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No.17 クラウンクラブ駆除

「魔業都市ガウセンフェルツに行きたい? 悪いね、あんちゃん。クラウンクラブがこの先の森に大量発生しちゃったんだ。そのせいで多くの人が足止めを食らってる。早く駆除して欲しいのに、なかなか魔術師も、魔導師もやってこないんだ」

 学院を出てから2日。セブンとシュザリアは街道を歩き、やっと問題の場所までやって来ていた。ちなみにセブンは2日歩き通すくらいは平気なのだが、シュザリアは慣れていないせいですっかり疲れきっている。彼女曰く「足も痛いし、頭も痛いし、何だかお腹も痛いし、とにかくもう帰りたい」とのことらしいが、本当は足だけなのだろうとセブンは予測がついている。とりあえず、嫌になっているということが判明していれば十分だ。

「わたしが駆除しますから、通っていいですか? 申し送れましたが、わたしは王室付魔導騎士。セブン・ダッシュと言う者です。軍では中佐相当の権限も与えられています。国に一報、入れて確認していただいても構いません」

 街道を封鎖しているのは地元の自警団。色褪せた茶色の制服に胸当てと手甲といった、簡素な装備に身を包んでいる。その人物にセブンが言い、指輪を見せた。剣と龍をモチーフにした、大きなリング。それを今回、セブンは鎖に繋いで首から提げていた。胸元から出したリングを見た自警団の男性が、目を見張る。

「き、きみがかい……?」

「ええ。……こっちのバカ面はシュザリア・S・グヴォルト。姫君です。急ぎの用がありますので、失礼します。――行くぞ、バカ」

「セブンの鬼ー」

 シュザリアの手首を掴み、セブンがロープの張られた向こうへとずかずか行ってしまった。

「あれが……姫君? 思い切りバカって言ってたような……」

 呆然としたまま、彼はセブンとシュザリアをそのまま見送ってしまうのだった。


「薄気味悪いよー。セブン、ここ、変な感じするんだけどー?」

「そりゃあな」

 2人が入っていったのは名もなき森。だが、一歩、そこへ足を踏み入れると濃霧に包まれた。1メートル前方も見えない。短いロープで互いの手首を結びつけ、はぐれないようにしている。

「クラウンクラブはそう、強い魔物ではない。けど、厄介な性質があるんだ」

「厄介な性質?」

「危険を察知すると、自身の体から少量だが濃霧を発する。クラウンクラブは100匹ほどの群れを成していて、1匹でも濃霧を発すると仲間までこぞって濃霧を出す。そうして外敵から逃げるんだ」

「へー。頭いい」

「けど、その一方では違う群れとの仲は最悪でな。違う群れの個体同士が出合ってしまうと、大喧嘩をするんだ。そして、クラウンクラブは絶命する時も濃霧を発する。そうすると、近くの仲間がその死に気づいて弔い合戦を始めてしまう。そうなると、どんどん、濃霧が膨れ上がってこうして森などをすっぽりと包んでしまう。いつか終わるとは言えど、クラウンクラブはタフなんだ。だから、一度、こうして濃霧が膨れ上がってしまうとしばらく収まらない。――厄介だろ?」

 どこか呆れ加減にセブンが言う。うん、とシュザリアも同意すると足下の方でパキパキ、と何かが割れるような音がした。セブンが咄嗟にロープを引いてシュザリアを引き寄せると、周囲の気配を探る。

「お前、何か踏まなかったか?」

 どこか面倒臭そうな、それでいて責めるような声。

「えっと、何か、変なの……踏んだかも」

「感触は軽くて、それと同時にパキパキした音がしなかったか?」

「うん、当たり」

「こんのバカ姫……。それ、クラウンクラブだっ」

 と、何かがセブンにぶつかってきた。腕で払いのけるが、そこにべったりとした何か液体が付着する。ちっと舌打ちし、セブンが走り出す。シュザリアも引っ張られるままに走る。

一雫の涙(ティア・ドロップ)で自分の身を守っとけ。クラウンクラブは執念深い一面もあるからな。仲間を踏み殺されたら、何度でも襲ってきやがるぞ」

「えー?」

 面倒臭そうなシュザリアの声。

「えー、じゃないっ! お前がやったんだろうが!」

 叱ってからセブンが上方配置魔法陣を展開した。セブンを中心にし、半径10メートルはあるだろうか。巨大な魔法陣だ。それを展開すると、魔法陣から強烈な光が注がれる。光は濃霧を一瞬で消滅させた。同時にシュザリアが喉の奥で声が引きこもったような悲鳴を上げる。

