくれると思っていたのだ。

「どんなだったの?」

「魔業がそこかしこにあった」

 どうにも話が膨らまない。首を傾げて、アークは理解した。セブンにとってはあまり良い印象ではなかったのだと。

「お前は? グランギューロ・グランエイドに弟子入り、だろ?」

「したよ。それでね、そうっ。魔術具作ってみたの。でも、師匠ってあれで意外と忙しい人だからさっさと帰っちゃって見せてないんだ。だから、見て、セブン」

「今夜な。おれは3分後に『応用魔術論 Ⅲ―B』だ」

 ぽんとアークの頭を軽く叩いてから、セブンは小さな講堂に入ってしまうのだった。


「クロエー、良かった、無事だったんだー」

 べったりくっつかれるのは長い黒髪にウェーブのかかったクロエ・リュグルスハルト。学院内の大食堂に彼女がいた。シュザリアが久しぶりに会えたのと、セブンには及ばないが宿題を手伝ってくれる彼女が復学したことに歓喜して猫か何かのようにくっついていた。

「ええ、ごめんなさいね、心配かけて。……元気だった?」

「勿論っ。クロエがいなくて寮にいるの寂しかったんだよー。これで夜のお喋りが出来るし、うん、おめでとう、クロエ」

「ふふ……ありがと。セブンとアークは……講義?」

 30メートルもある長いテーブルに並べられた、大量の食事。パンにスープに、肉に野菜に、魚や果物。バイキング形式で、好きなものを取って好きに食べる。昼食の時間帯は多くの学生がこれを利用する。

「うん、多分。2人とも主席だから大変だよね」

「そうね。でも主席になるといいことたくさんあるのよ?」

「そうなの? どんな?」

 シュザリアがオレンジに手を伸ばして尋ねる。クロエは海藻とエビのサラダを食べている。

「まず授業料が免除されるわね。寮の部屋も、本当は一番いいところを一人で独占出来るのよ。セブンとアークは一緒に使ってるみたいだけど、20平米の部屋を一人で使えるんだから、特権ね。しかも最上階で眺めが良くて、お風呂も広いし。学生には勿体ない部屋よ、主席のは。それに主席は最高学府への進学も出来るし、魔導師の職に就くことだって可能よ。まあ、セブンはすでに魔導騎士だからそんなのいらないんでしょうけど」

 へー、と相槌を打ちながらシュザリアはオレンジを咀嚼する。

「でも、クロエって第8席くらいだよね?」

 第8席――。それは学年の中で上から8番目の成績、ということを意味している。ちなみにこれは20席までしかなく、それ以下は厳密に順位を定められていない。シュザリアのような劣等生はどうしても教官や教授の目に留まってしまい、落ちこぼれのレッテルを貼られてしまうのだが。

「そうよ。それがどうかした?」

「主席は狙わないの?」

「当たり前じゃない」

「何で?」

「別に主席がどうとか、思ってないもの」

 きっぱりとクロエが言い切ってしまう。第8席という「成績優良者」に属する彼女が言ってしまうのだからそれを否定するのは難しい。主席になることのメリットを説明しておいてからの、この落差にシュザリアでさえも脱力した。クロエは、やはりクロエだった。

「そういえばシュザリア、掲示板の貼り紙見た?」

「貼り紙……? ううん、見てない。何かあったの?」

「合宿、やるみたい。全員で。班対抗魔術戦の振り替え企画ってあったけど、何かあったの?」

「あった……。え、合宿? 何、何をやるの、それ?」

「よく知らない。来週、空間転移魔法陣でどこかへ連れて行かれるって」

 えー、とシュザリアが苦い顔をした。まだ魔業都市へ行った疲れが残っている。それにきっと、合宿なんてことになってしまえば大変な目に遭う。それが分かりきっている。

「やだよー、合宿なんて……」

「噂だと班がバラバラにされるらしいわよ」

「えっ!? そしたらセブンに助けてもらえないじゃない!?」

「一説によると学年対抗バトルロイヤルとか、全校生徒による総当たり戦とか、面倒臭そうなのが目白押しね」

「う゛ー……」

 唸るシュザリアをクロエは楽しげに見る。そうしていると、気配に気づいて後ろを向いた。シュザリアは気づいていない。

「セブンがいないと真正の落ちこぼれになっちゃうのに……」

「それなら、いっそのこと、おれがいなくなって危機感持った方がいいんじゃないか?」

 背後からの声。振り向くのと同時に額にデコピンをされ、シュザリアは小さな悲鳴を上げた。

「久しぶりだな、クロエ。魔力酔いは?」

「最悪の気分だったわ」

「何はともあれ、ちゃんと退院出来て良かったな。お前のことだから、ずっと病院に居つくんじゃないかと思ってた」

「これでも結構、粘ったのよね」

 さらりとクロエが言う。苦笑しつつ、セブンはシュザリアに目をやった。

「合宿の件なら、さっき、おれに話が来たから内容を少し知ってる」

「本当っ!? ……て、何でセブンに話が来るの?」

「今回、おれは合宿の運営側に回る。……おれがいるところが優勝するのは必然だからな」

「うわー、すっごくナルシスト」

 シュザリアの額にデコピン。2発目のデコピンで痛がるシュザリアに小さなため息をついてから、セブンはクロエと目を合わせて肩をすくめた。

「とにかく、今回の合宿はあまりサポートを出来る立場にない。だから、来週までに」

「来週までに?」

「徹底的に鍛えてやる。ありがたく思え」

 言われたシュザリアはがっくりとうなだれてしまう。セブンに勉強に関する教えを請うことはあっても、鍛えられることを請いはしない。それはただ一つだけの理由。

「おれのしごきで、死ぬんじゃないぞ?」

 楽しげでありながら、どこかで残酷そうな表情をするセブン。特訓を請わない理由は、とびっきりのドSな内容になってしまうことが分かりきっているからだった。

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