No.11 「自立命令魔法陣」②
「セブンー、勉強教え――」
図書室で行われている「対象年齢15歳以上の難関魔術理論講座 -自立命令魔法陣編-」。
本来はシュザリアの為だけに行われていたのだが、いつの間にやら20人ほどの学生が集まってしまっていた。セブンが優秀なことは学院の誰もが知っている。そして、こうして不定期にシュザリアを対象とした、目から鱗な有益な講座が開かれることも。勉強熱心な学生たちは皆、セブンの周りに集まって必死にメモやら何やらをする。そこへやって来たアークは真面目な学生たちを見やり、それからこっそり邪魔にならないようにシュザリアの横へ来る。
「ね、これは何の勉強会?」
「勉強会って言うか……。自立魔法陣、教えてもらってるんだけど」
「嘘、自立魔法陣っ!? やった、知りたいっ!」
アークまでもが、熱心にセブンの話を聞き始める。この異様な光景をシュザリアはざっと見渡した。それから、何やら大事になっていると思った瞬間、――
「不眠要求」
シュザリアに水鉄砲がかかった。
「寝てないのに!」
「命令を書き換えた。余所見も厳禁だ。――と、このように魔法陣を展開してから何度も発動される魔術の類では、勝手に魔法陣を書き換えられてしまうこともある。だから、自立命令魔法陣なんかを構成する時には一度、定着させたら二度と書き換えが出来ない、という条件をつけなければならない。これは既製品の魔術具のコアの魔法陣を書き換えられないのと同じだ。逆に使い捨てだったり、手抜きだったりする魔術具はこの命令がないから、安い。つまりはそれだけ、この条件をつけるのが複雑で難しいっていうことだ。他にも自立命令魔法陣は立ち上がる、歩く、などの動作でどんな順番で手足を動かすのか。そういったことまで命令として組み込まないといけない。そうなると命令の数が莫大な数になってしまう。しかも、一箇所でも紋様や、スペルをミスしてしまえば発動されない。これが自立命令魔法陣の難度の理由だ。ちなみに自立命令魔法陣の歴史は古く、――」
セブンの講義は、結構、早い。それなのに集まった聴衆はきっちりノートを取り、まとめ、話に耳を傾ける。アークも同様だ。カリカリと羽根ペンが走り回る音ばかりが響く。シュザリアは何だか退屈になってきて、欠伸を一つした。
「不眠要求」
「だから、寝てないのに!」
「眠気を払ってやってるんだろう」
ちょくちょくセブンにちょっかいを出されながら、シュザリアは何とか頭の中へ入れようと試みる。だが、どうにも理解するのは難しく、というよりも、全然、訳が分からなくなってきていた。
「大体さー、あんなに難しくて、どうやってわたしが構成しろって言うの……?」
「お前が言い出したことだろう。何を勝手に不貞腐れてるんだ」言いながら、セブンが子羊のソテーを口に運ぶ。「そもそも、自立命令魔法陣を前にして、難しいっていう言葉を吐き出す方が間違ってる」
二人の夕食は、相変わらず豪勢なものだ。いつものように貸切状態のレストランで、小さなテーブルを挟んで向き合うようにして食べている。ちなみに外食ばかりしているこの二人は全く料理が出来ないのだが、舌ばかりはやけに肥えてしまっている。
「それはわたしを前にして、可愛いって言うのと同じ?」
「どこがだ。おれを前にして天才、って言うのとは同じだが」
「セブンってナルシスト」
「お前も人のことを言えないだろうに」
そんな会話をしながら、フォークとナイフは動く。
「そういえばさ、セブン。クロエって、あの後、体調はどうなのかな?」
「ああ……。もう、今は回復しただろうな。ただ、深魔の穴から漏れ出る魔力だから少し、酔いを感じてるかも知れない。もっとも、それをきちんと受け入れられるようになったのなら、キャパシティもぐんと上がるだろうがな」
アークの村で起きた一件以来、クロエは医療技術の栄えている少し遠くの街の病院に入院していた。全くの音信不通で、クロエが意識を取り戻したのかさえ、まだ連絡は伝わってきていない。
「……?」
ゆっくりとシュザリアが首を傾げ、セブンはため息をついた。そんなに難しい話をした意識は全くないのに、どうしてこうも理解能力が低いのだろう。
