No.2 及ばない30点と救済措置
「あ、これ美味しい」
「そうだな。食材の旨味がよく出てる」
セブンとシュザリアの食事は基本的に高級レストランだ。王立魔術学院ホワイトウイングは全寮制学院で、厳しい適性検査などを潜り抜けた者しか入学出来ないというエリートの集う学院であり、学費を始めとして寮の維持費や教科書代など、多くが削減されている。校舎はその昔、王城であった古城を利用しており、その城下町もそのまま残っている。いにしえの都は学生の街となり、その街に似つかわしくない超高級レストランが一軒だけあるのだが、ここに出入りする人間はセレブリティやブルジョワなどの大金持ち。そんな場所でいつも食事するセブンはその頭脳を評価されて、多くの魔術理論の論文を発表し、学生の身でありながらも豪遊出来るだけの貯蓄がある。そしてシュザリアはこの国の姫君であり、ほとんどの施設を顔パスで無料利用出来てしまう、多くの点を含めて桁違いの人間だ。
「ね、セブン。明日の追試が終わったら、長期休暇になるんだよね」
「ああ。……もっとも、退学になればお前は元の王城へ連れ戻されるのだろうがな」
「そんなこと言わないでよっ。……とにかく、お休みになったら皆でどこか遊びに行こう」
「どこか、なあ……。おれはどこへでも付いていく義務があるものの、アークとクロエにはちゃんと前もって伝えろよ。アークは里帰りする必要があるだろうし、クロエだってもう予定を立ててるかも知れない」
白身魚のソテーを口にして、セブンが言う。赤絨毯に白い壁。豪華なシャンデリア。静かな二人だけの空間。学生には贅沢過ぎる場だ。
「えー? そんなのヤダ。第七班の皆で行くから、いいんだから」
「だから、それをアークとクロエに伝えておけ、って言ってるんだよ」
「じゃあ、クロエには言っとくからアークに言っておいてよ。同じ部屋だし。ね?」
寮の部屋は基本的に二人部屋だ。4学年を縦割りにした班で活動することが多い為、同じ班同士が二人ずつで寮の部屋を使う。セブンは飛び級入学した天才1年生と同じ部屋だ。
「伝えるだけ、伝えておこう。だけど、その前にはお前は明日の追試だ。もしも、点数取れなかったら、遊びに行くどころじゃなくなるからな? お前は自衛手段としての魔術を学ぶ為に入学を許可されて、成績不振なら即刻、王城へ戻されるっていう約束を陛下としているんだから」
「分かってるよ。……でも、最悪、またお城に連れ戻されたってセブンに誘拐してもらうから。そのつもりでいてね」
「おれを犯罪者にしないでくれ。……ま、その時は何とかしてやるけどな。だけど追試はしっかりやれ。いいな?」
「もちろんっ。セブンに教えてもらったし、明日はばっちりだよ」
「上下相関関係の魔法陣の威力はどうなる?」
「……。えっと、2倍?」
「それは重複魔法陣だ。正解は3倍。……本当に大丈夫なのか?」
もしかしたら、本当に誘拐する破目になるかも知れない――。そんな一抹の不安を抱かざるをえないセブンだった。
「……まだ9時、か……」
寮の部屋にあるベッドで寝返りを打つセブン。同じ部屋の住人、12歳の少年アーク・ディファルトがそんなセブンを見て声をかけた。
「そんなにシュザリアのこと気にしてるの? セブン」
アークは深紅の髪をした少年で、可愛い顔をしている。一丁前にアシンメトリーの髪型で、やけに右側ばかり髪が長い。半ズボンから覗く膝小僧は年相応のもので、満面の笑みは張りのある肌、それに無邪気な笑みなど、「少年」を地でいく少年だ。
「ん、ああ……。何たって、追試が上手くいってもらわないと誘拐犯にならざるをえないからな」
「ゆ、誘拐犯……? どうしてそうなっちゃうの?」
「こっちの話だ。気にするな。……お前、休暇はどこか行くのか?」
昨夜のシュザリアとの会話を思い出し、セブンが尋ねた。アークは現在進行形で、荷造りをしている。もっとも、3週間で学校は始まるからそれほど多くの荷物ではない。自分の体よりも大きいリュックサックに服や教科書をとにかくたくさん詰め込んでいるが、ちゃんと整理しないで入れているせいでパンパンに膨らんでいる。成績は優秀だが、その辺はまだまだ子供らしい。
「うん、実家に帰るよ」
「そうか。シュザリアが班でどこか遊びに行きたいとか言っていたから、声をかけたが、それなら仕方ないな」
特にやることもないので、セブンはアークの荷造りを手伝う。リュックに詰め込まれていたものを取り出して、きちんと服を畳んでいく。そうしてから、きちんと詰め込んでいけばそれまでアークが苦戦していた「嵩張り」という名の敵は簡単にいなくなった。まさに魔術のように簡単にやったセブンに、アークは感心する。
「いいなあ……。ぼくもどっか遊びに行きたい。でも、お母さんとお父さんにちゃんと顔見せなきゃだし……」
「まあ、また今度の休みでもいいんだ。そう気を落と――」
「そうだっ! ぼくの故郷でね、お祭りあるんだ。皆で、それ見にくれば? ぼくの村も緑がたくさんあって、湖も近くにあるの。綺麗で、泳いでる魚も見えるんだよ。お祭りでね、湖の上を火の魔術で花火がいくつも走るの。湖に反射して、すっごく綺麗なの。だから、皆で行こうよ!」
