No.23 魔業都市ガウセンフェルツ⑤
「――シュザリア、何故カットを試みた?」
そこは真っ白の部屋。壁も、天井も、カーテンも。魔業都市ガウセンフェルツの病院にある、病室。ベッドにいるのはセブンで、その傍らにはシュザリアが椅子に座っている。そして、彼女が持っているお皿にはやけにボコボコのリンゴ。――ウサギにしたかったらしいが、無残な姿になっている。
「女の子だから、嗜みとして」
「おれを練習台にしないでくれよ……」
はあ、とため息をついてからセブンがすでに褐色に変化したリンゴの欠片をつまんで、口へ運ぶ。味がさほど変わっていないのが救いだ。
「それにしても、大変な騒ぎだったんだね」
「お前はのうのうと寝てたけどな」
「セブンだって昨日まで眠ってたじゃない」
「おれは2万カセル近く、使ったんだよ。その分、回復には時間がかかる。睡眠時間が多くなるのも当然だ」
言いながらもセブンはシュザリアの切ったリンゴを結構な勢いで口へ詰め込む。と、病室の扉がノックされた。セブンとシュザリアが顔を向けると、扉が開けられる。無論、自動扉だ。
「こんにちは。お加減はいかがです?」入ってきたのは第1研究所の所長、クロウ・ヴァリフルール。「母が、大変な迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
クロウは、フレルダ・ヴァリフルールの一人息子。そして、この魔業都市では知らぬ者のいない、生粋の天才魔業技術者だ。事件のあった3日前、倒れたセブンをここの病室へ移動させたのも、煩雑な多くの手続きをこなしたのも、そして、事後処理をしたのも、全てが彼だった。
「気にするな、とは絶対に言えない。本人はのほほんとしてるが、王族の、しかも、次期帝位継承者候補を殺しかけたんだ。きっと、一生涯、獄からは出てこられない」
厳しい口調でセブンが言うも、シュザリアは難しい顔をしながら首を捻っている。シュザリアはフレルダのやらかしたことに対して、特にこれといった怒りも、悲しみも、呆れも、覚えていないのだ。身分の自覚をしていないと言えばその通りではあるが、彼女が他に類を見ない能天気だから、というのもあるだろう。
「はい。それは……分かっております」
持って来た見舞いの果物を置き、クロウが少しだけ俯く。だが、そこに悲哀はなかった。ただ、何かを仕方なしに受け取っているかのような表情。諦め――。
「どうして、あの人はあんなことしたの? 別にムリしてかき集めなくても良かったと思うんだけど」
たった今、クロウが持って来たお見舞いの入った籠からバナナを出すシュザリア。その皮をむいて、勝手に食べ始める。セブンはその行為に呆れながら、何も言わない。
「母は……焦っていました」
「焦ってた?」
「はい。魔業はこの半世紀で急激に発展し、未だに進化を続けております。しかし、最近になってからというもの、母はその進化が徐々に遅くなってきているのを感じ始めていました。いえ、正確には、母の中での意欲――とも違うかと思うのですが、とにかく、行き詰っていたようなのです。母は第4研究所を預かる人間ですから、重圧もあったのでしょう。わたしが第1研究所の所長となった頃から、余計、それが顕著になりました。様々な葛藤を抱えて、母は結果を、それも、とびきりのものを求めました。戦争になれば絶対に勝てるような兵器。魔術を超越出来る、最強の破壊兵器。そこで閃いたのでしょう。戦争を仮定し、敵方の魔術師を魔力吸引装置へと誘き寄せる。そして、魔力を搾り取り、それでもって強力無比な魔業砲をぶつける。そして、試作品を作り、しかし……人体実験などは禁止されていますからね。そこへあなた達がやって来て、母は好機だと思ったのでしょう。大義名分も、ありました。魔物の大群が、街のすぐ傍までやって来ている、という」
喋り、クロウが最後に頭を下げた。申し訳ありませんでした、と謝罪を口にしてから顔を上げる。
「ねー、セブン」
「何だ?」
バナナの皮をゴミ箱へ放り込み、シュザリアが口を開く。
「フレルダさん……無罪に出来ない?」
「んな――お前、バカかっ!? いや、バカだ!」