「いいか、シュザリア。魔力酔い、っていうものがあるんだ」
「魔力酔い?」
「そう。自分のキャパシティを超える魔力を注ぎ込まれた生物が起こす症状で、意識が朦朧としたり、頭痛がしたり、魔力の制御が出来なくなってしまうんだ。深魔の穴から漏れ出る魔力は、抑えられている状態であっても膨大だから、おれがクロエに魔力を注ぎ込んだ時も、過剰に注がれてしまった。そのせいでクロエは魔力酔いを起こしているかも知れない。でも、魔力酔いっていうのは悪い部分も確かにあるが、それさえ終われば過剰に注がれた分だけ、キャパシティが増えるんだ。ちなみに、大戦当時に強力な魔術師軍隊を作る為、わざと多くの魔術師を魔力酔いさせる実験があったんだ。けど、あまりにも過剰に魔力を注ぎすぎたせいで魔術師の多くはリバウンドを起こして魔力を全部失って死んでいった。だから、魔力酔いによるパワーアップは、今は禁止されている。いいな?」
「最後の方、よく分からないんだけど……」
「お前の先祖が決めたことだぞ?」
頭を抱えるセブン。シュザリアはうんうん唸りながら腕を組んで、何とか理解しようと頭を悩ませている。セブンはフォークに刺した一切れの肉を、彼女の方へ向けて近づけた。
「法については、また後で教えてやるから」
「……うん。ありがと、セブン」
ぱくっとシュザリアが肉を食べようとしたのだが、さっとセブンがフォークを引いていた。カチン、と歯が合わさり、シュザリアはセブンを見つめる。そこには悪戯めいた笑み。勿体つけるようにしてセブンが口の中へ肉を放り込んでいた。
「……」
「あー、美味い」
「セブンのバカっ!」
「バカで結構。お前よか、バカじゃなければな」
デコピンをシュザリアにくれてやり、セブンはにっと笑んだ。
「セブンって本当に意地悪……」ぶすっとしながらシュザリアが言うと、それに対してセブンが大仰に肩をすくめてから、胸元から紙切れを出して渡した。「……何それ?」
「特別だぞ。その魔法陣さえ覚えれば、評価はAAAだ」
小さな紙切れには複雑な紋様の魔法陣があった。シュザリアが目を見開き、セブンを見つめる。感涙さえしている。
「ごめん、セブンっ! 大好きっ!」
「誰にも言うなよ。……ま、デキが良すぎてバレちまいそうな気もするけど」
目を半開きにしながら言うセブン。その魔法陣は自立命令魔法陣。いつの間にやらセブンが構成した、特別製のものだった。
「で、で、これってどんな効果?」
「発動したら、発動者がそれを止めるか、発動者の魔力が尽きかけるかするまでが発動時間だ。そして、効果は魔法陣外部から侵入してこようとするものを全て拒絶すること。つまり、バリアだな。それを発動すれば、その中にいる限りは安全だ。それも自立命令魔法陣だから、不意を突かれたって勝手に発動される。属性は使用者の固有属性によって左右されることになるから……まあ、お前オリジナルの魔術が出来上がるだろうな」
「オリジナル!? 凄い、セブン、大好きっ!」
「本来はお前が、自分で、作らなきゃならないことだったんだけどな……。それに、これは自立命令魔法陣とは言っても、簡単な設置型の方だ」
「設置型……?」
「ああ。設置型と、人型……とでもするか。まあ、勝手に動き回れるのもある。基本的には自立命令魔法陣って言えばそれを指すんだが、まあ、いいだろう。課題は自分で構成したものを見せればいい訳だから」
「そうだね」
「……何度も言うけど、本当はお前が自分でやらなきゃならないことなんだからな?」
「分かってるって。大丈夫、大丈夫。やる時はやるから」
その「やる時」というのがいつなのかは分からないが、セブンはここら辺で引き下がっておいた。シュザリアはあまり集中力が持続しないタイプ。だから、いくら言ったって覚えちゃくれない。もう、何年も共にして分かっていること。――それでも、くどく同じことを言ってしまうのはまだ諦めきれていないから。
「本当、頼むからな」
疲れ顔で言ってやるが、シュザリアはにこにこと笑いながら紙切れに描かれた魔法陣を見つめていた。