No.13 班別対抗魔術戦②
「えー、突然ではありますが、転校生をこの場で紹介いたしましょう。彼は3学年に編入してきた、ダウンです。セブンと同等程度の実力を持っていますから、皆さん、本気でやっちゃって下さい」
魔業拡声器でもってマクスウェルから伝えられた第五班の全員は疑惑を込めてダウンを見つめた。事故で退学した第十班の穴を埋めるべくして、そこに加えられたダウン。未だに第十班の生徒も、ダウンのことは今朝になって知ったばかり。まして、ダウンは打ち解けようとする素振りすらも見せず、ただ一言だけ「邪魔はするな」と言いつけただけで前へ二歩、三歩と出ている。
「第二試合、レディ――」開始の声を待ちながら、ダウンはフードを取った。その瞳に陰鬱な光が宿っているのを見た第五班の一年生女子生徒は、それだけで腰が引けてしまう。「――ファイ!」
「こんな余興、さっさと終わらせてやる。――轟圧撃」
呟きの直後、突然に第五班の全員を中へ入れた下方配置魔法陣が展開された。その大きさは、直径20メートルはあるだろうか。普通、この規模の魔法陣はいくら優秀とて、学生がたった一人で展開し、まして発動することも難しい。出来るとすれば、一握りの四年生か、セブンか。マクスウェルの言葉に半信半疑だった生徒が、やっと、その光景を見て信じた。いや、信じざるを得なかった。
「潰れて、消えろ――」
言い捨てた直後に魔法陣が発動され、轟音を響かせながら魔法陣の敷かれた場所が瓦解していく。それは地面だけではなく、その上にずっと続いていく空気も。そして、魔法陣に閉じ込められた第五班の生徒も破壊する。土属性は力で力を制する、剛胆な性質。その上で、効果は魔法陣の範囲上に対する震動。空気さえも震えさせ、物体を内側から破壊する。第五班の全員が、痛みと苦しみ、恐怖から喉が枯れんばかりの声を漏らす。ダウンはそれを見てから、さらに魔力を注ぎ込むべく片手を前へかざす。
――しかし。
まだ魔術の効果が続くはずだったのに、いきなり魔法陣が消え去ってしまった。ダウンが自分の手を見て、それから魔法陣を展開させていた場所を見やるとそこにセブンの姿。右手の人差し指に銀のリングをはめ、ダウンを睨んでいる。乱入して魔法陣を消し去ったのだ。
「てめえ、ルール知ってやがるのか?」
「ルール……。途中で第三者が試合を止めてはならない、ということか?」
「そうじゃねえ! 相手を殺すか、重傷を負わせるべく行為は厳禁。てめえがやってんのは、それに反する」
言い、セブンが失神した第五班の生徒を抱き起こし、脈を取ってから審判の女性教官に頷いて見せる。
「こいつ懲らしめるんで、ここは任してください」
割れた石畳にセブンが手の平を押し付け、そこに魔法陣を展開した。すると、瓦礫の破片が歪な人型を作って動き出す。気絶した生徒を担ぎ上げ、そのまま建物内の保健室へ持っていってしまう。即興の自立魔法陣だ。
「弱い奴等が弱い。戦場に出て、そこで死ぬのは誰のせいか。相手が強いから? 言い訳にすらならない。死ぬのは自らが鍛錬を怠ったから。それから、――才能を貰えなかったからだ」
「ああ、そうだ。そりゃ、死んだ奴のせいさ。だがな、六番。ここは学院で、戦場じゃねえ。いつ、いかなる状況下であろうと、規律を乱す者がいればそれを粛清するのがおれの役目。覚悟しやがれ。てめえは、この王国魔導騎士セブン・ダッシュが裁く」
「やってみろ。お前程度でなければ、こちらも満足が出来ん――」
ダウンがまた、先ほどと同じ魔法陣を展開させた。それを見たセブンもまた、ダウンの足下に下方配置魔法陣。発動しようとしたところで、両者が舌打ちをした。互いが発動した下方配置魔法陣の上に、相手が上方配置魔法陣を展開していたのだ。それも、上方配置魔法陣の方が下方配置魔法陣よりも威力が高くなるという相関関係がある。だから、発動したところで無駄になってしまう。
薄手のローブを翻しながらセブンが駆け出した。細身の長剣魔術具を手元に出現させる。そして、それで斬りかかった。だがダウンは唐竹割りのそれを半身横に退いて回避し、軽いが細かな掌打を繰り出す。セブンの額を、喉を、胸元を一瞬で撃ちぬき、さらに肘鉄が頬へ炸裂した。勢いのままに転がされ、セブンが受身を取ってダウンを見やる。と、セブンを取り囲む形で六面の魔法陣が展開されていた。対象を取り囲む複数枚の魔法陣は立体魔法陣と呼ばれ、高等難度で知られる。相互に作用し、高まりあった魔力。それが属性を雷に変化させ、セブンへ向かって牙を剥く――。
「――万雷の箱」
網膜を焼き尽くすかのような、強烈な光が固唾を飲んで見守っていた、ほぼ全員の視界を白に染め上げた。一部の生徒は咄嗟に目を背けたり、魔術を使ったりしてそれを避けられた。ちなみにマクスウェルはお茶をすすりながら、懐から出したサングラスでもって悠々と対処していた。魔術が解除されると、セブンが無傷のままダウンへ飛び出した。ローブすらも焦げ跡一つない。
