No.12 班別対抗魔術戦①
「さあ、今日は待ちに待った班別対抗魔術戦です。それぞれの班ごとで力を合わせて、優勝を目指してください。なお、今回の優勝商品はグランギューロ・グランエイド作の魔術具です。勿論、この順位によって各個人の成績も良くなったり、悪くなったりしますから、同じ班の仲間を思って優勝を目指しましょう」
魔業拡声器を使って喋るのは学長のマクスウェル・ホワイトだ。いつもの柔らかな物腰。擂鉢を縦に真っ二つにしたような闘技場。ステージは低い位置にあり、それを見下ろすようにして机や椅子が段々になっている。マクスウェルはその一番前の席にいた。職員用の席が最前列正面に陣取ってあるのだ。
「セブン、今回はトーナメント表どうなってる?」
マクスウェルの挨拶が続く中、観客席に座っているアークが後ろを振り向いて尋ねた。そこにセブンが座っていて、手にした紙をじっと見つめている。班ごとに観客席に座っているのだが、クロエの姿はそこになかった。
「相変わらず、おれ達だけ偏ってる。7回勝って、ようやく優勝だ。決勝戦までに6回。反対側はたった3回勝っただけで優勝出来る」
セブンの手にしているトーナメント表。一番右端に「第七班」とされた文字があるのだが、そこから伸びる棒はとにかく、他の棒とよくぶつかる。これは単にセブンの戦闘能力が評価されてのことなのだが、なかなかえげつない。これを決めるのは毎回、学長であるマクスウェルだったりする。
「こういう時だけ、どうしてセブンと一緒になったんだろうって思う……」
「そんなに都合が良かったらおめでたいな」
シュザリアの呟きに言い返し、セブンはトーナメント表をアークへ寄越した。戦闘における諸注意が終わり、そろそろ第一試合。ローブの襟を直し、セブンが席を立った。アークもトーナメント表をポケットにしまい、シュザリアが重いため息をつきながらセブンに手を引っ張ってもらい、立ち上がる。
「ルールは変わってないみたいだな。相手を全員場外へ追い出すか、降参をさせるか、戦闘不能の状態にさせるか。殺しや、重傷を負わせるような行為は厳禁。その他もろもろ、まあ、引っ掛からないだろう細かなルール……。今回も、おれ一人で楽勝だな。シュザリア、アーク。おれの代わりに前線出るか?」
「「遠慮します」」
揃った声がし、セブンは苦笑しながらため息をついた。軽く柔軟をしていると、魔業拡声器で凛々しい女性教官の声が響く。
「第一試合、第一回戦! 第七班対第十二班! 双方、出場!」
声と同時にセブンが跳んだ。――身軽に、優雅に、観客席から闘技場へと降り立つ。
その登場に生徒らから、大歓声が上がる。中には「死ね」「単位寄越せ」「シュザリアと別れろ」など、個人的な恨みをぶつける者も多いが、それでもセブンはそれらを受けてどこか、楽しげだ。続くようにして、向かいから第十二班の四人がやって来る。彼らは普通に東側入退場出入口からだ。遅れ、シュザリアとアークが西側入退場出入口から登場。
「双方、準備はいいな?」審判を務める女性教官が言い、第七班と第十二班の双方が頷いた。「では、レディ、――ファイっ!」
爆竹が幾つも連続で鳴ったような爆発音がした。それが試合開始の合図だ。すかさず、第十二班の面々がやってくる。一年生と二年生が、手にした長い槍をセブンへと突き出した。踏み込みで闘技場床の石畳が割れる。それを見てセブンはひゅっと短く口笛を鳴らしながら、半身になって避けた。
「まず、2人。――宙圧し」
とんっと軽い衝撃が2人を襲う。それだけなのに、意に反して体はよろめき後ろへ、後ろへと後ずさっていってしまう。
「あれは魔闘術の高等難度の技です。見た目では、ただ単に軽く手の平で押されただけですが、絶妙な魔力のコントロールをもって相手の体内の魔力を乱し、それによって平衡感覚を奪い去るのです。本来はそれだけの技ですが、セブンはさらに命令魔法陣を同時に発動し、重力でもって相手を後ろへ後ろへと追いやってしまうのです」
マクスウェルの解説が入り、熱心な生徒の何人かがメモを取る。そんな解説を聞きながら、セブンは残っている三年と四年へと向かっていく。
