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No.21 魔業都市ガウセンフェルツ③

創造主の御魂(ゴッド・ウィル)まで使わせやがって……余計に魔業が嫌いになってきやがる」

 呟きながらセブンは額の汗を拭い、失神したフレルダを見下ろした。床から振り上げられている巨大な拳は彼女の真横に叩きつけられている。ただの大掛かりな脅しでしかなかったのだ。横たえられているシュザリアの方へ歩み寄り、その傍らにしゃがんだ。呼吸も脈も正常。どうやら、彼女に嵌めた銀のリングが効いたらしい。魔力の放出を抑える効果のある魔封具。それを与えることで、あれ以上に魔力の放出によって弱るのを防いだのだ。

「シュザリア、シュザリア……」そっと呼びかけ、シュザリアの頬を軽く叩く。「起きろ、帰るぞ」

 しかし、目を覚まさない。魔力の過剰放出は危険極まりない。魔術を使えば使うだけ、魔力は減る。それによって6割も失ってしまえば、意識が朦朧としてきてしまう。セブンも多量の魔力をあえて流出させていたが、まだ何とかなっていた。むしろ、いつも溜め込んでいる魔力を放出出来て、清々しさがある。

「ダメ、か……」

 一度深い眠りに落ちてしまえば、起こすことは途端に困難になる。シュザリアに限った話ではなく、魔術師がそうなるというのは通説だった。睡眠は効率よく魔力を回復することが出来るとされていて、魔力を失いかけた以上は本能的に睡眠を求めて起きることを拒む。セブンもすぐに寝てしまいたかったが、そうにもいかない。この第4研究所をどうにかしなければならない。仮にも自分の住む国の姫君から、非人道的に魔力を搾取しようとしたのだ。それに劣化版とは言え、深魔の穴が出来上がってしまった。その内に消えるのだろうが、封印のされていない深魔の穴は危険でしかない。大量に集まった魔力は深魔の穴となり、深魔の穴は勝手に魔力を増幅していくという性質がある。無限にそれが繰り返され、深魔の穴は物理を超えた遥か下にあると言われている魔界と繋がる。そうなれば続々と魔物が湧き出してきて危険だ。幸いにも、たかだか1500カセル程度で形成された劣化深魔の穴ならば、完璧に消し去れるのだろうが。

「所長、大変ですっ!」

 急に扉が開け放たれ、そこに白衣の研究員が入ってきた。しかし、倒れているフレルダと、唯一、無事のセブン。変わり果てた部屋の様子を見て、困惑する。

「な、これは……」

「第4研究所所長フレルダ・ヴァリフルールは国家反逆罪で拘束する。よって、この第4研究所の全権は一時的に王室付魔導騎士セブン・ダッシュが預かる」

「そんな……! 所長でなきゃ、止められない! とうとう魔物の大群が押し寄せてきたというのに、所長の魔業が完成していれば……!」

「魔物の大群? 詳しく話せ」

 シュザリアから銀のリングを取り上げ、自分の右手の人差し指へ嵌める。そして、白衣の研究員男性の胸倉を掴んだ。

「それとも、何も出来ずにガウセンフェルツを魔物によって壊滅させられるか?」

「……この数ヶ月間、近くに魔物の大群が住み着いていたんです。ここから西へずっと行ったところにある、天空の海に。その大群が少しずつ、こちらへ向かってきているのが分かっていたので所長は魔業の開発に、力を入れていました。そして、今日にもやってくることが予測出来ていたんです。所長は考えがあるから任せなさい、の一点張りで……。それなのに国家反逆罪だなんて、所長は何をされたのです!?」

 研究員の胸倉を放して、セブンは苦い表情で舌打ちをした。初めから事情を話していれば良かったものを、どうして意固地になったのだろうか。魔物相手ならば、それこそ魔業ではなくて魔術師の領分。――そこまで考え、セブンは自分の言い放った言葉を思い出した。


 ――おれは魔業が嫌いなんで。


 仮にも相手は魔業開発に心血を注いでいた研究者。それを魔術師が、それもかなり高位の立場にいながらも若造でしかないセブンが、否定した。逆の立場でセブンが魔術を研究し、魔業を目的としていたのならば、それほど頭にくる言葉はない。