アークがセブンに飛びつき、明るい笑顔で言う。それを聞きながらセブンは相槌を打ってやる。まだ幼いアークがホームシックになっていないのは、勉強熱心なのに加えて、セブンやシュザリアといった同じ班の人のお陰なのだ。寂しさに耐え切れなくなると、アークはセブンに魔術を教わりにくる。勉強をしたり、話を聞いたりして、紛らわすのだ。でも、決して口にはしない。その健気さを知っているから、セブンはアークを可愛がっていた。
「あとは、クロエ次第だな」
「クロエは大丈夫だよ。いつも、お昼寝してばかりだもん」
「その昼寝を優先されても、困るだろう?」
「そうだね。でも、本当にお祭りは楽しいんだよ。花火の他にも、いっぱい催しはあってね、それでね……」
アークのマシンガントークを笑いながら聞き、セブンは窓の向こうに見える古城を見やった。今頃、シュザリアは試験の真っ最中。補修の成果が出ればいいのだが――。
「シュザリアくん、採点が終わりましたよ」
試験後、その会場で待たされていたシュザリアのところへ空色をした髪の男性がやって来た。穏やかな顔立ちをした、若い男性。20代にしか見えない。ゆったりとした法衣をその身に纏っている。その手にはシュザリアの答案があり、緩やかな笑みを携えたままシュザリアの隣に座った。
「学長……。え、学長が採点してくれたんですか?」
「はい。たまには、と思いまして。さて、気になる採点結果なのですが……」
マクスウェル・ホワイト。この王立魔術学院ホワイトウイングの学長にして、国で一番の魔術師とされる存在だ。ちなみに長い年月を生きていることでも有名なのだが、彼の姿がある肖像画や写真などは、全て同じ年齢で写っている。莫大な時間を全く変化しない姿のままで過ごしているのだ。
「お見事でしたよ」
「本当ですかっ!?」マクスウェルに答案を渡され、そこにシュザリアが目を落とす。「――って、51点……。これってぎりぎりですよね?」
「そうですね。200満点中の51点というのはかろうじて4分の1を正解したということになりますから。ちなみに問題は全て四択ですから、適当にやったとしてもこれくらいは確率上だと普通に取れることになります」
丁寧な説明を受けて、シュザリアは苦い顔をした。セブンに教わったことはそっくりそのまま出題されたものの、その他は全然出来なかったのだ。採点された答案を見ても、セブンに教わったところだけでは20点しか取れていない。他は全て、勘だ。
「まあ、でも、これで合格なら――」
「合格とは一言も言っていませんよ?」
一安心しようとしていたシュザリアが、遮られたマクスウェルの言葉で固まった。合格では、ない。と、いうことは成績不振で退学となり――。
「ええっ!? だって、お見事って言ったじゃないですか!?」
「はい、お見事でしたよ。たったの5点しか取れなかったのに、それが10倍近くまでの点数になったのですから。お見事です。しかし、200満点中の51点というのは残念ながら、まだ赤点ラインなのです。我が学院では赤点を平均点の半分未満としていますからね。今回のテストでの平均点は162点。その半分だと81点必要なのです。つまり、シュザリアくんは残念ながらあと30点足りないのです」
「……全然ぎりぎりじゃない……?」
「はい。30点は大きいですからね。残念ですが、陛下とのお約束に基づいて、きみを王城へ帰さなければなりません」
「そんな、嫌っ。お願い、学長っ。何か救済措置をお願いしますっ! そうだ、うん、セブンが何でもしてくれますからっ!」
何故かここでセブンを引き合いに出すシュザリア。だが、マクスウェルがそれに反応して、またにこやかに笑った。そうですね、ともったいぶった言い方をしながら窓の向こうを見やる。城から離れた男子寮になっている塔が見えた。
「では、こうしましょう。シュザリアくんは第七班でしたね。第七班にはわたしのお仕事を少しだけ手伝ってもらうとしましょう」
「それで救済措置取ってくれるんですか!?」
「はい。それをちゃんとこなしたら、30点分をカバーしましょう」
「学長ー、大好きですー。ありがとうございますっ。それで、何をすればいいんですか?」
明るい笑顔を向けながらシュザリアが尋ねた。
「第七班にアークくんがいましたね。彼の故郷で催されるお祭りに、わたしの代わりに出席してきてください。わたしみたいなお年よりが出向くよりも、きみのような若くて可愛い女の子の方が喜ばれるでしょうから。それでは、シュザリアくん。お願いしましたよ?」
マクスウェルがそう言うと、シュザリアが頷いた。だが、何ともなしにした瞬きの後、マクスウェルの姿がそこから消え去っていた。教室の扉は閉められたままで、どこにもマクスウェルの姿がない。流石は国一番の魔術師、としばらくシュザリアは感心しながら呆けていたが、すぐに救済措置のことを思い出して、駆け出した。