「おれを甘く見るな、セブン・ダッシュ!」
手にバンデージを巻いた四年の生徒が突きを繰り出した。それをセブンが避けようと横へのフットワークを試みた瞬間、何かを踏んだ。ちらと足下を見やれば、そこには魔法陣。大きくはないが、右足が完全にその中にある。三年の生徒が魔法陣を発動していた。
「土属性。性質変化。絡め取れ――泥の嫉妬!」
セブンの右足が突如、地面へと埋まっていく。その感触は泥のそれだった。咄嗟に足を抜こうとするも、強い力で右足がずんずん埋まっていってしまう。
「まだ終わらんぞ、セブン・ダッシュ! 業火の園!」
四年生がセブンの頭上に魔法陣を展開した。それが輝き始めると、周囲に熱気が満ちる。ちっとセブンは舌打ちをし、シュザリアを振り返った。
「シュザリア、あれをおれの周囲に展開させろ!」
「あ、うん!」
言われ、シュザリアが目を瞑る。魔法陣の構成を思い出すのだ。教わったばかりの、セブンと一緒に作り上げた魔法陣。細部まできっちりと脳内に描き、それを展開する。セブンの頭上の魔法陣から、巨大な燃え盛る火球が落ちてきた。それを睨んだまま、セブンはシュザリアを待つ。
「えっと、――発動! 一雫の涙!」
セブンを中心とした直径2メートル程の魔法陣が展開された。それが輝き、寸でのところで火球を受け止める。すると、火球が半円形のシールドに吸い取られた。すぐさまセブンが魔法陣から飛び出して、三年生へ迫る。
「なかなか、いい魔術だった。けど、おれ相手には二度と使わないことだな」
眼前で言うなり、セブンが手の平を向けた。そこには小さな魔法陣。属性は水。ただその場に水を定着させるだけ。だが、その手の平を相手の口と鼻へ押し付けた。
「殺しゃしねえから、安心して寝てろ」
発動している魔法陣を書き換え、セブンが言う。すると手の平から濁流があふれ出して三年生をそのまま場外へ押し出す。四年生を振り向くと、鋭いストレートが飛んでくる。その一撃がセブンの顔面を打ち抜き、教官を含み、生徒らにまで大きな驚きとどよめきの声が漏れた。しかし、セブンは顔面に拳を受け止めたまま、動かない。
「流石に四年はいいのを打ち込んでくるな。けど、まだ弱え」
拳の陰から覗いたセブンの笑みに、四年生は怯んだ。残虐な笑みを口の端にぶら下げて、ぎらつく瞳は今にも襲い掛かってくるような魔物のそれ。背筋を冷たいものが駆け抜けるのを感じると、セブンの顔がにたりとしたものになったのを見た。
「おれだけに注意してちゃ、ダメだよな――」
「悪魔の息吹」
背後からアークの声を聞き、振り返ると同時に凄まじい冷気が四年生を襲った。威力は控え目で、それでも四年生の彼をカチコチに固めてしまう。同じ線上にいたセブンは自分でシュザリアに教えた魔術・一雫の涙を発動して回避していた。
「勝者、第七班っ!」
魔業拡声器で告げられ、大歓声が上がった。シュザリアとアークがセブンに駆け寄ってくる。
「アーク、ナイスだ」
「うんっ!」
「シュザリア、もっと発動までの時間を早くしろ」
「えー? そこでダメ出ししちゃうの……?」
言いながらセブンが西側入退場口から出て行く。そこから次の試合に出てくる生徒らが出てくる。普段はすれ違う人間に対して気を留めないセブンだったが、その人物を視界に捉えたまますれ違い、足を止めた。
「セブン、どうかしたの?」
シュザリアの問いかけに答えず、セブンが彼を追いかけていく。
頭からすっぽりとフードを被った人物。パーカーのポケットに手を突っ込んだまま歩いている。彼の肩を掴んで引き止めると、セブンは目を見開いた。
「何で、お前がいるんだ。――六番」
深い藍色をした毛髪。端整ではあるが、無表情な顔。陰鬱な雰囲気。魔導対戦用人間兵器・ナンバー・シックス。
「いたら悪いのか? ……マクスウェル・ホワイトに、呼び出されただけだ。生徒として」
セブンの手を払いのけ、ダウンが言う。それから、闘技場へと出て行った。通路にセブンは取り残され、ダウンの背を睨んだまま動きを止めた。
「何で、あいつがここに呼び出される――」
小さな呟き。誰に聞かれることもなく、そのまま消え去ってしまった。






