No.14 魔術具職人グランギューロ・グランエイド
「それにしても、何であの人……ダウン、だっけ? 学院に来たんだろう」
夜。アークがベッドの胡坐をかきながら言った。シャワーから上がったばかりで、髪の毛が濡れている。セブンは私物としてここへ持ち込んだオークの机に向かい、今日も論文を書き上げている。――と、思いきや、今回は反省文を書かされている。反省など微塵もせず、言葉だけを適当に並べていく作業をしている。しかし、何となく筆は進んでいなかった。論文を書いている方が、進みはダントツに早かったりする。
「さあな。学長の気まぐれか何かだろうが。……もっとも、お前の村でおれが倒して、また戻った時には姿を消していたけど。それがあんな場所に出てきて、おれがとうとう狂っちまったかと思った。それにしても、グランギューロ・グランエイドの魔術具ってのは魅力的な賞品だったな。惜しい」
「ぼく持ってるもん。悪魔の懐刀。いいでしょ、いいでしょ?」
自慢するアーク。つまらなそうにセブンは舌打ちをし、それから反省文に向き合う。出された課題などの類は、その日の内にやってしまうのがセブンのスタイルだ。だが、アークが自慢すべくセブンに背中から圧し掛かってきた。分かった、分かった、と適当に流そうとするもしつこくリアクションを求めてくる。学業優秀なアークだが、こういうところではまだまだ年相応だ。
「邪魔だ、離れろ」
「えー、やだ。何か教えて。ね、ね、立体魔法陣教えてよ」
「お前はキャパシティが異様に少ないからムリだ」
デコピンをされ、アークが剥がされた。怨めしそうにセブンを見やりながら、しかし、諦めてベッドへと戻った。セブンは夜が遅い。何もなければ眠るのはいつも日付が変わった後だ。それに対して、アークは夜9時になれば自然と眠くなってしまう。
「あーあ、ぼくもキャパシティ増やしたいなあ……」
「普通は成長するにつれて、キャパシティも増えていく。お前は飛び級入学して、周りの連中よりも成長してないんだから、現時点で少ないのは当たり前だ」
「そうだとしても、ぼくは……少ない方でしょ? 入学直後の検査で、分かったもん。たまたま居合わせた学長がいなかったら、入学も出来なかったんだよ?」
「入れたんだ。良かっただろ。……それとも、魔力酔い起こして、無理やりにキャパシティ増やすか?」
「それは、ヤダ……」
「増やしたいんだろ?」
「だって犯罪行為だし、苦しいし、痛いし、気持ち悪いんでしょ? ヤダよ、そんなの」
ぷいっとそっぽを向いたアーク。セブンの目論見通りに話がそこで打ち切られ、もぞもぞとアークは毛布を被った。灯りをしぼって、アークが眠れるようにセブンは黙って作業に戻る。しかし、そこでノックする音がした。アークが体を起こし、セブンもまた手を止める。2人がアイコンタクトをしてから、不審がりながらもドアへ向かった。
「はい」
扉が開くと、そこにグランギューロがいた。だが、2人はこの人物がつい先ほどまで話していた魔術具の職人だとは知らない。見知らぬおっさんがいきなり訪ねてきた、としか思えなかった。
「よお、ちっこい方に用がある。いるか? おお、いるじゃねえか。お前だ、小僧」
「おい、その前に誰だ? 名乗れ」
グランギューロがセブンの陰から覗いたアークを見つけたが、そんな言葉で拒まれてしまった。
「おれはグランギューロ・グランエイド。昼間のを見せてもらったが、セブン。今はお前に用はねえ。おい、チビっこ。何て名前だ?」
名乗ったグランギューロにセブンとアークが疑惑の眼差しを向ける。言葉を発しないままにアークがセブンの袖を引っ張ると、しゃがんだセブンに小さな耳打ち。
「ねえ、職人ってこんなにフランクな感じ?」
「お前が気になったのはそこなのか?」アークに呆れながら返し、セブンは再びグランギューロを見やった。「信用ならない。証拠は?」
「証拠だあ? ……面倒臭え野郎だな。……ほら、じゃあ、手え出せ」
少し躊躇い、セブンが片手を出した。グランギューロがその手を思い切り握りしめ、反射的にセブンも思い切り握り返す。だが、力負けして手を振り払ってしまった。指の節々が痺れたように痛み、驚愕しながらグランギューロを見やる。フォースである自分よりも、純粋に力の強い存在などそうそういない。
「てめえ、何者だ……」
「だから、グランギューロ・グランエイドだって言ってるだろうが。そっちの小僧が持ってる、おれの造った武器に会いに来たんだ」
「本当にっ!?」
食いついたのは、言わずもがなアーク。セブンを押しやり、前へ出てグランギューロを爛々と輝く純粋な眼差しで見つめる。無邪気な、透き通った眼。それを見下ろしながらグランギューロは珍しいものを見るように眉間をくぼませる。
「上がらしてもらうぞ。悪魔の懐刀持ってこい」