「先日もそうだった。何故、どうやって、お前は魔術を無効化する」
「企業秘密だ、根暗野郎」迫ったセブンが長剣を突き出すと、刀身が一気に伸びた。ダウンはそれを咄嗟に避けようとしたが、かわしきれずに頬から血を流す。「お返しを、食らえ。――赤の絶頂」
長剣がセブンの手の中へ吸い込まれるようにして消え去り、その手をダウンの鳩尾へ掌底として叩き込んだ。するとダウンの服の上に魔法陣の紋様が浮き上がる。ダウンはそれに目を見開くのだったが、このような魔術を知らなかった。円陣になっていない魔法陣。そんなものは存在しない。――はずだった。少なくとも、ダウンの中で、この瞬間までは。
「七番目を、ナメんじゃねえぞ……!」
紋様は赤色に輝き、セブンの言葉に呼応するようにしてその輝きを増した。そして、ダウンは全身を泡のような赤色の炎に包まれる。完全に呑み込まれてしまうと、外からは繭のような物体にしか見えない。だが、その中ではダウンが灼熱の業火を味わっていた。皮膚が溶け、肉は焼け、骨は灰となり、思考は赤の、その一色によって塗潰される。
セブンが銀のリングを外して、ローブのポケットに突っ込んだ。そして、再び長剣の魔術具を出すと袈裟掛けに赤い繭を斬りつけて切断する。切断面から赤色が逃げるようにして空気中へ漏れ出すと、ステージ上だけでなく、全体に酷い熱気が満ち溢れた。繭から解放されたダウンが膝から崩れ落ち、セブンは長剣の刃を彼の喉下へ突きつける。
「次はこんなもんじゃ、済まさねえぞ。……学長、おれは失格でも構わない」
それだけ告げると、セブンはステージを降りてそのまま闘技場から出て行ってしまった。
まだ始まったばかりの班別対抗魔術戦だったが、この一大ハプニングによって、続行か中断かの会議が開かれてしまうのだった。
「――それにしてもよ、マクス。ダウン、だっけか? あれはドラスリアムのフォースで最後まで、国についていた奴だろうが。それを置いといていいのか? 早速、今日だってやらかしたんだぜ?」
班別対抗魔術戦が中止となった、その日の午後。学長室に一人の男がやって来ていた。小麦色をした髪に鍛え抜かれた、引き締まった体躯。その年齢は40歳代ほどに見える。だが、そこに年老いたような印象はなく、その立派な体格がそう見せるのか、むしろエネルギッシュな印象を見た物には受けさせる。
「そんなのは杞憂でしかありませんよ、グラン。すでにドラスリアムは内乱で半壊状態です。フォースの一番か二番がいるのならまだしも、他に対しては大きな期待など寄せないでしょう」
一人掛けのソファーに座り、書類に目を通しながらマクスウェルが答える。それから、ふと顔を上げてグランと呼んだ人物を見やった。
「それよりも、セブンはどうでした?」
「ああ、いいデキだな。フォースの最高傑作ってのも頷ける。でも、ありゃあ、――蓋がされてる状態だぞ?」
その指摘にマクスウェルがええ、と頷いた。それからぶ厚い本の並ぶ本棚へ向かい、そこから一冊の本を出す。それを開くと、本ではなく箱になっていた。見た目はぶ厚い本だが、中身は箱のようにくり貫かれていて、そこにセブンがしていたのと同じ銀色のリングが納められていた。
「これが、魔封具です。セブンは手加減をして勝てないであろう相手とやり合う時に、これをつけるように言いつけてあります。そうでないと、手加減が出来ないで周囲を全部壊してしまいますから。まあ、通常は本来の数割にも満たぬ力で圧倒出来るから、外していても関係がないのですがね」
「ほー。つまり、わざとこれで自分の力を封じないと、それなりの力を出して強い相手とやり合っても、コントロールが効かないと?」
「ええ。相変わらず、聡明ですね。……見た目に違わず」
「何か言ったか、腹黒野郎」
「いえ、何も」笑顔でマクスウェルは返して、リングを自分の右手の人差し指にはめた。「かつては、わたしもこれをしなければいけなかったのですが……老いとは怖いものですね」
どこか遠い場所を見るような目をし、マクスウェルが呟く。グランはふんっと鼻をならして背を向けてしまう。学長室の出入口となっている扉のドアノブに手をかけ、そこで首だけ振り向いた。
「おれ達は、いつくたばってもおかしくねえ存在だろうが。今さら、そんなことを言ってるんじゃねえよ、マクスウェル」
「そうですね。……もう、我々の逝くべき場所は幾度となく世代交代してしまいましたし。今日は申し訳ありませんでした。ハプニングで、あなたへの仕事がなくなってしまいました」
「構わねえ。おれのモンを持ってる小僧がいたからな。あれをちょっとメンテナンスでもして、帰るさ」
「分かりました。では、またいつか会いましょう。――グランギューロ」
片手を上げ、グランギューロが学長室を出て行った。それを見送ってから、マクスウェルは魔封具を元に戻すのだった。