No.18 魔業都市ガウセンフェルツ①
「何回来ても、ここって凄い……」
ぽかんと口を開けたままシュザリアが呟いた。
魔業都市ガウセンフェルツ。それはグヴォルト国内で最も魔業技術の発達した都市。大きな川の近くにその巨大な街はある。すっぽりと街の外を魔業の壁で多い、360度、空も含めてどこからでも外敵の侵入を防ぐことが出来る。魔業都市としても名高いが、これは魔業発達以前の城砦都市としての名残でもある。そんな魔業都市の外門に2人はいた。大きな扉。縦80メートル、横36メートルもある。それは勿論、魔業で開閉するようになっている。門の横にある守衛室にセブンが話をつけている。
「第4研究所に所用がある。身分の証明は王立魔術学院ホワイトウイングの事務員キールに問い合わせてくれ。セブン・ダッシュと、シュザリア・S・グヴォルトだ」
「ああ、きみらかい。それなら、もう連絡が来ているよ。今、門を開けるから少し待っててくれ」
守衛が言い、魔業外門のスイッチを押す。すると、音もないままに門が3メートルほど上がった。セブンが短く礼を言い、見とれるシュザリアを連れて中へと入る。
「用事のあるのは第4研究所だ。さっさと手紙を届けたら、帰るぞ」
「えー? 観光は?」
「ここまで来るのに5日。今日だけ、ゆっくりして、また帰りに5日。合計で11日も学校を休むことになっている。ただでさえ、学業不振のお前がこれ以上休んだら、取り返しのつかないことになるぞ」
「じゃあ、今日と明日観光して、明後日は観光の片手に転移魔法陣の手続きして、明々後日に帰るって言うのは?」
「バカ姫」
シュザリアにデコピンをし、セブンは道を歩き出す。高い建物が多いせいで、空を見上げても青色があまり見えない。街中の至るところに魔業があり、それは動く歩道であったり、魔業遠隔映像再生装置であったりと、この都市ならではのものばかりだ。セブンはとりあえずホテルへ向かい、その建物の重量感知式魔業自動扉を通った。中は明るい光に満ちていて、魔業による空調が利いていた。
「魔業って凄いねー」
「……おれは嫌いだ」
言いやってから、受付でセブンは部屋を取る。そして、魔業昇降機があるのに使わず、わざわざ階段で上がっていく。シュザリアも文句を言いながら続き、6階のスイートルームに来て荷物を置いた。
「セブンって何で魔業嫌いなの? お年寄りの魔術師でもないのにさ」
「魔業が出来る大抵のことは、魔術師だって出来るんだ。それをわざわざ、無闇にスペースを取って、あたかもこれが進化だとばかりに見せ付けられたってウザい。確かに体系化された今の魔術、魔法陣を用いている限りでは、部屋を涼しくすることは出来ても、勝手に開く扉は作れない。けど昔の魔術ならそれこそ、思いのままに環境を変えることが出来る。アークの村でも見せたろう? 土地密着型魔術を使えば創造主にさえなれるとまで言われていた」
「でも、皆が皆魔術を使える訳でもないから……魔業は受け入れられているんでしょ?」
「……お前にしては冴えたことを言うんだな。確かに魔業は魔術の素養がない者でも手軽に扱える。それが強みであって、魔術至上主義派には完全に否定出来ないところだ」
「魔術至上主義派って……セブンの他にその派閥っているの?」
「学会の常連はほとんどがこれだ」
言い切り、それからセブンが必要な荷物だけを持った。手紙と金と、身分証明代わりのリング。薄手のローブの襟を少し直して、シュザリアを振り返って言った。
「行くぞ。こんな街、おれは長居したくないんだ」
「セブンって我侭……」
「お前に比べりゃ何てことはないけどな」
2人が揃って部屋を出て行く。そして、また階段を使って1階まで降りるのだった。
「ここ、第4研究所では魔業兵器の開発をしています。外門に設置されたほとんどの魔業兵器はここで作りだされました。ドラスリアムの侵攻に備え、日夜、強力な殲滅兵器を開発しています」
一本調子の女性の声。魔業録音装置によって何度も繰り返されているアナウンス。セブンとシュザリアが目の前にしている、大きな工場の入口に設置されていた。受付に話をつけ、手紙を渡したら終わり。――と、いうのがセブンの思い描いていたものだったのだが、手紙はどうやら重要なものらしく手渡ししなければならなかったのだ。その為、この第4研究所の所長なる人物を待たせてもらっていた。