「そんな決め付けなくても……って、いつものことだっけ」
「バカって言われることに馴れるな。――じゃなくて、お前、ことの重大さが分かってないのか? 王族へ対しての、殺人未遂だ。国家反逆罪が適用される。あの場で、おれが殺したって、当然の状況だったんだ。ここで裁かなければ、法も、それだけじゃなくて王家や、国そのもの。あらゆる秩序が、保たれなくなる。お前が気にしないから、じゃあ無罪にしようなんてことじゃないんだ。法という秩序が失われて、王家への威厳も、失われるんだぞ」
「でも、それって必要?」
その言葉で、セブンは言葉を失う。
不必要のはずがない。なのに、平然と、シュザリアは言い切る。
「だってさ、王家への威厳って言っても……普通に生活してる分には全然感じられないじゃない。お城の中なら分かるけど、一歩、外に出て、普通の服を着たら……もう、威厳なんか感じないでしょ? 王族の誰でもさ。お父さんも、お母さんも、メイジも。それに威厳がなくても、世界が消えちゃうことはないし。ね、だから、いらないんじゃない?」
「……陛下に合わせる顔が完全になくなった……。どこでお前はそんなにバカになったんだよ……。甘やかしたのがそんなに悪かったのか……?」
頭を抱えるセブン。もう、どこから反論していいのかさえ分からなくなる。シュザリアはそこまで悩まれるとは思っていなかったらしく、ちょっと意外そうな顔をしている。
「この国は、大戦を治めた三雄が仕えていた領主が興した帝国ですからね。建国当時は無理やりにでも、権力というものを誇示して治国しなければなりませんでした。それによって、王家の威厳というものがとても大切にされる伝統になってきたのです。……わたしのような者の説明で、ご理解いただけましたでしょうか?」
クロウが口を挟むと、シュザリアが「へー」と相槌を打つ。分かったのか、そうでないのか、いまいち不明瞭な返事だ。
「とにかく、シュザリア。無罪放免なんていうのはムリだ」
「じゃあ、刑を軽くしてよ。のっぴきならない理由があったんだしさ」
「おれに言うな。陛下にでも相談するんだな」
「うーん……お城には帰りたくないしなあ……」
腕を組みながらシュザリアが考え込む。セブンがリンゴを手に取り、赤いその実を指で軽く弾く。それから軽く拭いて、齧りつく。
「そうだっ」
「どんな考えを思いついた? 期待しないで聞いてやるよ」
「メイジに来てもらえばいいと思わない? それで、伝言してもらうの」
「……アレが来られるはずないだろうが。伝言の為に呼び出すってのか?」
そっか、とシュザリアがつまらなそうに舌打ちをする。
「母は然るべき罰を受けるべきです。そして、それを終えてから、また……未来を歩めばいいと思っております。お心遣い、感謝いたします」
そうクロウが言って、シュザリアに微笑みを向けた。
「でも、お母さんが国家反逆罪なんだよ?」
「いえ、罪には罰です。罪を犯し、何も咎められないなんておかしな話です。きっと反省する意思さえあるのならば、極刑は免れるでしょう」
そう言い、クロウがセブンを見やった。言った言葉が合っているかどうか、確かめるようにして。小さくセブンは頷き、またリンゴを齧る。
「……それでは、これで失礼いたします。お大事に」
会釈をし、クロウが病室を出て行った。彼は病院を出ると、第1研究所へと向かう。歩きながら、袖を通している白衣のポケットから小さな魔業機器を出した。それは魔業遠隔用無線電話装置。――通称・ケータイ。
「わたしです。……フレルダ・ヴァリフルールの始末はつきました。……これより、計画の第二段階へ移行します」
雑踏を横切りながら、クロウが冷たい声を出した。笑みも消えていて、じっと虚空を見る。
『了解。ご苦労だったね、クロウ。適当に切り上げて、こっちへ』
ケータイからの返事。
「分かりました、――キール様」
返事をし、クロウがケータイをまた白衣に突っ込む。
「……魔導騎士セブン・ダッシュ、ですか。……楽しみが一つ、増えましたね――」
不敵に笑むクロウ・ヴァリフルール。柔らかな笑みには程遠い、にたりとした表情をしていた。