「ひっ……何これ!?」

 2人の周囲に、びっしりと直径30センチはあろう甲殻の白い蟹がたくさんいた。足の踏み場もないくらいだ。シュザリアはすでに一雫の涙を発動していて、そこに白い蟹――クラウンクラブは入って来られない。

「クラウンクラブだ。お前が踏んづけたせいで、こんなに出てきた。ったく、面倒臭いことをしてくれたな……」

「あたしのせいなのっ!?」

「あー、はいはい、分かった、注意しなかったおれが悪いことにしといてやるよっ! けど、でも、お前に注意力ってもんはねえのかっ!」

「あるよ! ――ていうか、気持ち悪いから早く退治してっ!」

 クラウンクラブがセブンへ向かって飛んでくる。クラウンクラブの攻撃方法は基本的に体当たりだ。しかし、その殻は硬く、なかなか痛い。素手でセブンがクラウンクラブを叩き落し、それから魔法陣を展開した。魔法陣は青色に輝き、セブンの足下に広がっている。

「水柱――昇華・水龍昇天」

 発動すると、魔法陣から水柱が吹き上がった。それが龍を形作ると、周囲をぐるりととぐろでも巻くようにして移動し、その中にクラウンクラブを取り込んでいく。大部分のクラウンクラブを水で形成されている体内に押し留めると、そのまま天へ向かって昇っていった。水飛沫が濃霧を払い飛ばし、注いだ陽光を受けて虹をかける。

「わあ……」

 一雫の涙に守られていたシュザリアは、青空に綺麗にかかった虹を眺めた。しかし、セブンはまだクラウンクラブの相手をしなければならず、虹などに構ってはいられない。

「ねー、セブン。もっと綺麗なのやってよ」

「バカ姫が……! そんな余裕、あるかっ!」

 体当たりしてくるクラウンクラブ。それを片手で捕まえ、続いてぶつかってきたクラウンクラブにぶつけた。クラウンクラブは異様にしつこい。一度、敵として認識されてしまうと逃げ切るのも、全部を蹴散らすのもそれなりに時間がかかってしまう。

「鬱陶しい連中だ……。焼き蟹にして食っちまうぞ、こら」

 忌々しく呟いてから、セブンが自分の足下に魔法陣を展開した。赤色に輝くそれを見て、シュザリアは少しどぎまぎする。魔法陣は輝く色によって、属性が一目で分かる。赤色は火属性。そして、火属性はほとんど例外なしに破壊力を重視したものだ。さらに魔術を発動するのはセブン。その威力はそこら辺の魔術師を簡単に凌駕してしまう。

「シュザリア、間違っても魔術を解くなよ。お前のキャパシティなら防ぎ切れる」セブンがクラウンクラブの体当たりを何もせずに受けながら、魔術の発動に魔力を注ぎ込む。「――発動。いにしえの焔エンシェント・フレイム

 魔法陣から溢れ出たのは波打ち際にやって来るような、ゆるやかな赤色のさざ波だった。シュザリアが眉を顰めながら見ていると、セブンに這い上がろうとして足下から登ろうとしていたクラウンクラブが赤い波に触れた瞬間に真っ黒になって、そのまま炭のように動かなくなってしまう。超高温の炎。そんなものを無闇やたらと周囲にばら撒いてしまえば森は簡単に焼き払われてしまうことになる。そこでセブンはこの炎を出し、その範囲を魔法陣内部だけに留めたのだ。しかもこれはセブンが発動した魔術だから自身に害をもたらすことはない。クラウンクラブは愚直にセブンへ向かって次々と体当たりをしてくるが、セブンはそれを冷静に足下へ叩き落していく。やがて、クラウンクラブは1匹も姿を見せなくなった。全てが炭になってセブンの足下に転がっている。

「――終わり」

 パンッとセブンが両手を合わせると、発動していた全部の魔法陣が消え去った。シュザリアの一雫の涙もだ。

「シュザリア、歩くぞ」

「あ、うん……。ね、セブン」

 2人が並んで歩き出す。濃霧はいつの間にか晴れ、気持ちのいい木漏れ日の下に小道が見えていた。

「何だ?」

「全然、最後のは綺麗じゃなかったんだけど」

「あのなあ……」

 別に綺麗なものをやってやろうという気持ちは微塵もなかったのだ。

「それに焼き蟹だって。あんなの、焦げ蟹じゃないっ」

「お前、食うつもりだったのか?」

「え?」

「……もっと、自覚を持って欲しいな。お前、一応は姫君なんだからな?」

「なりたくてなったんじゃないもん」

 そんな会話をしながらセブンは森の中を歩いていった。

 手首と手首を繋ぐロープを未だに繋げた、そのままで――。

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