「セブン、中を見学しなくていいの?」
「したくない」
「しようよー。折角、見学をしてもいいって言ってくれたんだから」
「そりゃあそうだろうさ。王室付魔導騎士と、姫君がやって来たんだ。魔業兵器とやらの性能を見せつけて、あわよくばって魂胆なんだろう。魔業は歴史こそ浅いが、その普及率は異常だ。学院にも幾つかあるし、ガウセンフェルツは丸ごと、全部が魔業だらけって言える。それをきちんと上へ見せつけ、うまくいったら多額の予算を回してもらえるかも知れない。下心があって、おれ達に魔業の実態を見せたいんだろう」
ふーん、とシュザリアが気のない返事をした。何だか大人って汚い。そう思ってしまう。
「お噂通りにとても頭のよろしい方なのですね」
声がして、2人のところへ1人の女性がやって来た。白衣を着て、少しくすんだ朱色の髪をしている。30代の後半から40代くらいの年齢。女性にしては背も高く、スタイルもいい。
「あなたが第4研究所の所長、フレルダ・ヴァリフルールですか?」
「はい。セブン・ダッシュさん。あなたの噂はよく耳にいたしますよ」
フレルダ・ヴァリフルールが微笑み、セブンに言った。
「それはどうも。早速だが、王立魔術学院職員のキールから手紙を預かっている」
言いながらセブンが大判の封筒を出した。それを手渡すと、その場でフレルダが中を改める。中に入っていたのは数枚の書類らしきものだった。しばらくそれを眺めてから、封筒へ戻して両腕で胸に抱えるようにして持つ。
「どうもご苦労様でした。少し、耳にいたしたのですが……わたしくどもは決して下心などはありません。ただ、一般の方にも魔業がどのようなものなのかを理解して頂きたいだけなのです」
「ほら、セブンが勘繰りすぎなんだよ」
「……いえ、おれは魔業が嫌いなんで」
魔業研究をしている場所で、魔業が嫌い、と言い切るセブン。他でもないシュザリアが呆れてしまったが、フレルダはそれに小さく笑んだ。
「何が可笑しい?」
「いえ、正直な方なのですね。確かに素晴らしい魔術を扱える方からすれば、魔業などというものは邪道なのかも知れません。しかし、魔術の素養がないものも、それと同じことが出来る。平等というのは、そのようなことを言うのではないかと常日頃からわたくしは考えております。そして、それを叶えるものが魔業。魔業は魔術と同じことが出来るようになるのが目的ですが、将来的には魔術を超えるものと固く信じて研究をしております。それを少しでも、あなたのような方にこそ見ていただきたいのですが、お時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」
フレルダが言い、セブンをまっすぐ見つめた。茶色の瞳がセブンを見つめ、動かない。セブンもまた、どこか胡散臭そうに見ていたが、やがて一息だけ吐き出した。
「シュザリア、どうする?」
「じゃあ見る」
「……そういうことだ」
「ありがとうございます。では、こちらへ」
彼女の誘導でセブンとシュザリアが研究所の中へと入っていく。
数ある研究所の中でも、第4研究所はとても広い方だった。見渡す限り、ずっと巨大な魔業が並んでいる。1つの魔業につき、10人以上もの研究員がつきっきりで何やら作業をしている。研究員は若い人から、壮年を過ぎたほどの年まで、男女を問わずに多くいた。
「魔業都市ガウセンフェルツの全人口の内、6割は魔業の技術者です。学校では魔業に関係する授業が数多く取り入れられ、この都市に住む者ならば誰でも魔業を使用することが出来ます」
フレルダの説明を受けながら、2人は巨大な魔業を次から次へと見せられた。そして、そのどれもが特に強力な魔業兵器だった。試用の際のデータまで見せられ、それを見る限りではセブンの魔術にも引けを取らぬものばかりだ。
「一説ではドラスリアムの魔業研究はとても進んでいると聞きます。ですから、わたくし達もそれに負けぬようにと日々、試行錯誤を重ねているのです」
それがフレルダの言葉だった。シュザリアは感心しっぱなしで、見せられるもの全てにぽかんと口を開けていた。その一方でセブンは、何を見せられてもつまらなそうにしていたが、話だけはじっと聞いているのだった。