遠慮という言葉など知らぬかのようにグランギューロはずかずかと上がりこむ。アークもまた、ぱたぱた走って悪魔の懐刀を取りに行ってしまう。戸口でセブンは一人残され、舌打ちをした。仕方なしに扉を閉め、自分の机へ戻るとそこにグランギューロが思い切り腰を下ろしていた。書いていた反省文を雑に脇へやり、そこに何やら道具を出している。
「……そこは、おれの場所なんだが」
「気にすんじゃねえ。禿げるぞ」
「もう好きにしてくれ」
言い返すのさえ嫌になり、セブンは自分のベッドへ座ってしまう。グランギューロが帰ったら、それから取り組めばいい。提出期限はまだまだ先だが、早く片付けてしまいたいのがセブンの性分だ。
「これで魔術具作るの?」
悪魔の懐刀を包んだ布を持ってきて、アークが言った。机の上に広げられた道具は大工道具に見えなくもない。ノミや、小槌や、キリ。グランギューロの持つ道具はどれも年季が入っていて、汗や泥などの汚れにまみれて黒ずんでいる。
「魔術具は二通りの作り方がある」横からセブンが口を挟み、説明を始めた。「一つは、魔法陣をそっくりそのまま、それらの道具を用いて刻み込む方法。これは後書きされる心配がない。それに魔業を使えば簡単に量産も出来る。けど、どうしても威力は二つ目に劣ることがある。二つ目は魔術でもって刻み込む方法だ。魔法陣をそこへ定着させる為に、ずっと気が遠くなるようなほどの手間と労力、それに時間をかけて魔力を注ぎ込む。こっちの方が威力は高いし、複雑な紋様を刻み込むことが出来る。けど職人の腕がそのまま出るし、一つ製作するのに短くても2週間から、長くて、そうだな……5年はかかる。だから、前者は安物として、後者は高級品として市場に出回る。そうだよな、グランギューロ・グランエイド」
「厳密には違う」その回答にセブンとアークが目を丸くする。セブンが間違うというのは、あまりないことだ。「おれが作るのは高級品。それ以外は、安物だ」
自信に満ち溢れ、それでいて傲慢過ぎるくらいの言葉。その物言いにセブンは呆れ、アークは目を輝かせた。悪魔の懐刀をグランギューロの所へもって行くと、彼が布を取る。現れたものを見てから、ほう、とグランギューロは小さく納得するような声を出した。
「チビっこ、お前、キャパシティがないだろ?」
「へ? 何で分かるの……?」
いきなり言い当てられ、アークが目を大きくした。グランギューロがにやりとした笑みを浮かべながら悪魔の懐刀を手に取り、白刃を見つめる。その刀身は30センチ程度。片刃で、先端へ近づくにつれて僅かに反る。鍔のようなものはなく、柄から直接、刀身が伸びている。柄には赤い綺麗な玉が埋め込まれていて、これが核となっている。覗き込めば、向こう側には複雑に刻み込まれた魔法陣が見える。
「キャパシティは大体、20から30ほど。随分とお粗末だな。体質か。それを悪魔の懐刀の含有魔力で補っているんだな。まあ、お前のようなチビっこにはおあつらえ向きってとこだ。けど、悪魔の息吹と吸収しか使ってねえのか。いや、ここ数年、使った形跡がないってことは……知らねえだろう? それから、お前の属性は火。ほー、お前の両親のどちらかはなかなかの魔術師だったみたいだな。他には……何だ、お前、魔法陣を作っても試すことはねえのか。勿体ねえな」
次々とアークは自分のことを知られていき、ぽかんと口を開ける。まして、自分でも知らないことや、自分しか知らないことまでグランギューロによって暴露されていく。驚き半分、羞恥半分といった様子で固まったまま、アークはセブンを見やった。セブンもまた驚いてはいたようだが、怪訝そうに顔をしかめていた。
「どうして、分かるの……?」
「ああ? コイツはおれの息子も同然だ。それと会話して、何が悪い?」
「会話?」
俄かに信じられない。セブンは余計に顔を苦くしながら何か言いかけたが、止めた。グランギューロは間違いなく、魔術具職人として最高の人間。その道の達人にしか分かりえない境地というものがあるのだろうと推測しつつ、しかし、やっぱり信じ難い。
「さて、じゃあ魔力を一応充填しておくか」
「充填? 含有魔力なくなっちゃってるの?」
グランギューロの言葉で表情に不安の影を広げ、アークが問う。だが、グランギューロは首を左右に振った。
「いや。まだ含有魔力そのものは残ってる。けど、コイツも古い。レスポンスが少し悪くなってやがる。だからおれの魔力を流し込んで、魔力の通り道を掃除してやるだけだ。2、3日はこの街に残ってるから、何かあったら来い」言い、グランギューロが悪魔の懐刀に魔力を注ぎ込んだ。綺麗な白色の光が悪魔の懐刀の核から発せられ、しばらくしてから収まる。「――コイツも、お前のことを気に入ってるみたいだしな」