No.20 笑顔を守る-A few years ago
「――きみが、お姫様?」
ずっと昔、初めて見たのはまだ城の中にいた頃だった。
いかつい顔をしながらも何かと慌てふためく大人しかいなかった。そこに突如としてやって来た少年。爽やかな短髪は淡い緑色。同い年くらいなのに落ち着いていて、彼女をじろじろと見た。品定めをするように。それから、彼を連れてきた、国で一番偉い皇帝に向かって言い放った。
「これ、本当にお姫様?」
これ、呼ばわりである。仮にも一国の姫君のことを。そして、彼女を娘に持つ皇帝に向かって。周囲の、普段ならば仏頂面を崩さないような大人までもが雷に打たれたような驚愕の顔をして固まった。そして、皇帝が少年の前にしゃがむ。
「そうだ。そして、きみが一番大切にしなければいけない人だ」
「どうして?」まっすぐ少年は皇帝を見つめて問いかける。「どうして、自分を差し置いて一番大切にしなければならないのかを教えて」
「きみはこれから、フォースではなくて、一人の男の子として生きることになる。そして、男の子は女の子を守る義務がある」
「男の子として生きる……。守る義務……。それで、どうやって守ればいい?」
「その内、自然と分かってくることだ。一つだけ、アドバイスをしてあげよう。わたしからの、願いとして受け取ってもらっても構わない。いや。そうなればいいと切実に思っている。シュザリアの笑顔を守ってくれ」
「シュザリアの、笑顔――」
皇帝から目を逸らし、彼女を見やる。と、そこには両手で顔を潰すようにして、いわゆる変顔をしていた少女。それを見た少年が言葉を失くして、それから皇帝をちらと見た。しかし、彼は目を細めて見守っている。
「じゃあ、お嫁さんに貰っていい?」
「えっ!?」
少女が驚き、手を放してセブンを見つめる。
「嘘。――セブン・ダッシュ。名前。きみの笑顔を守ることを約束するから」
小さな手を差し出して、セブンが言う。頬を赤く染めながら、少女がその手をそっと握った。
「キャパシティが90カセル。王族って凄い」
「そうだろう? わたしの自慢の娘だ」
「そういうのを親ばかって言うの?」
「……シュザリア、手を放しなさい」
父に言われ、少女がセブンと繋いだ手を放した。直後、皇帝の拳骨がセブンの脳天に落とされる。ゴンッと重い音がし、セブンはそのまま床へ目を落としてしまう。頭を両手で押さえ、顔を上げる。
「間違ったことをすれば、叱る。これは親として当然のこと。セブン、目上の人間には丁寧な言葉を心がけなさい」
「丁寧な言葉……。分かりましたでございますです」
「まあ、最初はその程度なのだろう。……シュザリア、セブンと遊んでおいで。好きな場所へ行って構わない」
少女に皇帝が言うと、彼女はセブンの手を取って赤絨毯を走っていった。手を引かれながらセブンは何度も皇帝を振り返り、やがて廊下の角を曲がって姿を消した。
「陛下、よろしいのですか? 子供とは言え、フォース。彼は生まれながらの戦争兵器ですよ」
体のサイズよりも大きな法衣を着て、皇帝の傍らに歩み出たのはマクスウェル・ホワイト。柔らかな微笑みを浮かべたまま、やんわりと言った。
「生れ落ちたのだ。生まれる前に定義されていたことなど、関係なかろう。彼の存在意義は、彼が決める。それに彼を兵器とするつもりは毛頭ない。シュザリアだけの騎士にでも、なって欲しいものだ」
「そして、彼を次代の皇帝にでもするのですか? 先ほど、彼女を嫁に貰うと言った時は何とも清々しい顔をしておられましたが」
「どこに悪いところがある? 我が娘を、嫁に欲しいと言った。男ならば、当然だろう」
「なる程、親ばかと言うのは確かに的を得ていたのですね。ああ、わたしは拳骨をされる年齢でもないので、ご遠慮を」
「お前から拳骨を貰ったことはあるのだがな。……もう、何十年も昔のことだが」
「ははは、わたしはこれでも、うん百年生きていますから。さて、彼を無事に引き渡したことですし、わたしはこのあたりでお暇いたしましょう。それでは、陛下――」マクスウェルが踵を返したが、その肩をがしっと掴まれる。「陛下? 何か、他に御用があるのですか?」
「今はまだ子供だが、これからもっと彼は強く成長すると思っている。あと5年、10年と経過した時に力の制御が出来ないほどの魔力を持ってしまったら、それをコントロールする必要があるとわたしは強く、それはもうお前くらいに強く思う。とっても強いと、思わないかね?」
「制御する力をつけるのは、それはそれは、難しいことです。ただ力をつける、その何倍も。しかし、簡単なことではないのでしょう。わたしも苦労いたしました」
「そこで、だ。お前に一つ、頼みたいことがある。必ず一定量以上の魔力を残して、それ以上の魔力を決して体外に出さぬような……そうだな。指輪。そんなものを作り、セブンに与えたい」
「魔力に蓋をするのですね? しかし、それでは健全な成長が妨げられてしまうかと思いますが」
「何かあった時だけつければ良かろう? さあ、頼んだぞ。勅命、だ――」
皇帝が言い、マクスウェルは少しだけ肩をすくめて見せた。それから恭しく一礼し、右手に嵌めていた銀のリングを差し出す。
「魔封具と言います。これさえつければ、キャパシティの6割は必ず温存されます。それ以下になっていたとしても、それ以降の魔力の流出は完璧に抑えこみます。これで、よろしいでしょうか?」
「流石だな。お前ほど頼りになる魔術師は国でも、いや、世界から見ても少ないだろう」
「お褒めのお言葉、ありがたく頂戴します。ですが、まあ、少しは自重というものをお知りになってください、陛下」
「一言多いな、腹黒魔術師」
「そのようなことはございません。少し、口が柔らかなだけです。年でしょうかね」
あきれ返る皇帝をよそに、今度こそマクスウェルが帰っていった。手の中のリングを見つめ、皇帝は幼い2人の顔を思い起こす。
「誰にもやらぬぞ、シュザリアは。帝位はあれに譲ればいいのだ――」
うむ、と満足そうに頷いてから皇帝は部下に銀のリングを預け、玉座の間へと戻っていった。