「全部がおれのせいだってか……?」

 シュザリアを苦しめたのも、劣化深魔の穴を作って魔物を誘き出してしまったのも。

 冴えない考えが頭の中を埋め尽くす。どうしようもなく、下らないのは他でもなくて自分自身。

「外に、都市を囲んでいる、あのでかい門まで案内してくれ。おれがどうにかする」

「どうにかって、魔物の大群ですよ! いくら魔術師だって、およそ1000頭はいるかも知れない大群なのに――」

 セブンがそこで、研究員の胸倉をまた掴み、ぎらぎらした瞳を向けた。溢れんばかりの殺気を込めて、命令をする。

「ごたごた言わずに、連れて行け」

「……!」

 有無を言えず、研究員は慌てて走り出した。その後ろを追いかけながら、セブンは右手に嵌めた銀のリングを見つめる。1000頭もの魔物。普段なら、どうにかなると断言出来る。だが、今、セブンに残っている魔力はせいぜい5000カセルほど。ある程度、魔力を温存しておかないと劣化深魔の穴を消滅させられない。

「ちょっとだけ、力を解放するしかないか――?」

 銀のリングを見つめながら、セブンが呟く。奥の手ならば、まだある。自分は他でもない、フォースの最高傑作。戦争の為に作り出され、戦争の為の力を与えられた。このような状況が、想定されていないはずはない。それならば、この状態からも強くなることが出来る。きっと、必ず。――でも、と心のどこかで躊躇う自分がいた。それをして大丈夫なのだろうか、と。

「門を開けろ」

 先ほど通った門。守衛室から顔を出した守衛に言い、セブンが銀のリングをローブのポケットへ突っ込んだ。

「そんなことをしたら、魔物が雪崩れ込んでくるじゃないか!」

「なら、こうだ」

 強引に守衛の顔を出している窓から中へ入り、そのまま門の向こう側へ出て行く。門を通らず、守衛室を通過してしまったのだ。守衛が制止するのを少しも気に留めず、外へ出てしまうとその光景に眉を顰めた。

 魔業都市ガウセンフェルツは見晴らしのいい荒野のど真ん中に位置している。故に隠れられるような場所がなく、敵の発見も早かった。城塞都市としては、その方が都合も良かったのだろう。だが、それは時に敵方の戦力を一目見て、どれだけ絶望的かを思い知らせることにもなってしまう。この場合は、それだった。

 地平線、一面に黒々としたものがまっすぐ向かってきている。猪型の魔物や、狼の魔物。中には熊の魔物や、巨大な猫科らしき魔物も。種類も何もかもを無視し、ごった換えして、向かってきている。まだ距離はある。数キロメートルはあるだろう。だが、地響きや、何ともつかぬ怒号のような鳴き声。それらがとんでもない規模の大群なのだと伝えてくる。

「どうして、こんなことになってやがるんだ……?」

 呟きながら、前進した。あの量で突撃されれば、すぐに街を守る門は陥落する。外門に設置された魔業砲からは幾度となく、魔力の塊でもって砲撃されているのだが、魔物の大群は怯む様子を見せていない。

「いくら封印されていない深魔の穴って言っても、あんな小さなものがこの量の魔物を、一度に誘き寄せたなんて……。絶対に裏がある……。天空の海に奴らは突然現れた。天空の海って言えば、浅い水面が空を反射させる広大な砂浜。クラウンクラブの生息地。……クラウンクラブは、どうして森の中に大量発生した? 棲家を追われたから? だとしたら、どうして魔物の大群が突然……」

 考えを必死にまとめようとするのだが、まとまらない。決定打が欠ける。裏に、何かがある。そうとしか思えない。偶然だとすれば、それは出来すぎている。そこまで仮の結論を出してから、セブンは大きく息を吸った。

「何にせよ、今は目の前のことを片付けなきゃな」

 駆け出して、セブンは片手を振り上げた。その手に片刃の剣が現れ、それを握りしめる。剣と龍をモチーフにしたレリーフが彫られた、帝国軍の佐官以上が持つことを許される魔術具の剣。下段に剣を構えながら、セブンはスピードを上げた。風と共に走り、さらに追い越す。

「全部まとめて、足止めだ。――狂気の一線(クレイジー・ライン)

 魔術を発動する。極端な楕円形で、それは一本の線のようにセブンの踵の後ろへ横向きに広がった。

「その線越えたら、痛いぜ?」

 宣告してから、先頭にいた魔物へ斬りかかった。

 赤黒い血が飛び散り、セブンに付着する。しかし、そんなことを少しも気に留めず、体を翻して次々と魔物へ刃を突きたてていった。

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